第111話 何人たりとも

「いや〜、やっぱり家が一番だねぇ」


朝食を終え一風呂浴びた鉄郎がTシャツに短パン姿で自分の部屋をテコテコと目指す。この世界のお偉いさん達との会議を無事終えた開放感からか鼻歌まじりだ。

カチャコと部屋の扉を開け備え付けの冷蔵庫から牛乳を取り出そうと覗き込む。


「鉄くん」


振り向けば、そこに居たのはメイド姿の住之江だった、俯いているので表情を伺うことが出来ない。


「真澄先生? おわぁ!」


一瞬の出来事だった、黙ったまま近づいてきた住之江に綺麗に足を払われてクルリと天井が視界に入る、床に着く間際身体を軽く引かれて衝撃もなく床に倒された。無駄に格闘技術が上がっている。


ドン!!


顔の両側に突き出された両腕、足の間には膝を差し込まれ身動きが出来ない。

壁ドンならぬ床ドン状態、住之江の綺麗な顔が眼前に迫る。


「ま、真澄、んぐっ」


いきなりキスで唇を塞がれる、舌まで入てきてなんか凄っげえエッチいキスだった、流石に鉄郎もこの行為には驚かざるをえない。


「プハァ、ちょ、真澄」


「鉄くん、……しよ。うちもう我慢の限界や」


住之江の潤んだ瞳が鉄郎をじっと見つめる、はぁ、はぁと息も荒く、顔は紅潮している、一種の薬物中毒患者である、鉄郎と言う薬物だが。


「えっ、こんな朝から」


コクリと頷く住之江だったが、鉄郎の目は住之江の後ろに誰か立っている事に気づいた。途端、冷や汗が流れる。


「何をなさってますの住之江先生〜」


「はうっ」


額に青筋を浮かべたリカが襟を掴んで鉄郎に覆いかぶさっていた住之江を引っぺがす。ゴロリと後ろに1回転、ちょうど正座の形におさまった。


「仮にも教師とあろう者がなんてハレンチな、男性を押し倒して唇を奪うとか、もはや犯罪ですわ!!羨ましい」


「いや、うちはもう鉄くんの婚約者やから犯罪にはならんのやないかな」


「真澄、僕のファーストキスの時も強引だったよね」


確かあの時はまだ婚約前だったはずである。


「なっ、鉄郎さんのファ、ファーストキスまでそんな風に!! も、もう、許せませんわこの淫行教師が……」


鉄郎の余計な一言、リカの怒りのオーラで周りが黒く歪む、ヤンデレリカちゃん降臨である、こういうのが一番怖い。


「ちょい待ちぃ、それを言ったら鉄くんの初体験は会長のオカンやないか、うちがそれでどんだけ悔しい思いをしたか」


「ふふふふふふふ、わかっておりますわ〜、ですからお母様と先生にはそろそろご退場願おうと思ってますの〜、ふふふふふふ」


リカがポケットから取り出したスタンガンを掲げるとバチバチと紫電を走らせた、おしおきだっちゃ。


「「ヒエッ!!」」



「お取込み中悪いんだけど」


「「「へっ」」」


「「な、夏子お義母さま!」」


いつの間にか部屋に入ってきていた夏子が三人の横で屈んで声をかけた、鉄郎の部屋には一応鍵がついてるはずなのだが解除番号が結構大勢の者に出回っている為あまり役に立っていない、はっきり言って鍵の意味がない。


「婚約者風情にお母さま呼ばわりされる気はないんだけど、まぁ今日は気分がいいから許してあげる。それより鉄くん、ちょっとお母さんに付き合いなさい」


「えっ、どこに?」


「バベルの塔よ、あいつのサンプル届けに行かなきゃいけないのよ」


「あぁ、お父さんのアレ」


鉄郎が住之江とリカを見てしばし考える、なんとなくこの場にいるのは気まずい、渡りに船とばかりに夏子の言葉に乗ることにした。このヘタレ野郎。


「じゃ、じゃあ、真澄に藤堂会長、僕ちょっと用事が出来たのでバベルの塔に行ってきますね」


「「なっ、それなら私達も!!」」


「無理無理、あんた達じゃついてこらんないでしょ」





ヴァヴァヴァヴァヴァ


僕達が玄関を出ると1台の白いオープンカーの前で黒夢が待っていた。


「パパもお義母さんも遅い、モウ暖気は終わってル」


「悪いわね〜、ちょ〜っと取り込んでたのよ」


お母さんが嬉しそうに黒夢に手を振る。まさかとは思うけどそれでバベルの塔に行くの?


「へへ、いいでしょこれ、前に黒ちゃんに頼んどいた私の車がやっと出来たのよ〜、黒ちゃん鉄くんに説明してあげて」


「パパが前にオープンカーが好きだと言ってたカラ本田S2000をベースに黒夢が設計し直しタ、エンジンはVTECで排気量は3000にまで上げてアル、それにターボチャージャーを組み込んで出力は650馬力、でも大丈夫、そのパワーを受け止めるためサスペンションやフレームは素材カラ変えてアル、黒夢の自信作」


胸を張ってつらつらと説明を始めた黒夢だが、何が大丈夫なのかはチンプンカンプンだ、ただ、お母さんに与えてはいけないたぐいの車であることは充分わかった。


「ふ、ふ〜んそうなんだ、じゃ、僕は児島さんにでも頼んでヘリで行くから…」


ガシッ


屋敷に引き返そうとするとお母さんに肩を掴まれそのまま助手席に放り込まれた、ご丁寧に黒夢がシートベルトをはめてくる。


「ぎゃー、ちょっと待って! 誰も乗るなんて言ってない!!」


「も〜う、大丈夫よ鉄くん。お母さんバイクだけじゃなくて車の運転も上手いんだから安心して」


「上手い下手の問題じゃない、真澄先生、藤堂かいちょ〜」


住之江とリカに助けを求めるも相手は夏子である、嫁の立場としてもなかなか逆らえない。それに夏子が鋭い目で邪魔するなと語りかけている。


「ま、まぁ、その車2シーターやから今回はうち遠慮しとこか」


「そ、そうですわね、お義母さまの運転なら、あ、安心ですわ」


二人に見捨てられた鉄郎が涙目になるも、その姿も可愛いなどと思われて効果はない。

すると後ろからバラバラと違う車のエンジン音が聞こえてきて、夏子の車の横に止まった。


「あら、児島。車変えたの、ポルシェターボ?」


「ポルシェ964ターボ3.6です、やられたままでは女のプライドが許しませんから、今日は勝たせてもらいます」


「ハッハッハ、このポルシェは私の作ったパーツを使ってるからな、黒夢ごときが作った車に遅れはとらん!」


児島さんの助手席に座る貴子ちゃんが声高らかに宣戦布告してくる、黒夢が不愉快とばかり一瞬顔をしかめた。この流れだともう一人来そうだと思っていれば案の定、ガレージから婆ちゃんのRX−7が現れた。


ブボボボボォ


「ふん、峠はパワーがあれば良いってもんじゃないよ、腕だよ腕」


そう言う春子のRX−7だが前回最下位だったのがよほど悔しかったのか、ユーノスコスモの3ローターエンジンにちゃっかり換装してあるフルチューンドである。結局パワー上げてんじゃねえか。


3台のモンスターマシンが武田邸の玄関前に並ぶ、なぜこの人達はこんなにも熱くなっているんだろう、そして自分を巻き込まないで欲しいと切に願う。黒夢はお母さんの車のトランクを開けるとモゾモゾと中に入って行く、入る間際にお母さんと拳をコンと合わせた。


「じゃあ、ゴールはバベルの塔ね」


「もう好きにして」


屋敷の住人がいつの間にか集まって来て見守る、一人前に出たエーヴァが手にしたカラシニコフPL-15を空に向けて掲げるとタァーーンと発砲してスタートの合図を切った。


スキャキャキャキャ!!


一斉に爆音を上げるエンジン達、タイヤからは白煙が吹き出す。


女の意地を賭けたキャノンボールレースが幕を開けた。

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