第76話 母親の気持ち

グリーンノアの非常階段の影で、ラクシュミーがコソコソと手元の端末を操作している。


「うえっ、なんで圏外、ジャミング?」


カツーン、カツーン、カツッ


照明の落とされた廊下に響く硬質な足音、闇の中から現れたのは漆黒の黒夢、その青く光る瞳で見つめられラクシュミーは、ヒッと小さな悲鳴をあげた。


「カカカ、無駄ダゾ、インド人。貴様ノ通信機器は黒夢が全て遮断してイル」


「そ、それはどうもご丁寧に」


「ちなみに、胸元のボイスレコーダーのデータも破壊しているゾ」


「うげっ、そこまでやります〜、さっきの音声、報告書に必要なんですけど〜」


「そんな事はドウデモイイ、パパの敵になるナラ、容赦シナイ」


「ちょ、黒ちゃん待った!! わかったから、その危ない輝きを放つ手刀を下ろしなさい! なんかブーンとか言ってるし!!」


「高振動ブレード、試し切リ?」


黒夢が可愛く首をかしげる。


「なっ、そんなので切られたら痛いでしょうが」


「大丈夫、痛いと思うヒマもナイ」


「ヒッ!!」






黒夢の後をとぼとぼ着いて行き、貴子の部屋に通されたラクシュミー、部屋の中にはソファーにふんぞり返って座る貴子と、その隣には児島が静かに立っていた。


「あの〜、私にどう言ったご用件で……」


黒夢の行動からなんとなく察してはいるが、一応聞いておかねばとラクシュミーが尋ねる、人間関係は些細な誤解からすれ違い崩れることもあるのだから。



「ふん、5年、いや6年だな、貴様を鉄郎王国に監禁する」


「な、なにゆえ?」


「決まっとるだろ、鉄郎君の秘密は、まだ世界政府にばれるわけにいかんだろうが」


貴子としてはある程度問題が解決して、自身が成長するまで(正確にはスケベな事が出来る身体になるまで)政府に鉄郎の秘密をバラされるわけにはいかなかった、それまで鉄郎は貴子に対する生贄という悲劇のヒロインの立場でないとならないのだ。


「だ、大丈夫ですよ、監禁なんかしなくても、私これでも口はかたいんですよ〜」


「どの口が言うか、スパイのくせに」


「これでも、世界平和のために働いてるつもりなんですけどね〜」


「まぁまぁ、頼むよラクシュく〜ん、それとも私のお願いは聞けないとでも言うのかな」


うひー、目が全然笑ってない、外見が幼女だから忘れそうになるけど、加藤貴子なんだよねこの人。


「い、いや〜、私も表の仕事がありましてですね」


「な〜に、無償タダとは言わんよ、児島」


貴子に呼ばれた児島が、片手で大きなジュラルミンのケースをドンッとラクシュミーの前に置くと、パチリと蓋を開いた。

現れるのはぎっしりと敷き詰められた札束。


「手付けとして2億、6年間大人しくしてたら、もう5億だそう」


「ハハ〜〜ッ、貴子さまのおおせのままに、6年などと言わず一生ついていきます〜、あ、靴舐めましょうか」


札束を前にラクシュミーは目をハートに輝かし、それは見事な土下座を決めた、流石にこれには貴子もちょっと引いている。


カシャン


後ろに立っていた黒夢がいつのまにか忍び寄り、ラクシュミーの首に謎の黒い輪っかをはめた。


「あ、あの〜、黒ちゃん、この素敵なチョーカーみたいなのは何かな? もしかして爆発なんかしませんよね」


「首輪、ワンと鳴ケ」


「ワン!!」


よしよしとラクシュミーの頭を撫でる黒夢、これでラクシュミーは鉄郎王国(仮)で飼われることになった。


いいのかそれで。












新潟県上越市、直江津港に入港するグリーンノア、港では近くの高田駐屯地から出張ってきた、陸上自衛隊の皆さんがずらりと並んでお出迎えしていた。

深緑の服や車がいっぱいだ。グリーンノアのあまりもの巨体にザワザワと緊張が走っている。


「ハッハッハー、尼崎の奴、自衛隊ごときで警告のつもりか、あの小心者め」


「まあ、総理にも立場ってもんがあるからね、とりあえず警告したって事実が欲しいんでしょ、まあ、あんたへの生贄に勝手に鉄君を差し出したお礼は、母親としてきちんと言っとかないとね」


「トリアエズ、ハエ供にミサイル撃っとくカ」


「やめときなさい弱いものいじめは、可哀想でしょ、彼女達は何も出来やしないし、何も知らされてないわよ」


「ふん、かまわん、このまま港につけろ、黒夢」


なにやら物騒な会話が貴子ちゃんとお母さんから聞こえたが、港を占拠するようにグリーンノアの巨体を静かに接岸させる、黒夢の目がチカチカと青く光ってるので、多分操縦は黒夢がやっているのだろう、見事なものだ。




バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ

バリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!!パィーン、パィーン!


格納庫で轟音が響き渡る、CH-47F(輸送ヘリ)に搭載された2基のT55ターボシャフトエンジンがアイドリングを始め、その横ではバイクにまたがるお母さんが、スロットルレバーを開け閉めしていた。

めっちゃうるさい!!



HRC製の2ストロークV型4気筒の甲高いエンジン音に、満足気に笑みを浮かべる夏子。

黄色のレイバンの奥で目がにやけている、とても普段使い出来るバイクではないレーシングマシンに、もうしわけ程度の保安部品を付け足した夏子の愛車 (NSR500)であるが、鉄郎からの評判はすこぶる悪い。


エンジンのオイルが温まって来たところで、児島が近寄ってきた。


「それにしてもうるさいバイクですね」


「ピーキーすぎて貴女にゃ無理よ」


「そんなものに乗ってるほうが気が知れないですね」




あぶないパロディネタで会話するのやめろよ、どこの金田さんと鉄雄くんだ。


「それじゃあ、先に行ってババアに事情を説明してくるわ、その後は東京に寄ってくるから」


「それなら、僕たちと一緒にヘリで行けばいいじゃない」


「ふふ、ヘリなんかに負けるもんですか、じゃあ、鉄く~ん、また後でね~」


そう言うとお母さんはフロントタイヤを軽く浮かせながらタラップを降りて行く、降りた先でピタリと止まると、港を囲む自衛隊の皆さんを威嚇するようにアクセルを吹かした。


パィーン、パィーン!バリバリバリ


うひゃーうるせえ!!

なんか白衣が特攻服に見えて、警察に囲まれた暴走族みたいだな、印象悪いから早く行きなさい。


白煙を上げながら去って行くお母さんを見送ると、今度は僕達の番だ、ピンク色の大きな輸送ヘリ(CH-47F)が格納庫から甲板の滑走路にリフトアップされる。甲板上に現れた派手なピンク色のCH-47Fに自衛隊員の顔が一斉にしかめられる、まぁ、軍用機にピンクはないわな。


「この前のヘリといい、昨日の戦闘機といい、貴子ちゃんの乗り物はピンク色が多いね」


「えっ、ピンク可愛くない、さりげない女の子アピールだよ」


「……目立っていいんじゃないかな」(ステルス機が目立ってどうする)


「でしょ、では黒夢、留守はまかせたぞ」


「お任せアレ」


黒夢が両手でスカートを摘んで綺麗なお辞儀をする、黒夢とラクシュミーさんをグリーンノアに残して、僕達は長野の家に戻ることにした。



バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ








長野に戻って来た僕達は京香さんの病院のヘリポートで二手に別れる、京香さんと藤堂会長はそのまま病院に残って、僕と李姉ちゃん、貴子ちゃんと児島さんの4人は婆ちゃんの待つ武田家に向かう、密度の濃い時間を過ごしているせいか、なんか久しぶりな感じがするな、昨日の今日なんだけど。



家の門の前にはお母さんのバイクが停まっていた、本当にヘリより早く着いていやがる、あのスピード狂め。










鉄郎達が到着する少し前の武田邸。


「相変わらず五月蝿い子だね、もう少し静かに帰ってこれないのかい、近所迷惑だよ」


「えぇ〜、いい音じゃない。そ・れ・よ・り、住之江先生ぇ、どうして貴女がこの家にいるのかしらぁ〜」


夏子に睨まれて冷や汗が止まらない住之江、ヤクザ顔負けの迫力に逃げ出したくなるが根性で耐える、ここは逃げていい場面ではない。逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、自分に言い聞かせる。


「な、夏子お母様、あ、あのですね……」


「あ”ぁ、あんたにお母様と呼ばれる覚えはないんですけど〜」


パコーン


「痛っ、あにすんのよババア」


「あんた真澄さんになんて態度だい、この人は武田家の、鉄のお嫁さんになる人なんだ、失礼があるようなら私が黙っちゃいないよ」


「そのお嫁さんっての、私さっき聞いたばかりなんですけど〜、誰の許可とって婚約者なんて決めてるのよ!!」


「私の見立てが間違ってるとでも言うのかい」


「ボケちゃったんじゃないの、普通の高校教師に武田の嫁が務まるわけないでしょ、そうでなくても家は色々な所から恨みかってんだから、護身術くらい出来て当たり前、でなきゃ命にかかわるわ!!」


「なんだい、そんな心配してくれてたのかい」


「ち、違うわボケ!!」


「夏子さん……」


武田家は春子が軍にいたこともあり、統一政府設立の際は結構派手に活躍している、その時に逆恨みする者も多い、夏子は夏子で鉄郎を守るためとは言え、ヤクザ関係にも恐れられている人物だ、その経緯もあって自分に降り掛かる火の粉は自分で払える力が必要とされるのが武田家だ、鉄郎ですら武術を習うのはそのためだ。

それでも最近は、その手の敵対組織は貴子の件もあり軒並み潰してはいるのだが、用心に越したことはない。


「ふ、それこそ心配いらないよ、私を始め武術の教師には事欠かないだろう、今度エーヴァも呼ぼうかと思ってるんだ、なんならあんたも鍛えてやりな」


「えっ、春子お婆さま、それって今よりさらに……」


「ああ、まかしときな、真澄さんを家の嫁に恥じない腕前にしてみせるよ」


「ひぃーーーっ」






半分涙目の住之江を見て夏子は考える、この女を物理的に排除するのは簡単だ、しかしそんな事をしたら絶対に鉄君に嫌われる、鉄君は色々と流されやすいが、あれで結構頑固な部分もある、絶交などされたらショックで死ぬ、いやしかし心情的には許すのも業腹だ、心の中で様々な葛藤が渦巻く。


「夏子、今の時代好きあってる男と女が添い遂げられる事の難しさは、あんただって分かってるだろ、その奇跡を母親として素直に祝福してやりな」


「うぅ〜〜〜、わかったわよ。だがしかし!! 息子を奪われた母親として1発でいい、殴らせろ」


「くっ、わ、わかりました、私も女や、その気持ちわからんでもない、その母親のやり場のない怒り甘んじて受けましょう、で、でもちょっとは手加減してくれまへん?」


「よく言ったーーっ! 歯ぁ食いしばれぇーーーーーーーっ!!」


バキーーーーーーーン!!


「ちょ、真澄さ〜〜〜〜ん」


吹っ飛ばされる住之江、慌てて駆け寄る春子。

夏子としては素人相手に充分手加減したつもりだったが、そこはほれ魔王とまで呼ばれる者である、住之江にしてみればたまったもんじゃなかった。


合掌。

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