第120話 熊対人間

気絶した川崎くんを医務室のベッドに寝かせてヨモギをベースに薬効の高い成分を色々加えて作った軟膏を鼻の周りに塗りたくった、私自ら作った傷薬で効能は春姉さんで実証済みです。


「つっ、痛たた」


川崎くんが鼻を押さえながら起き上がるが軟膏の強烈の匂いに顔をしかめる、男の子なんだからそれぐらい我慢なさい。


「あら、気がつきましたか」


「秋子先輩、え〜っと一体何が起こったんでしょう、最後所長に蹴られたような記憶が」


「それは忘れてしまいなさい、それより熊が出たらしいので所内で待機ね、それと後で所長から大事なお話があるので上手〜く対処するように」


「く、熊ですか!」


「ええ、熊です、長野では良くある事ですよ、すでに猟友会が出動してるはずです。もしかしたら春姉さんも喜んで参加してるかも」


ガラリ


「武田先輩大変です! 熊さんが研究所の中にいます!!」


「あら、それは大変ですね」





児島ちゃんを先頭に川崎くんも連れて警備室につくと、すでに所員達がせまい室内でひしめきあっていた。

防犯カメラの映像が警備室のブラウン管に映し出される、体長は170cmくらい、黒い体毛に首元に白い三日月模様、なるほど熊さんだ、ガレージ横の休憩所をうろうろと歩いている。ツキノワグマにしては大きい方かな。


「あっ!」


「どうしたの児島ちゃん?」


「いえ、私昨日あそこで焼肉をしまして、食べきれなかった分がガレージの冷蔵庫にまだ……」


「ありゃ、匂いに釣られちゃったのか」


「児島さんお休みの日に研究所で何してんすか」


他の所員さんからそう言われてるが、一人焼肉かぁ贅沢な、私も誘ってよって言いたかったが昨日は川崎くんと高崎に行ってたからな。


「所長と一緒に食べようと思ってたら、研究所にこなかかったもので一人BBQです、高級牛肉独り占めです」


「あ、それいいなぁ俺たちも今度やろう」


ガレージの扉をガリガリやってる熊を放っぱらかしで焼肉の話題にシフトしつつある所員達、これも一種の現実逃避かな。





しかし参ったな、研究所の敷地の中だと機密上あまり外部の人間を入れたくないところよね、春姉さんなら睨むだけで熊が逃げ出してくれるんだろうけど、私じゃそうもいかないか。


「どうします所長、猟友会に連絡入れて所内で駆除してもらいますか?」


モニターを見上げていた所長に判断を仰ぐ。


「う〜ん、今はちょっとよそ様に見せられない物があるから所内に部外者を入れたくないな、そうだ、納品前の新型テルミット爆弾が余ってるから使っちゃうか、熱量3000度で跡形も無く消し去れるぞ」


「あんなもの使ったら建物まで大炎上しますよ!」


「え〜っ、だったら牛子がなんとかしろよ、お前の毒入り料理でも食わせればいいじゃん」


「誰が毒入りですか、私の料理は身体に良いものばかりですよ!」




「ね、ねえ、児島さん、所長と秋子先輩の会話がえらく物騒なんですけど、爆弾とか毒とか…」


「そうですね、爆弾や毒よりもガスの方が安全確実な気がしますね、それか高出力のレーザー砲の方が良いでしょうか」


「こ、この研究所ってそんなものも開発してるんですか」


二人の会話に不安を覚えた川崎が小声で児島に話しかけるが、物騒なのは児島も変わりなかった、科学者なんて常識の通じない変態が多いのでしかたない。





「しょうがないな、じゃあ私が行ってきますね、こんな事で時間を取られたら所長の決意が鈍ってが色々先延ばししそうですからね」


「うぐっ、う、牛子、ここは私の心の準備が出来るまで慎重にじっくり時間をかけた方が良いんじゃないか」


「大丈夫ですよ、ヒグマよりは小さいしさして時間はかかりません、それに熊は貴重な素材も取れますからね」(熊は胆嚢を始め薬用とする部位が多い)


そう言い放つと秋子は一人スタスタと警備室を出て行く、古参の所員は黙って見送るが新入りの川崎や船橋は焦った声をあげた。


「えっ、ちょ、良いんですか秋子先輩一人で行かせて、外には熊がいるんですよ、僕も一緒に」


近くにあった金属バットを手に秋子を追おとする川崎を児島が止める。


「川崎さんが行っても邪魔なだけです、誰かをかばいながら闘う方がリスクが大きいですからここに居てください」


「川崎きゅん、牛子なら心配いらないぞ、あいつ前にも1頭しとめてるからな、そ、それより昨日は牛子とは何もなかったのかな、かな?」


貴子も話かけるが川崎はモニターをじっと見つめて悔しそうに一言呟いた。


「秋子先輩……」








ジャリ


「ガフッ」


「おおっ、近くで見ると思ってたより大きいわね」


ガーレジ横で無造作に対峙する秋子、体長170cmの成獣のツキノワグマだ、その迫力は普通の人なら逃げ出すレベルだろう、もっとも熊は足が速く逃げるのは難しいのだが。(100mを7秒台で走るとも言われてます、ウサインボルトより速いじゃねえか)


「悪いわね、あんたに恨みは無いんだけど、来た場所が悪かったわね」


野生の勘が危険を察知したのか熊はブルリと身体を震わせ後ろ足に体重をかける、飛びかかる準備は万端、後は前足で薙ぎ払うか牙を突き立てるかを選択するだけだ。

一方の秋子は白衣の下のタイトスカートの横をビリッと裂いて動きやすいようにスリットを作る、白い太ももがチラリと覗いた。


「う〜ん、もったいない、所長のジャージ借りればよかったかな、じゃあ行くよ」


「ブッフォ、ブゴ」


丸腰で近づく秋子に威嚇の声をあげながらガバリと熊が立ち上がる、前足の鋭い5本の爪が力強く振り下ろされる。

が、振り下ろされた爪は秋子の身体をすり抜ける、残像を残すように半歩後ろに下がって躱す秋子、間髪いれずに熊の左前足が繰り出されるがそれも一歩斜めに進む事でギリギリで躱す、当たれば骨折必至の2連撃をしのげば、秋子の目の前には熊の頭部が晒されている形となった。


「ごめんね」


ズドムッ


一言謝ると腰を低く落として一歩踏み出す、踏み込んだ右足がコンクリートの床を砕くと、熊のがら空きの頭部に秋子の掌底が叩き込まれる、ベキリと嫌な音が響いた。

このシーンを李麗華が見ていれば感動に打ち震えたことだろう、李氏直系の八極拳、自分の師に勝るとも劣らない破壊力、完璧な一打であった。


「ゴフッ」


ドスン


本来打撃には強い熊だが秋子の掌底は頑丈な首の骨がへし折れるほどの衝撃を与えていた、口と目からツツーッと血が流れると重い音を立てながらその場に崩れ落ちた。


「書文伯父さん直伝の掌底打ちよ、熊さん相手なら充分でしょ」




パンパンと手についた毛を払いながら倒れる熊を見下ろす秋子、それを警備室のモニターで見ていた所員達から一斉に歓声があがる。


「おお〜、流石武田先輩!! 一撃で倒しました!! 凄いです」

「マジかっ、人間業じゃない……」

「武田さんなら大山 倍達に勝てるんじゃないか」

「ウィリー・ウィリアムスとだったら?」



「ふん、牛子の奴、やっぱり変な薬でドーピングしてるんじゃないのか、まるでゴリラ並だな、怖い怖い、ねぇ、川崎きゅん」


「秋子先輩、格好良い……」


「へっ?」


そしてモニターに熱い視線を贈る川崎と、その川崎を呆然と見つめる貴子が居た。

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