第124話 えっ、休憩。いやらしい子ね。2時間だけよ

「とまぁ、ここまでが加藤事変が始まるまでの出来事だね」


そう言うと春子はコトリと湯のみを机の上に置いた。なるほど、教科書ではわからない貴重なお話ではあったが。


「ほへ〜、貴子ちゃんって昔は美人さんだったの?」


「今はめっちゃ可愛いでしょ、将来は有望だよ、だよ」


鉄郎の一言に貴子がすかさず反応する、ちょっと嬉しそう。


「鉄、いままでの話の感想がそれかい」


「いや〜、なんか色々突っ込みどころが多くて、何から言っていいものやら」


へへっと頭の後ろをかいて誤摩化す鉄郎、夏子がつまらなそうに口を出す。


「全く、年寄りの話は長くていけないわね、私お腹すいちゃったわ、鉄君、お母さん鉄君の手料理が食べたいなぁ〜」


夏子が大きく伸びをすると鉄郎にしなだれかかって甘えてくる、時計を見ればもう12時をまわっていた、確かにお腹も空いてきたし休憩がてら昼食を挟むのもいいだろうと鉄郎が立ち上がった。


「黒夢、台所ってどこ? ご飯になりそうな食材あるかな?」


「案内スル、ちょうどレーカが釣ったマグロがアルよ、パパ」


「おっいいね、じゃあ鉄火丼にでもするか、皆もそれでいい?」


「私は刺身だけでいいよ、赤身の良い所切っとくれ」


「鉄君、私もお刺身、脂の乗ったトロの部分、後は日本酒、キリッとした辛口のがいいな〜」


「お母さん車でしょ、帰りはどうするの、飲酒運転は駄目だよ」


「大丈夫よ、帰りはヘリで送ってもらうから」


「ここに来る時のレースはなんだったのさ?」


鉄郎と黒夢が台所に向かうのを見送ると、京香が眼鏡を中指で押し上げながら口を開いた。


「それにしても、秋子さんですか、娘の夏子さんのデタラメな戦闘力と医者としての才能は正に血のなせる技と言った所ですわね、興味が湧いてきましたわ、後で是非採血さしてくださいね」


「私、熊なんかと闘った事ないわよ」


「熊より強そうなのに圧勝してるじゃないですの、じきに春子お婆さまにも勝てるんじゃありませんの」


京香はそう言って隣に立つ亜金あかねを見る。熊と同類扱いされたのを察した亜金が不満気に頬を膨らませた、そして春子が言葉を返す。


「速さも力も単純な戦闘力ならうちのバカ娘はとっくに私を超えてるさ、だけど私達がやってるのはスポーツじゃないからね、技ってもんは自分がくたばるまで磨いて磨いて磨き抜いて増々研ぎすまされて行くもんなんだよ、死ぬまで負ける気はないね」


大人気なく張り合う春子の言葉に児島は大きく頷き、夏子は唇を尖らせながらそっぽを向く。


「わっはっはー、そんな春子でも私の科学力の前にはひれ伏すしかないがな、実質私が最強じゃね」


「恋愛戦闘力0はだまっとれ!!」


「うぐっ」


ペタンコな胸を押さえながら踞(うずくま)る貴子、恋愛戦闘力5にも満たないゴミめ。

そうこうしていると台所に行ったはずの鉄郎と黒夢が早々と戻って来た。随分と早いお帰りである。


「いや〜、冷蔵庫行ったらクロマグロがど〜んと丸々一匹あったんだけど、せっかくだから解体ショーでもやる?」


「クロマグロ?この辺で釣ったのならインドマグロじゃないの?」


「お母さん、インドマグロは別名ミナミマグロとも言って穫れるのは南半球のオーストラリアの方だよ、まぁ、クロマグロもこの辺では珍しいけど李姉ちゃんだったら釣りかねないね」


「お婆ちゃん、鮪キルカラ刀カシテ」


 黒夢が春子に刀をねだって来るのに春子が少し嫌そうな顔をする、自慢の愛刀で鮪を斬るのは抵抗があるらしい。


「ん、斬るだけならお母さん斬ってあげようか、こう見えてお肉斬るのは得意なタイプよ」


珍しく鉄郎と共同作業が出来そうなお仕事に夏子が脇差しを持って立ち上がる、しかし今度は鉄郎が嫌そうに顔をしかめた。


「え〜、お母さんの刀は何斬ってるか分からないからちょっと〜」


「ちょっと、それならババアの刀の方がい〜っぱい血吸ってるわよ!」


刃渡りの長い日本刀なら切りやすいかと思っていたが、確かにこの二人は何か斬ってはいけないものを斬ってそうだ。新鮮なマグロに怨念とか呪いの味が移ってしまうのは勘弁してほしい。


「……うん、黒夢、刀で鮪を捌くのはやめよう、なんか嫌」


結局、黒夢の高振動ブレードと化した手刀で鮪の解体ショーを行ったのだが、その様子は幼女がでっかい鮪に手を突っ込んでるようにしか見えなかった、断面はとても滑らかなものだったが、絵面がシュールだ。


「黒夢姉様、オミゴトデス」


亜金は一人賞賛を送るが、鉄郎は結構釣れるみたいだし今度は鮪包丁を買おうと思った。切り分けられた身は鉄郎が素早く刺身にして行く、その見事な包丁捌きに集まった面々が感心したように熱い視線を送った。

しかし、日本人はどうしてこんなに鮪の解体ショーが好きなのだろうか、巨大生物を食す優越感でもあるのかな。





赤身、中トロ、大トロの3種盛りの鉄火丼、鉄郎は擦った山葵をちょんと上に乗せ醤油をかけ回すと勢い良く搔き込む、新鮮で弾力のある赤身がたまらなく美味い、次いで中トロ、大トロと味を濃くしながら食べ進む、旨味の詰まった脂が口の中でフワッと溶け出すが肉のようなしつこさは無い、鉄火丼最強説が頭に浮かぶ。


「鉄ちゃんの切ってくれたお刺身とても美味しいですわ、男の料理ですわ♡」

「ええ、なかなかの包丁捌きでした」

「鉄君、お母さんに中落ちで軍艦巻き作ってぇ」

「うん、美味い鮪じゃないか、帰ったら麗華の奴も褒めてあげないといけないね」


新鮮な鮪だけに皆の評判も上々だった、春子も刺身をつまみに冷酒を空ける、これで帰りは安全にヘリで帰れるってもんである。

丼物は短時間で食べ終わるのが欠点だ、鉄郎は名残惜しそうに丼を置くと児島が煎れてくれた渋めの日本茶で一息ついた。


「ふう、ごちそうさま、で、さっきの話だけど貴子ちゃんは失踪してどこに行ったの?」


「むぐっ、香港だよ」


貴子が鉄火丼を頬張りながら答える。それを見ながら春子が少し考え込んだ。


「そうだね、ここからは犯人ほんにんに語ってもらおうか、貴子、あんたの悪事洗いざらい吐いちまいな」


「おっ、鉄郎君も私の活躍聞きたい、一人殺せば殺人者だけど100万人殺せば英雄だってかのチャップリンも言ってたからね、私が死んだらサーバントとして召還されるまであるよ」


「やかましいわ!テロリストが、とっとと吐け!」ドカッ


「あうち!」


春子が刀の鞘で貴子の後頭部を小突くと、ゴロゴロと床を転げ回る、本気で痛かったらしい。


「つつつ、痛ったいなぁ〜、武田の女はすぐ暴力使うから嫌いなんだ、ちょっとしたお茶目じゃないか」


貴子が涙目で訴えるも皆の視線は冷たい、人類を滅亡しかけた人間としては不謹慎な発言だけに誰も庇う者はいなかった。



「うっ、わかったよ、香港から話せばいいんだな、もう〜」


そう言って貴子は渋々話し出すのだった。





舞台は50年前の香港に移る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る