第80話 運命を分ける存在
キレのあるダンシングで多摩川を抜き去った住之江は、一旦サドルに腰を下ろし足を休ませる、ダンシングでの走行は長時間続ける事は出来ない、それほどの負担を体に強いるのだ、30m前方にいる平山を見据えながら、今の自分に後何回アタックが出来るか冷静に考える、流石に現役の頃のような体力はないがプロポーションを維持するためにトレーニングは続けている、特に鉄郎に出会ってからは特に気をつけているのだ、40kmくらいなら十分もつと判断を下した。
ここは一気に追いついておくべきと即決し、サドルから腰を浮かし再度ダンシングで加速した。
ドロップハンドルの下部を握りしめ、極端な前傾姿勢で風を切る、30mは有った平山との距離を一瞬で詰めた。
元インターハイ選手は伊達ではない。
「くっ、もう追いついてきたの!!」
先頭を行く平山の耳に、後ろからジャーっとロードノイズが迫って聞こえる、スタートダッシュで引き離したはずの住之江に早くも後ろに張り付かれる、自分でもかなり無理したハイペースで走っていたのでその驚きは大きい。
ボスッ
ひとまず追いついた住之江はサドルに腰を下ろし隣で驚愕の表情を浮かべる平山を観察する。
なるほど乗り慣れている、フォームも綺麗だし良い尻だ、引き締まった太ももにはしっかり自転車用の筋肉が付いているのがわかる。
「なんや運動部でもないくせに随分と速いやないか平山、経験者か?」
「自転車は趣味なんですよ、先生こそ、もうお歳なんですから無理しない方がいいんじゃないですか」
「はっ、ぬかせ!!」
自転車はその気軽さから筋力を使う印象が薄いが、意外と全身の筋肉を動かしている、腕、背中、腰、太もも、ふくらはぎ等まんべんなく使うのでダイエットにも最適だ、風にあたることで体温の上昇も抑えられ疲労も軽減されるので、ジムでエアロバイクを漕ぐよりは屋外で本物に乗ることをおすすめする。
平山と並走しつつもチラリと後ろを振り返る住之江、3位グループには若干距離を開ける事が出来た、後はどうやって引き離すかだ。
このまま平山を抜き去って単独首位もいいが、中盤ではもう少し足を貯めておきたい所だ、幸い平山のペースは悪くない、ここは風よけになってもらおうかと考える、この辺りはレース経験がものを言う。
「おい平山、ライバルは少ない方がええやろ、どや、共闘せんか」
「共闘?」
「そや、先頭をかわりばんこしようや、その方が楽で速いんよ」
平山にしてもメリットのある話だ、この女には勝ちたいがこのレースの本質は何人が失格になるかだ、タイムが速ければそれだけライバルが減る、しばし考えて住之江の提案を了承する。2人は先頭を交代しながらペースを上げ始めた。
このレースで一二を争うスピードを誇る二人が共闘しながら後続を引き離す。
「だめ! 離される」
住之江、平山の両名に遅れだした多摩川、スペックでは二人に引けはとらない多摩川だが、いかんせん自転車の経験が足りない、徐々にその差が開き始めた、彼女の周りには同じA組の仲間が追走している。
「委員長、私達が前に出て引っ張るから追いついて!!」
「でもそんな事したら貴女達が……」
「大丈夫、委員長なら行けるって、A組の力をあの淫行教師に見せてやれ!」
「……わかった、皆んなお願い!!」
クラスメイトが風よけになることで力を温存する多摩川、集団として固まることで空気抵抗が減り速度が増す、素人ながらも本能で集団で走るメリットに辿り着いたA組の面々。何人かの脱落者を出しながら先頭を走る住之江を射程距離に収めると、温存していた筋力を爆発させ多摩川が飛び出す、そのスピードは瞬間的ではあるが住之江を超えた。
「「「後は任せた、行っけーーっ、委員長!!」」」
ぜぇ、ぜぇと息の荒いクラスメイトに背中を押され、力まかせにペダルを踏み込むと平山の後ろに張り付いた。
しかし多摩川は確か料理部だったはずだが、何故にそれほどの身体能力を?
「はぁ、はぁ、追いつきましたよ先生、はぁ、はぁ」
追いついた多摩川にニカッと笑いかける住之江、ここまで追い上げる事の難しさを知る者として素直に賞賛の言葉を送る。
「やるやんか、委員長、ええ根性しとる。ほな、そのまま離れずついてこいよ!」グイッ
「「なっ、嘘!! まだ速くなるの!!」」
先頭の住之江に引っ張られるようにスピードが上がる平山と多摩川、単独では決して出せない速度とペースを叩き出すことに成功する。後続はこの3人のハイペースにとてもついていくことは出来なかった。
リザルトとしては49分と言うタイムを叩き出した住之江が先頭でゴールする、そこから8分遅れで平山、多摩川と続いた。
結局、住之江のゴールから1時間以内に入れたのは2年、3年合わせてわずか12名、次に用意されていた学力テストを待たずに留学メンバーは決定した。
「ハッハー、やったで鉄君、1等賞やーっ!! どや、若さだけでうちに勝てると思うなよ、ハッハッハー」
住之江のドヤ顔がちょっとうざい。けど膝が笑ってるぞ、25歳。
「それにしても鉄君遅いな、ちゅうか後続が全然来ないやんか? なにしとんねん」
さて先頭グループが真剣にレースに取り組んでいるなか、大きく遅れた鉄郎と言えば……。
「いや〜、足湯気持ちいいね〜、疲れがとれる〜〜っ」
「鉄郎様、温泉饅頭食べます?」
「あ、こら、大村抜け駆けしないの、鉄君、お茶もあるよ〜、つ、疲れたならついでに肩もんであげようか」
「ありがと〜、僕も湿布持って来てるから後で貼ってあげるね」
「きゃーーっ、鉄君ありがとーっ!!」
「「「「…………鉄君、私も筋肉痛が!!」」」」
今は途中の戸倉上山田温泉で足湯に浸かっていた。何やってんだおまえ!!
このゆるゆる集団はレースが進むごとに人数が増えていった、所詮素人だ、いきなり40kmを走れと言われても休憩を挟まなければ到底無理である。
鉄郎としては遅れた者とサイクリング気分で楽しくおしゃべりしながら走っていたのだが、その雰囲気に誘われたのか前を走るグループが次々と合流、あっという間に大きな集団を作る。
途中、川辺で止まって水切り大会が始まった頃には、皆このレースの目的を失っていた、目先の男子と遊ぶ誘惑には勝てなかったのだ。
鉄郎達はコンビニで昼食も買って済ませたため、目的地の上田城跡に着いた頃にはスタートから実に5時間が過ぎていた、時間かかり過ぎである。
結果としては鉄郎に足を引っ張られる形となったが、留学を逃した女生徒達には一様に満足気な笑顔が見られた。
それで良かったのか、悪かったのかは判断が難しい所である。
「危なかったですわ、もし私がレースに出ていたら、鉄郎さんと一緒にサイクリングという誘惑に勝てたかどうか……怖い方ですわ」
とはゴール地点で新聞部のインタビューに答えた藤堂リカの言葉であった。
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