第110話 今度こそ帰国

関西国際空港南ウイングターミナル、窓の外にはジャンボジェットがずらりと並んでいて壮観の一言だ、その一角にある売店、そこである1団が行き交う人々の興味を引きつけていた。


満面の笑みを浮かべる店員からトレーを受け取った鉄郎。なぜか店のトレーにサインを頼まれる。えっ、個人宛でいいの、はいシャルさんへっと。


「おっ、このホットドック美味い、パンがコッペパンじゃないフランスパンだ!!」

「ほら婆ちゃん、美味しいよコレ」


「ああ、それはよかったじゃないか、ほれ鉄、ケチャップがついてるよ」


なんとなく覇気のない春子がカウンターにビールジョッキを置くとナプキンで鉄郎の口をぬぐう。


「むぐ、も〜う元気出しなよ婆ちゃん、舟券外したのはこれが初めてじゃないでしょ」


「無理無理、こうなったババアはしばらく駄目だよ、ぷはぁ〜、勝利のプレモルうめぇ!! ババア、奢ってやるから好きなだけ飲みな、は〜っはっは!」


「うるさいわ!! あてずっぽうで万舟券当たったからって偉そうに!」


「色々考えても当たんない時は当たんないのよ!ギャンブルは運が大事なのよ」


婆ちゃんとお母さんが大きな声で言い合いを始める、やめなさい皆んなこっちを見てるじゃないか。



「パパ、おかえり」


「おお、黒夢お留守番ごくろうさま、遅くなっちゃってごめんな、暇だったろ」


「ん、そうでもナイ」


いつの間にか隣にいた黒夢の頭を撫でる、もっと撫でろとばかりにぐりぐりと頭を擦り寄せて来た。まるで猫のようだ。







少し離れた所では貴子と尼崎が話している、


「それじゃあ、鉄郎君のお父さん、松井さんは日本政府で預かるってことでいいのね」


「ああ、それでかまわん。あれのサンプルはもう取れたからな、好きにしろ」


「……ねえ貴子、あの新薬ってまさか、あの80%になる薬なの?」


目の前で劇的な回復を見せつけられ、その後の貴子達の行動から推測したのか尼崎が貴子に小声でひそひそと尋ねる。


「ん〜、どうだろうな、詳しい事は国に帰って調べてみんとわからんが、鉄郎君の時とはかなり条件が違うからな、いいとこ50%くらいじゃないか」


「なっ、50%!! えっ、本当に日本で好きにしていいの、後で返せって言わない?」


「鉄郎くんに人類を救ってくれと頼まれてるからな、それくらいのサービスはしてやるよ、でも一応鉄郎君のお父さんだからな、あんまり酷い事はするなよ」


「わかってるわよ、貴女達を敵に回すわけにはいかないしね、でもありがとう、助かるわ」


尼崎にとっては松井繁の存在は非常にありがたかった、政治的に利用するもよし、研究に使うもよし、国際会議の後だけに大きな手土産となった。


「さて、それでは王国に帰るとするか。あっ、そうだ、これでマイケル富岡の件はこれでチャラな」


「マイケル? ああ、ジョージマイケル、かまわないわよ、ちょっと扱いに困る男性だったし」


苦笑いをする尼崎に貴子はコクリと一つ頷くと鉄郎の方に向かって歩き出した。児島がその後ろにスッと続いた。



「鉄郎くん、そろそろ帰るよ〜! 黒夢、Bー2をターミナルに横付けしろ」


「んぐっ、もうお話いいの?」


「ああ、問題ない、後は尼崎がなんとかするだろ」



ジャンボジェットが並ぶ滑走路にエイのようなシルエットのB-2の機体が異彩を放つ、ゆっくりと闇夜に消えて行くそれをターミナルの窓から見つめる尼崎、震えるスマホを手にしてみればバンコクで会っていた面々からの着信がズラリと並んでいる、貴子が日本に来ている事はバレてると思っていい。


「くそっ、目ざとい連中だ、どこに目があるかわかったもんじゃない」


視線だけで空港を見渡すと、ため息を吐く。


「なんかあいつらに言い訳するの面倒臭いな、どうやって誤魔化そう。 ああ、鉄郎君との1日は楽しかったなぁ。…………はぁ、仕事するか」


振り返った尼崎が後ろで控えていた秘書達に向かって歩きだす、ここからは総理としての時間だ。


「大臣と幕僚長を至急集めて、会議を開くわ!」







日本から約8時間のフライト、鉄郎がふと目を覚まして小さな窓から外を見ればまだ空は薄暗かった。日本との時差は-3時間30分、スリランカでもそろそろ夜明けを迎える頃だ。


「んん〜、黒夢今どの辺?」


B-2の構造上コクピットの窓からは下の風景が見えない、鉄郎はまだ眠い目を擦りながら操縦席に座る黒夢に話しかけた。


「パパ、起きた。そろそろバベルが見えルヨ」


良く見れば前方には白く巨大な柱、バベルの塔がそびえ立っているのが見えた。なんとも悪目立ちをしている、そりゃあインドのおばさんが気にしてたのにも納得だ、こんな物を隣の国で作られたんじゃ気になってしょうがない。

左側の窓を見れば水平線の向こうにちょうど太陽が顔を見せた。


「おっ、御来光」


「パパ、御来光は山の上カラ見た太陽ダヨ」


「ん、そうだっけ、まぁなんとなく目出たいし、いいんじゃない」パンパン


昇り始めた太陽に柏手を打つ、日本人だし仕方ないよね。






無事グリーンノアに着艦したBー2がゴウンゴウンと音をたてて、格納庫に沈んで行くのを甲板の上で見ていた。



「おっかえり鉄君!!」


振り向くと大きな麦わら帽子に青いチャイナドレス姿の李姉ちゃんがいた、え〜とその背中に担いでるビチビチいってるのはなんですか?


「へへ〜、なかなかの大きさのGT(ロウニンアジ)でしょ、凄く引きが強くて面白かったわ」


僕の視線でわかったのか尾びれをグイッと持ち上げて目の前に差し出してくる、1m越えのずんぐりした銀色の魚体がビチビチと暴れる。


「うわっ、大っきいね〜、食べれるの?」


「この大きさのGTは毒あって食べれられないわよ、魚拓とったらリリースするわ」

(餌に毒性があるので蓄積する前の小さいものなら美味しくいただけます)


「そうなんだ」


「ああ、大丈夫よ、昨日釣ったマグロなら屋敷の冷蔵庫に入れてあるから」


だれがそんな心配しとるか、李姉ちゃんめ婆ちゃんがいないのをいい事に釣り三昧だったな。ジト目で見つめる。


「えっ、あ、ち、違うわよ鉄君達をお迎えに来たのよ、ただ待ってる間に釣れちゃっただけなんだからね」


「パパ、生簀いけすに同じノが3匹入ってル」


黒夢が告げる事実に李姉ちゃんが、焦ったようにでっかいアジを海に放り投げた、バッシャーンと大きな音が聞こえる。


「さ、さぁ、お腹空いてるでしょ、早く屋敷に帰りましょう!!」





キキュッ


李姉ちゃんの運転するリムジンが屋敷の門前で止まると、ゆっくりとゲートが開いて行く、門の横には行く時は無かった守衛室が建てられていた、ブロンドの短髪に赤のベレー帽を阿弥陀に被った軍服姿のお姉さんが出て来て李姉ちゃんに敬礼をする。あれ、こんな人いたっけ?


「ねえねえ、李姉ちゃん、なんか物々しいねセコムの人?」


「ああ、この国の防衛は貴子の科学に頼りすぎてるからね、その警備網をくぐり抜けた連中を鉄君の親衛隊として教育し直したのよ」


「本物の軍人さんなんだ、アメリカのおばちゃんが会議で言ってた捕虜の人達?」


「そう、結構優秀よ」


「それってお国に帰してあげなくていいの?」


「本人達が帰りたくないって言うんだからいいんじゃない」


門を振り返ればベレー帽をかぶった人達が笑顔で手を振っていた、まぁ、幸せそうだしいいか。






「「「「おかえりなさいませ、鉄郎さま!!」」」」


玄関前の広場に到着すると、やはりと言うかもはや恒例となったお出迎えが待っていた。100人以上のメイド服姿に、今回は門の所で見たような軍服姿のお姉さん達まで追加されてずらりと並んでいる、その真ん中には真澄先生と藤堂会長が立っていた。なんか真澄先生やつれてないか?


「おかえりなさい鉄郎さん、会議は無事終わりましたか」


藤堂会長が綺麗な金髪を揺らしながら駆け寄ってくる、うん、今日もとてもお美しい。


「ただいま、ちゃんと話し合いで済んだよ、5年間は干渉されずに済みそう」


「まぁ、流石鉄郎さんですわ、ささ、お風呂の用意も出来てます、まずは旅の疲れを落としてくださいまし」


「こら、何一人で新妻っぽい雰囲気出しとるんやうちも混ぜてぇな、鉄君、ご飯にする、お風呂にする、それともうちに……する」


慌てて真澄先生も会話に混ざってくる、でも二人とも、周りが凄い目で睨んでるんでとりあえず屋敷に入りません。







鉄郎達が屋敷に入って行き玄関前の広場には貴子と児島がとり残される。


「なぁ、私も一応この国の女王様なんだけど、誰もお帰りって言ってくれないんだが……」


「…………お帰りなさいませ貴子様」


「児島(お前)に言われてもなぁ」

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