第113話 誰?
「うぅ〜、ひどい目にあった。婆ちゃんの車に乗った時はなんとか耐えられたんだけどお母さんの運転、あれは駄目だな、あれだったらバンジージャンプの方がよっぽどましだよ、縦Gだけで横Gはないし」
三半規管をやられてぐったりとソファーに座っている僕に黒夢がおでこに梅干しを貼り付けてきた、車酔いにはコレが効くと貴子ちゃんに言われたそうなのだが、なんか使い方が違う気がする。だが反論する気力も失われていたのでそのまま受け入れた、梅干しの臭いでなんとなく口の中がすっぱい。
「おばあちゃんの知恵袋ですわ、でもそれって頭痛の治し方ですわ!」
「あれ? そうだっけ」
京香さんと貴子ちゃんがそんな事を話しているのをぼぉ~っと見ていると、今度は黒夢が僕の手を取って手首の下あたりを小さな指でぐりぐり押してきた。何してるの?
「車酔いに効くツボ」
……なんか最新鋭のAIのくせに対処法があんまり科学的じゃないな。
大分落ち着いてきたのでもそもそとソファーから起き上がると現在バベルの塔の管理者である
「パパ、もうイイノカ、大根汁飲むカ?」
ん〜っ、本当にこの娘たちって最新のAIなんだろうか?
そんな僕の疑問をよそに京香さんが真紅をわくわくと期待の籠った目で見つめる。
「真紅ちゃん、結果出ましたの」
「バッチリ」
真紅が無表情でピースサインを出すとその瞳がチカリと青く光った、壁にかけられたモニターがブンと小さな音をたてて立ち上がる。
モニターに映し出される数字の列、京香さんとお母さんが珍しく真剣な顔で覗き込んでいるが、僕にはその数字だけでは何を表しているかよくわからないのが正直な所だ、こう言う時は黒夢に聞くに限る。
「黒夢、どうなの?」
「正直、微妙。パパの勝ち」
モニターを見ていた京香さんがため息をつく、お母さんはなにやらニコニコしている。
「せっかくの人体実験だから期待しましたのに、思ったより伸びませんわね」
「私の息子があんなのに負けるわけないじゃないの、鉄くんは特別なのよ、特別」
「パパのお父さんノ男性受精率ハ43%、83%のパパの圧勝」パチパチ
「それでも今の平均は10%に満たないんだろ、結構な数字じゃないのかい?」
確か今の平均って10%もないんだからお父さんの43%ってのもかなり高い数値だと思う、それにお父さん結構モテそうだしこれから色々大変そうだな。
黒夢の言葉に婆ちゃんが京香さんに問いかけるが、京香さんはこの数値に満足していないようだった、中指で眼鏡を押し上げた後に軽く両手を天井に向けた。お手上げらしい。
「鉄ちゃんのお父さんだし、それに病気で先が長くない状態からの回復と言う鉄ちゃんの時と似た条件、これだけ揃ってれば正直60はいくと思ってましたわ」
「まぁ、マイケルでは16%までしか上がんなかったからね、人類救済を目指すならやっぱり60は欲しいわね、けど
「えっ、マイケルさんにもあのお薬投与してるの?」
「
うわぁ〜、いつの間にかお父さんだけじゃなくってマイケルさんまで人体実験されてるじゃん、後、餌って言わないであげて!ちょっと可哀想になってきたよ。
「だけどこの条件でも駄目となると、ちょっと手詰まりだな、な〜んか見落としてるって事よね、もう一回半殺しにしてみる?」
お母さんがなんか物騒な事言い始めた、死にかけないと効かないお薬なんてやだなぁ、もっと平和的にいこうよ。
その時、京香さんが思い出したようにポンと手を叩いた。
「そうそう、でしたら夏子さんと春子お祖母様の血液サンプルをくださらない、鉄ちゃんの血筋になにかヒントがある気がするんですの」
「武田ノ血」
「ふむ、採血だったら夏子だけでいいだろう、私と夏子は実の親子じゃないからね」
「「えっ」」
婆ちゃんの言葉に僕と京香さんが驚く、えっ、何それ聞いてないんですけど、婆ちゃんとお母さんって血が繋がってないの。
でもこの事実に驚いたのは僕と京香さんだけで、黒夢達は別としてお母さんも貴子ちゃんも児島さんですら平然としていた、これは知ってたということかな。
「婆ちゃん何それ、僕知らないんだけど、お母さんは知ってたの?」
「あれ? 言ってなかったけ、まぁ、実の母親は私が小さい頃にもう死んじゃってるしね、あんまり重要だと思わなかったのよね」
いい忘れてたなお母さん、まったくいい加減と言うか大雑把なんだから、でも婆ちゃんからなら話しを聞いていてもおかしくないんだけどな、そう思いながら僕は婆ちゃんに視線を向けると、一つため息をついて口を開いた。
「夏子は私の妹、武田秋子の娘だよ」
「誰それ?」
初めて聞く名に僕は首を傾げた、目の前では黒夢と真紅も揃って首を傾げた。
可愛いけど真似すんな。
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