第40話 もう猫とかパンダの映像24時間流しときゃ戦争って無くなるんじゃね

3月7日水曜日、昼休みの事。

鉄郎と言えば教室に押し掛けた3年生のお姉さん達にひな鳥のごとく餌付けされていた。その小さな身体のどこに入るのか大人並みの量を軽く平らげてしまった、その結果、お姉様方も上機嫌でかいがいしく世話を焼いていた。


「鉄ちゃん、あ〜ん」

「あ、ほら口元にご飯粒ついてるよ、ぱくっ」


「もう、僕自分で食べれるよ〜」


その拗ねる姿すら可愛いらしく、交代制なのに教室の人数が増々増えて行く。自由登校で授業が無いはずの3年生なのに誰一人欠席者がいない事態となっていた。もうやりたい放題である。

いつもなら鉄郎と一緒に昼食をとっている住之江は、たこ焼きをパクつきながらその様子を呆れた表情で見守っていた。


「まるで、愛玩動物やな。まっ、こんな経験出来る確率なんぞ宝くじに当たるより低いからな、浮かれるんもしゃーないか」


「なにを暢気に。住之江先生! いつまであのお局さま達に好き勝手をさせとくんですか!」


クラス委員長の多摩川が住之江に文句を言って来る、かなりおかんむりである。


「せやかて、あと2日もすればあいつらも卒業やん、老い先短い連中なんやから少しはおお目にみたり」


「そんな〜〜〜、私達の鉄君なんですよ〜」


住之江は厳しい社会の現実を知っている、卒業後に男性と触れ合う機会など早々無い、もしかしたら一度もない者もいるだろう、それだけに3年生への対応は少し甘くなっていた。まぁ1-Aのクラスメイト達の不満は、あと2年の学院生活で解消すればいいかと軽く考えているのも原因ではあるが。






いつにない甘やかせぶりに、すっかり子供に戻った状態を満喫していた鉄郎が、トイレから出て廊下をポテポテと歩いていた時だった。


「う〜ん、なんかこの状態のままでもいい気がしてきたんだけど、明日の夜には元に戻るんだよな」


「鉄郎ちゃん、ごめん!!」

「失礼」


「むぐっ、うぅ〜〜っ」


いきなり後ろから抱えられたかと思えば口を押さえられ、そのまま連れ去られた。小さな鉄郎ではなすすべもなく軽々と運ばれ、知らない教室に連れ込まれる。

教室に入ると丁寧にそっと床に降ろされる、もしや誘拐かと一瞬身構えるものの目の前には十数人の女生徒が土下座している異様な光景が広がっていた。


「何事!?」


ポキュと首を傾げる鉄郎だったが、先頭で土下座していた副会長の平山が頭を上げた。


「智加お姉ちゃん?」


「いきなり連れて来ちゃってごめんね、鉄郎ちゃんに折り入ってお願いしたい事があるの!! 全世界の女性を救うと思って、写真を撮らせて欲しいの!」


「はい???」


全世界の女性を救うとは穏やかではないが、平山の主張はこうだ。男性の少ない世の中で女性達は常に男性の存在に飢えている、そこで鉄郎の可愛い姿をネットにアップすることで、この学院だけでなく世の女性達に潤いを与えて欲しいとの事だった。すでに鉄君の部屋なるサイトまで立ち上げており、その真剣さに鉄郎は若干引いていた。

しかし入院していた時には、一緒に写真を撮った看護師さん達に秘密厳守の誓約書まで書いてもらった事を思い出す。


「え〜、でも、そう言うのはお婆ちゃんや尼崎さんに許可もらわないと駄目かも……」


「春子さんの許可でしたら私の方で頂いておきましたので大丈夫ですよ、明日には元の姿に戻りますし匿名で場所ばれしなければOKとの事です、多分世界中に孫自慢したいんじゃないですか」


学院の制服に身を包み、長い黒髪をポニーテイルにした児島鈴が後ろに立っていた。さっき僕を連れ去ったのは児島さんか? 何してんだこの人、制服似合いすぎだろ。


「えっ、児島さん。なんでここに?」


「なんでとおっしゃられれば、今回は私から衣裳を提供させて頂くからですが?」


コスプレなの? なんでも児島さん所有の衣裳を手芸部の部員さんが徹夜でサイズ調整したらしい、何故子供服を何着も持っているのかは聞いてもいいのだろうか?



児島が持って来たトランクの中にはサッカーのユニホーム、学ラン、スーツにサングラスのセットまで数多くの種類の子供服が用意されていた。

その中でも鉄郎の目に止まったのは1着の着物だった、浅葱色に白のたんだら模様。新撰組の衣裳である、先日読んだばかりの忠臣蔵の絵本では浪士の着物は黒地にギザギザ模様だったが、新撰組はこの衣装を真似したという説もある。時代劇好きの春子の影響と記憶に新しいその衣裳に鉄郎が食いついて目を輝かせた、所詮は子供チョロいもんである。(※実際は15歳です)

いそいそと衣裳に袖を通した鉄郎に児島が仕上げとばかりに刀を渡して来る。用意された刀は装飾の少ない質素な作りの同田貫だった。あれ、和泉守兼定じゃないの?


「ジャーン、どう、かっこいい!!」


テンションが上がった鉄郎がカメラの前でニコニコとポーズを付ける。その楽しそうな姿に集まった生徒達からため息が漏れる。

愛くるしい笑顔、無邪気なそぶり、澄んだ瞳、やわらかな髪、なにより短めの袴から伸びる細っそりした足がたまらなく良い。


「お姉さん、君を見てるだけで胸がいっぱいだよ」

「楽園かここは……」

「そうね、だってあんなに可愛い妖精さんがいるんですもの」

「まったく……小学生は最高だぜ!!」




カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ


児島の持つNikonD850のシャッター音が途切れない、写真部の生徒達も最高の被写体を前にその情熱を一気に加速させる。次々と違う衣裳で登場する鉄郎に部屋のボルテージは最高潮に達する、あまりの盛り上がりに監督役でもある平山は少し心配になってきた。


「ちょっと貴女達、落ち着いて。目が逝っちゃってるわよ」


「平山副会長、ペドとは違うの! ショタは慈愛の精神なのよ!!」


「ウソつけ!」



結局騒ぎを聞きつけたリカと住之江が乱入するまで撮影会は行われた、平山の必死な弁解に学院側も一応の納得を見せたが、参加した生徒達には罰として半年間の校内清掃が言い渡された。当然そこに児島の姿はない。逃げやがった。



後日ネット上にアップされたこれらのコスプレ写真は、全世界に鉄オタと呼ばれる女性を無数に量産した。男性の少ないこの世界でそんな写真をばらまくことは、もはやテロに近い威力を持つが男性保護団体の女性からのヘイトスピーチが流れることは無かった。可愛いは世界を一つにする。









カツカツカツ


「まったく、平山さんも副会長の自覚が足りませんわ、一言相談してくだされば反対などせず盛大な学院行事に致しましたのに」


プリプリと廊下を歩くリカ、怒りの内容がちょっとズレて来ている。リカとて今の鉄郎の姿は決して嫌いではないのだ、只、鉄郎ちゃんを前に自分を抑える自信がなかっただけだ、その道(ショタ)に走る訳にはいかない、だが後でデータを譲って貰う事は自分の中では決定事項になっている。そこは決して譲れない。


「それにしても、お母様も鉄郎ちゃんの小さくなった原因を教えては下さらなかったですわ、それどころか『私もあんな可愛い男の子が欲しかったのよね〜、貴女とトレード出来ないかしら〜』などと、そんなの誰だって思いますわ!!」


つかみ所の無い母の言葉に若干の苛つきを覚え、廊下の角を曲がる。



カツーーーン



静まりかえった廊下がまたしても白い霧に覆われている、まるでここだけ時間が止まったような錯覚に陥った。霧の中に浮かぶのはあの時見た光る瞳。

リカは咄嗟にブレザーのポケットの中に手を伸ばした。


「貴女、何者ですの!!」


カツーン


『カカカカカ、コレイジョウハ、ミヲホロボスヨ……』


カツーンと硬質な音を響かせ、霧の中から小さな人影が現れる。ゾワリとリカの白い肌に鳥肌がたつ。


「ケーティー? いや、違う!」



『ヤア、ハジメマシテダネ。フロイライン(お嬢さん)』



リカの目の前に居たのは、真っ黒な少女だった。
















「貴子様。またこちらにいらしたんですか? 本当に高い所がお好きですね」


「おう、児島か、撮影会は終わったのか」



鉄郎の撮影会を終えた児島は、貴子を探しながら屋上にやって来た。


「授業が暇なんだよ、これは誤算だったな。高校の授業がこんなにも退屈とは思わなかった」


「まぁ、貴子様の頭脳ならそうでしょうね」


「と言うか、あのクラスでまともに授業受けてるの鉄郎君ぐらいじゃないか、皆鉄郎君しか見てないぞ」


「家に帰ってから猛勉強してるのよ、あのクラスは。ニシシ」


そこで児島は貴子の向かいに座る人物に目を向けた。


「ふむ、貴子様、なぜ麗華さんと一緒にいらっしゃるんですか?」


屋上の入口、その一段高くなった所にビーチパラソルに椅子とテーブルが用意されていた。まだ3月だと言うのにまるでそこだけビアガーデンのような雰囲気を醸し出していた。実際、テーブルには缶ビールとメンマが置かれている。それにしても白衣の幼女とチャイナドレスの組み合わせとは珍しい、どういう風の吹き回しだろうと児島は首を傾げた。


「私は春さんの命令で学院で待機してるのよ、小ちゃい鉄君だと誘拐が心配なんだって」


「それでこんな所で酒盛りですか」


「学院の中に私が居たら鉄君も気が休まらないでしょ、大丈夫、ちゃんとモニターはチェックしてるし防犯ベルも持たしてるから」


そう言う麗華の前には確かに1台のノートパソコンが置かれ、中央の画面には教室にいる鉄郎が写し出されていた。

よく見れば飲んでいるのはノンアルコールビールか、見た目ほど気は抜いていないようだ。だがその隣の人物は…


「で、優しい私は一人で暇そうにしてたチャイナに付き合ってやっているのだ」


「だからってその身体での飲酒はお控えください」


「ち、違うぞ。これは只の水だぞ、ウォッカじゃないぞ。それにお前だってこの前煙草吸ってたじゃないか、この不良!」


「私は戸籍上68ですから問題ありません。貴子様は10歳の設定でしょうが」


「うぐっ、し、しかしだな何十年も続けて来た習慣というのはだな……」


「この際ですから禁酒なさったらいかがですか、身体にいいですよ」



「ん?」



その時、パソコンのモニターを見ていた麗華が異変に気付く、鉄郎の教室とは違う場所、南校舎の廊下の一角が白い煙で覆われてた。大きく切り替えた画面を3人して覗き込む。



「「「こ、これは!!」」」

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