第79話 シャカ○キもしくは弱○ペダル、いや、ろんぐらいだぁ○!
詰めかけた生徒達で騒然となる理事長室、夢の鉄郎王国への留学チケットは20枚限り、そのうち1枚はすでに抜け駆けした藤堂リカが理事長の判子付きでちゃっかりと手にしていた。
当然他の生徒達からリカにブーイングが出たが、鉄郎について行く方法を教えてあげた特権ですわと毅然とした態度で跳ね除けた、実際生徒会長で成績でも体力的にもトップな彼女だけに誰も反論もできなかった。人数に関しては妥当な所だろう、これ以上の人数を許すと際限なく申請が出され学院閉鎖の可能性も出てくるとの判断だった。
後々考えるとリカの場合、京香の転勤について行くわけだから転校でもよかった説が浮上する。
そして問題なのは残りのチケットの選考方法である、体力重視でも頭脳重視でも不満は出た、だが選定委員に選ばれた住之江がこれを一喝する、最低限の体力が無くては到底許可出来ないと、そこで第一段階のふるい落としとして学院主催の自転車レースを提案する、自分の得意分野を持ってくる所が汚い大人である。
コースは千曲川沿いのサイクリングロード、長野市の川中島から隣市の上田城跡までの約40kmの道のりであった。
「1時間や、うちより1時間以上遅れた者は問答無用で失格にする!!」
「えっ、1時間? それ位ならイケるか」
「あの年増より早ければ問題ないのよね、楽勝!!」
「いや、言うほど簡単じゃないぞ、たしかあのクリスマス女は昔チャリンコの選手だったはずよ」
「えぇ〜、大昔の話でしょ、それ(笑)」
「……お前ら、全員泣かす!!」
住之江の出した条件は自分のタイムより1時間オーバーの者の失格。一見楽に思えるが信号の少ないサイクリングロードだ、元インターハイ選手の住之江ならば確実に1時間を切ってくるだろう、つまり生徒達は最低でも2時間以内でゴールしなければいけない計算で、そのためには平均時速20km以上で走らねばならないのだ。(ママチャリの平均速度は大体10〜15km)
「ふふふ、そない厳しい条件やないやろ、30分と言ってもうちはよかったんやで」
そう言ってニヤリと笑う住之江、随分と黒い笑みではあった。大人気ない。
明けて早朝、川中島古戦場の駐車場に学院の生徒達がゾロゾロ集まる、新2年生、3年生合わせて総勢220名、家庭の事情で留学の許可が下りない者もおり、全校生徒とまではいかなかったがぼぼ全員の参加だ。
希望者にはロードバイクも貸し出されたが、初めて乗る自転車よりは慣れた自分のものとマウンテンバイクや通学自転車も多い、そこに颯爽と乗り付けたのは完全武装の住之江だった、ピチピチのレーサーパンツに胸元がパッツンパッツンの白のサイクルジャージ、指切りグローブにヘルメット、仕上げはビンディングシューズ、このレースに賭ける意気込みがひしひし感じられる。
「ふふふ、おかんの奴ごっつーええマシン送ってきおったな、フレームは超軽量なことで有名なTREKエモンダSLR、コンポはシマノのデュラエースDi2、重量はへたすれば6kgを切るやろコレ、ははは、負ける気がせんな!! 見とれ〜、45分切っちゃる!!」
昨日の晩に実家から届いたロードバイクにご満悦の住之江、素人の女子校生相手に本気の構えだ。本当に大人気ない、色々溜まってるのかもしれない。
ニヤニヤと笑みをこぼす住之江に、愛しい君から声がかけられる。
「あ、真澄先生、うわー本格的だね、競輪の選手みたい、凄くエロカッコいい!!」
「せやろ、せやろ、今日は鉄君にうちのええとこ見てもらわんとな、えっ、そんなにエロい?」
なぜかこのレースに友情出演を頼まれた鉄郎が住之江の所にやって来た、サイクルジャージやレーシングパンツは、身体にフィットさせるため体型がモロに出るのだが、住之江のプロポーションならなんら問題ない、むしろ強調された胸が結構エロい、ちなみにレーシングパンツは下着は付けないのが正しい、薄布1枚である、想像すると余計にエロい。
「うん、先生プロポーション良いから、そういう格好も似合うよね」
「いややわ〜、そない褒めんといて〜な、脱いでも凄いんよ」
「けっ、年増が無理しちゃって」
「なんやと〜、誰や!」
「あ、委員……忍さん、おぉ〜気合いはいってるね」
「おはようございます、鉄郎君」
鉄郎達の話に割り込んできたのは、A組クラス委員長多摩川 忍だった、住之江同様レーサースタイルでバッチリ決めており、実はこのレースの優勝候補の一人である、優秀な生徒を集めたA組の委員長は伊達ではない。
「なんや三つ編み眼鏡委員長、うちと鉄君の愛の会話に割り込んでくんなや、胸くそ悪い」
「ふん、この犯罪者が。会長から聞きましたよ婚約者の件、純な鉄郎君を
「えっ、ちょっと忍さん、僕は別に騙されては……」
「いいえ!! 鉄郎君は騙されているんです、可哀想にこんな乳がデカいだけの年増女に誘惑されて、でも大丈夫、鉄郎くんの貞操は私が守ってみせますから!!」
「ほほ〜、言うやないか多摩川、大人の魅力もわからんジャリガキが、鉄君の初めてはうちのもんや引っ込んどれ」
「ちょ、真澄先生こんな所で何言ってるの、冷静に、冷静に、ねっ」
ピリピリと一触即発の雰囲気が住之江と多摩川の間に立ち籠める、よく見れば周りの女生徒達も殺気立っているのがわかる、わかってないのは殺気を向けられていない鉄郎だけだ。そこにカラカラと自転車を引いたショートカットの生徒が加わってくる。
「住之江先生、今日は抜け駆けは許しませんよ、若い力を舐めてもらっては困ります」
「なんや平山副会長、お前もか。会長 (リカ)が抜けた後の学院はどうするつもりや」
「私はあくまで副会長なんで会長に付いて行くまでです、それに書記の大村なら生徒会長を任せても大丈夫ですよ」
九星学院副会長 平山 智加、彼女も優勝候補の一人だ、住之江は彼女の手にしているロードバイクに目をやった、スコット社のエアロフレーム、軽さより風の抵抗を減らすのが目的の形状で、アップダウンのない今日のような平坦なコースには向いているだろう、それにサドルの高さやハンドルの擦れ具合から普段から走り込んでいる事が伺われる、住之江は警戒のレベルを上げた。
それにしても会長の藤堂リカに続いて、副会長まで抜けたら生徒会はどうなってしまうのだろうか。
レース結果に関係ない立場でなおかつ普段あまり自転車に乗らない鉄郎は、最後尾でポケーッとスタートを待つ、ちなみに自転車は通学用として人気のブリヂストンのアルベルトだ、カゴもライトもついていてとても便利だ。
もうじきスタートなので前方を気にしつつも、鉄郎の方をチラチラと振り返る後方集団の生徒達、鉄郎は住之江に言われた通りニコニコと手を振る、その度にきゃーっ!と黄色い声が上がる。
「うん、真澄先生に頼まれて参加したけど、この学院で最後の全校イベントだもんね、皆んなにとっても良い思い出作りになればいいな」
キョロキョロと自分の周りを見渡す。
「しかし後ろの方にいる娘って、みんな普通の自転車だな、先頭の真澄先生達みたいな本格的な人がいない」
「て、鉄郎様、今日はご一緒に走ってもいいでしょうか?」
「あっ大村さん、うん、いいよ。でも僕そんなに速くないよ、いいの?」
「私は平山先輩みたいに運動得意じゃないから……」
最後尾の鉄郎におずおずと生徒会書記の大村花江が話しかけて来る、大村は学校指定のジャージにトレードマークの黒縁眼鏡姿だ、あまり運動は得意でない彼女はこのレースはすでに半分諦めている、ならばせめて思い出づくりをと鉄郎の傍に寄って来た。
実は最後尾のグループは彼女のような生徒が集まっており、半分以上ふるい落とすつもりの住之江はそう言う生徒の思い出作りの為に鉄郎の参加をお願いしたのだった。このあたりに彼女の教育者としての優しさが見える。
スタート10秒前、全員に緊張が走る。
パァーーーンッ!!
そしてスタートの合図が流れる、次々とタイムを計るゲートをくぐる生徒達、真っ先に駆け抜けて行ったのは平山だ、その後を多摩川が追う形となる。
住之江がゆっくり左足を軽く踏み込むとスッと車体が前に進む、浮いた右足をペダルを捻るように踏むと、ビンディングがカチャリと音をたててはまる、ビンディングペダルの利点は踏み込む時だけでなく、引き上げる時にもペダルに力を伝えることが出来る所だ、ペダルに足が常にくっ付いていると思ってもらえばいいだろう。
最初は軽めのギアでクルクルと回転を上げる、スピードが乗り始めると中指で変速レバーをタップして行く、カシャ、カシャと11枚の歯車を滑るようにスライドしたチェーンがスピードを上げトップギアに入る。
ギアをトップに放り込むと形の良い尻をサドルから浮かして立ち上がる、トップギアで重くなったペダルに体重をかけながら一気に踏み込むと、左右にマシンを振りながら急加速する住之江、本日最初のアタック (全力疾走)を仕掛ける。
自転車レースは長丁場だ、勝利を掴むためにはレース中に何回アタックをかけられるかが勝負の分かれ目となる、ペース配分を間違えると後半バテてスピードが出せなかったり、先頭に追いつけなくなる。そのために駆け引きが重要となるのだ。
「ほな、まずは多摩川からやな」
ダンシングしながらぐいぐいと加速する住之江、激しく左右に揺れるバストとヒップ、ハンドルに取り付けたスピードメーターは時速50kmを指していた、そのまま先行していた多摩川を一気に抜き去った。
「ちっ、年増のくせに速い、でもまだまだスタートしたばかり、絶対に捉えるわ」
自分を抜き去った住之江を今度は多摩川が追う、ガチで留学を狙うトップグループはスタート直後から後続を突き放しにかかるが、その先の平山と住之江は開始5分で早くも先頭グループを形成して行く。だがレースはまだ始まったばかりだ。
こうして闘いの火ぶたは切って落とされた、果たして鉄郎王国への留学チケットの行方は。
ゴールである上田では春子、麗華、貴子、児島の4人が駅前の蕎麦屋でたむろしていた。
「なぁ、なぁ、鉄郎君勝つかな?」
「いや、鉄郎様はそう言う意味で参加してないと思いますよ」
「ここはうちの嫁、真澄さんで決まりだろ、賭けるかい?」
「私は新聞配達のねーちゃんも結構速いと見てますけどね、なにせ若いしあれは体力ありますよ」
ズルル
「おばちゃん、そば湯ちょーだい!」
いや、お前ら引越しの準備はどうした。
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