第123話 加藤貴子の始まり

「か、川崎きゅん」


貴子の懇願するような視線、だが無情にも川崎の瞳にはその姿は映っていない。


「秋子先輩……」


困惑したのは秋子である、朝一から貴子と川崎の2ショット、何?このシュチュエーション、「もしかしてお邪魔だったかな」と気まずい空気を味わっていた。


「あ、そうそう私忘れ物しちゃったかも〜、ちょっと家に取りに行ってきま……」


「待ってください秋子先輩!!」


重い空気に堪え兼ねたのか慌てて踵を返そうとする秋子の腕を掴むのは川崎だ、熱に浮かされるように熱く秋子を見つめる。


「秋子先輩、愛してます、もうこの気持ちを抑えることは出来ない、お願いです僕と結婚してください!!」


「えっ、ちょっと川崎くん、何をいきなり、どう言うこと?」


「ちょっとマッタァーーーーーーーーーーーーッ!!」


貴子の絶叫が二人の時間に割って入る。


「待って!! 川崎きゅんそれは違うの、その気持ちは気の所為なの、川崎きゅんは本当は私を好きになるはずなの」


「加藤所長? 何を言ってるんですか、僕のこの気持ちは本物です、決して気の所為なんかじゃありません」


元々秋子に惹かれていた川崎だが今は貴子のホレ薬のおかげで感情にフルブーストがかかっている、昨夜の船橋の時も似たようなシュチュエーションだったのだがこの辺は性格の違いなのか反応に大きな違いが出ていた、貴子に崇拝の念を持つ船橋と素直に愛情を表す川崎では違いが出るのも当然だった。


ただならぬ様子の貴子と川崎、一体なにがあったのかと秋子が思っていると、二人の向こう、机の上に置かれた茶色の小瓶が目に入った。微かに香る生薬の臭いに混じってとても嫌な感じの臭いを嗅ぎ取る。

それだけで状況を察した秋子が、眉間に皺を寄せると鋭い眼光で貴子を睨みつける。


「所長、何か盛りましたねそのドリンク」


「な、なな、何を言ってるんだ牛子、私はただ川崎きゅんは凄くシャイだからちょ〜っとアクティブになれるお薬を混ぜただけだ!!」


「世間様ではそれを一服盛ったって言うんですよ!!」


色恋沙汰を薬に頼ろうとした貴子に激高する秋子の前に川崎が立ちはだかる、真剣な表情で秋子の両肩をガシッと掴む。


「待って下さい、秋子先輩。僕のこの気持ちは決して薬なんかの所為じゃない、どうか信じてください!!」


「そんなことは分かってます、ああ、もう、所長の馬鹿!」


「な、なにおう、馬鹿って言う奴は自分が馬鹿なんだぞ!馬鹿!!」


「小学生ですか」


「とにかく川崎きゅん、君のその想いはお薬の所為なの、でなけりゃそんな乳がでかくて腕力しか能がない牛子なんか好きにならない! 私の方が頭も良いし、お金だって持ってる、君が望むなら私が開発した薬品の名義を全部君にしたっていい、だから、だから、私を見て…………好きなの、こんなに人を好きになったのは生まれて初めてなの」


途中から涙目になりながら、自分の想いを告げる貴子、この場面で告げるならばなぜ薬なんかに頼ろうとしたのか、何ともやりきれない思いで言葉が出ない秋子。


「所長……」


貴子の突然の告白に驚ているのは川崎だ、気に入られてるのは分かっていたがまさかこれほどとは、だが自分が成した訳でもない開発成果を譲るというのは気に入らない、彼とて科学者の端くれだプライドに賭けてそれを飲むわけにはいかない、なにより愛する人をコケにされた事には正直腹が立つ。自分の想い人が隣にいるこの場で曖昧な態度は取るわけにはいかない、ゆえに自分の心に嘘はつけない川崎だった。

彼の口から出たのは貴子にとって残酷な一言。



「ごめんなさい! それでも僕は加藤所長とは付き合うことは出来ません」





「そ、それは私が26歳で、しょ、しょ、処女だからか!」


「違いますよ!!!それに僕は秋子先輩を愛しているんです。だから二度と僕達の前に現れないで下さい!!」


「ちょ、川崎くん、それは言い過ぎ、きゃっ」



川崎からの明確な拒絶。隣には彼女の後輩、しかも川崎に抱きしめられてるおまけ付きである。しかし貴子がこの研究所の所長である以上、本来ならば川崎の方が去らねばならないのだが、この時の彼は冷静な判断が出来ていない。


「・・・・こ、この巨乳好きぃーーー!! ばかぁーーーーーーっ!! 孫の代まで祟ってやるぅーーーーー!!!」


「ぶげらっ!!」


床に落ちていた工具箱を川崎に投げつけると、貴子は号泣しながらその場から走り去った。


「ちょ、所長待って!!」


秋子が川崎の手を振り払い追いかけるも一足遅く、貴子は自分のラボの扉にロックを掛けてしまう、秋子の力を持ってしてもびくともしない、C-4 (プラスチック爆薬)にも耐えられる特製の扉が今は恨めしい。


ダンッ!!ダンッ!!


「こらっ!開けなさい!所長ぉ!!……開けなさいよ……」


秋子が珍しく感情をあらわに扉を叩くも、中からはなんの反応も返ってこない、力無く頭をコツッと当てると小さく一言呟いた。


「ヤケ酒ぐらい、いくらでも付き合うからさ、開けてよぉ」






その日を境に貴子は自分のラボに再び引き蘢った。

今現在地球上で最も進んだ科学技術と知識を持つ貴子、その恐ろしいまでの頭脳を間違った方向に全力全開で使ったらどう言う結果になるのか、この時は誰も想像できなかった。


そして数日の時間が流れ新しい朝が来た、希望、いや人類にとっては絶望の朝である。




加藤貴子が失踪する。


「もう、男なんていらない!!」


机の上に残された書き置きにはそう書かれていた。


歴史は最悪の方向に進んで行く。

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