第41話 名前のない怪物
「た・か・こ・さま〜」
「な、なな、なにかな。児島くん」
「私の目をよ〜く見て下さい」
児島が貴子の頭を強引に自分の方に向かせた、グキッと変な音がしたが今はそれを気にしている場合ではない。なにより児島の目がまったく笑っていないのが怖い。
「ちゃ〜んと電源は落としましたか?」
「やだな〜、私ともあろうものがそんなミスを……うん、寝る前にちゃんと歯磨いたし、電気も消したよ……な」
「本当ですか〜ぁ」
「な、なんだ、私を疑うのか! そこまで言うなら私が犯人と言う証拠を見せてみろ! 証拠を!!」
「あ〜それ、犯人確定フラグ。 何、これって貴子の仕業なの? 説明しなさいよ」
麗華が、煙で真っ白な廊下を映し出している画面を指差してジト目で尋ねてくる。
「い、いや、決して私だけの所為ではないぞ、ほら、科学の進歩に犠牲はつきものと言うか……」
しどろもどろに言葉を濁す貴子に、麗華と児島の冷たい視線が突き刺さる。そうこうしてると画面にはリカと黒衣の少女が映し出された。
それを見た途端、さらに盛大に目を泳がせる貴子に児島が言葉を重ねる。
「もしかして生徒会長の件、アレに丸投げしたんじゃないでしょうね?」
「だ、だって、ほら、あれだ。 鉄郎君に見せる前にいいテストになるかな〜って思ってだな」
「何、あれ? メカ貴子?」
ぱっと見には人間にしか見えない少女なのだが、麗華の目には人の動きに見えなかったらしく、興味深そうに画面を覗きこんでいる。その後ろ姿はどことなくワクワクと嬉しそうにも見えた。
「ねえ、あれって強いの?」
麗華が画面を食い入るように見たまま、呟くように尋ねてくる。
「まだ調整中ですが、結構いい動きしますよ。戦闘力だけなら貴子様より上ですね」
「……ふ〜〜ん」
「ふぅ、仕方がないですね、私が止めてきます。ん、麗華さんは?」
「今さっき、すっげえ勢いで走ってたぞ」
「え〜〜止めて下さいよ、もう。役に立たない人ですねぇ」
タッタタ
加藤貴子は天才科学者だ。たった一人で人類を滅亡させかけ、その影響でこの世界から男性の数が激減した。その科学力は凡人には到底理解不能の域にあり、今更何が出てきても驚くには値しない。ロボットの一つや二つ作れても決して不思議じゃない。
貴子は大っ嫌いだし、苦手この上ないのだが、困ったことに奴は天才なのである。本当に厄介だ。ふふふ。
麗華は笑みを浮かべながら全力で廊下を駆けて行った。
リカの前に現れた黒い少女、背丈はケーティーと同じ位か少し小さい、ワンピースにニーソックス、手袋まで黒で統一された出で立ちはなんとも不気味な印象を与えてくる、幼いが整った顔立ち、長い黒髪の奥からキョロっとガラス玉のような瞳で見つめられる。口元は三日月型に開かれ口の中の赤が白い肌に際立つ。
「何なのこの娘……超怖いですわ!!」
『パパヲイジメルヤツハユルサナイゾ……カカカカ』
「パパ? 一体なにをおっしゃてるのかわかりませんわ」
『ミンナパパガダイスキ……デモ、オマエチガカッタ…パパノヒミツシロウトシタ』
パパ? もしかして鉄郎君の事。でも歳が合ってませんわ、いくら鉄郎君でも5歳で子供はできませんわよね、それにこの娘どことなく人形のような……。
「貴女、もしかして鉄郎君が小さくなった理由を知ってますの!」
『カカカカ、ヒミツ』カツーン
黒衣の少女が手の平を手刀の形にして一歩近づく、それに気圧されたリカもジリッと後退して距離を取った。プレッシャーにこらえ切れずポケットから引き抜いた手にはピンク色のスタンガンが握られていた、この時の為に用意していたリカの切り札だ。
スイッチを押し込むとバチッと紫電が走った。
「くっ、これ以上近づくと危ないですわよ。これはオモチャじゃないですわ!」
リカの額にジワリと汗が滲む、想定していた敵と人物像と違いすぎる、護身用とは言え大人ですら気絶する威力があるのだ、とてもこんな少女に使っていい代物とは思えない。手を前に出して威嚇するようにバチバチと火花を散らし、もう一歩後ろに下がろうとしたが。
『カカカ、ソンナノ、オモチャダロ』
一瞬で間をつめた少女がリカの持つスタンガンを無造作に握り締めた。
「なっ!!! 馬鹿ーーっ!! 危ないですわ!!」
その行動に吃驚して叫ぶが、リカの想像した惨事が起きる事は無かった。それどころかメキャっと音を立ててスタンガンの先が握り潰されたのだ。
「にゃーーーーーーーーーーーーっ!!! な、なんですの!!」
『カカカ、ゼツエンクライシテルゾ…ムダムダムダムダムダムダ』
ひーーーーっ! ちょ、ちょっとどうなってますの? 10万ボルトですわよ、ボケモンだって倒せるのになんで平気なんですの!!
あまりに驚いたリカはその場でヘナヘナと尻餅を付いてしまう、へたり込んだリカを見下ろすように少女の瞳が猫のように淡く光る。ゆっくりと伸ばされた手に頭を掴まれそうになった時だった。
「頭をさげてっ!!!」
ドガッ!!
後ろから聞こえた声に反射的に頭を下げたリカ、頭上を通り過ぎるスラッと伸びた長い脚。巻き起こった風でリカのブロンドが乱れた。目の前にいた黒衣の少女がガリガリと床を削りながら廊下の端まで吹っ飛ばされる。
「藤堂さん、大丈夫?」
座り込んだまま後ろに首をひねれば、真っ青なチャイナドレスに身を包んだ鉄郎の護衛役、李麗華が立っていた。
「なっ、麗華さんがなぜここに?」
『カカカカカカ、イキナリゴアイサツダナ、リーレイカ』
蹴り飛ばされた少女がまるで何も無かったように起き上がり二人を見つめる。バネ仕掛けを思わせるその起き上がり方にリカがヒッと小さく悲鳴を漏らした。
「れ、麗華さん、あの娘は何者ですの!」
「えっ、あ、あいつは、え〜と、そう、鉄君を狙う黒の組織よ!!」(今思いつきました)
「なんですって!! 鉄郎君を狙ってるんですの! 絶対に許せませんわ!!」
「ついでに今回、鉄君が小さくなってしまったのもやつら組織の仕業よ!」(でっちあげです)
「なんですって!!……でも鉄郎君の事をパパと言ってましたわ」
「そ、組織は鉄君をピーーして、無理やりパパにしようとしてるのよ!」(調子に乗りました)
「ピーー、な、なんて恐ろしい事を……」
リカが顔を真っ赤にして慌てる、ピーーとは一体?
「これ以上は聞かないで、裏の世界に深入りは禁物よ。お姉さんとの約束、わかった!」
麗華がリカの肩を掴み、いつにない真剣な表情で言い含めてくる。その迫力に押されてリカはブンブンと首を縦に振った。只単にこれ以上設定が浮かんでこなかったので誤摩化しただけとも言う。
「待たせたわね、さあ、お手合わせ願おうかメカ貴子!」(いや、貴子って言っちゃてますが)
『カカカ、ワタシハ、ママヨリ、ツヨイヨッ』
ダンッ!!
まるでゴキブリのような加速で迫る黒衣の少女、次の瞬間には麗華は廊下の壁に叩き付けられていた、ぶつかった壁面にミシリとひびが入る。強烈な前蹴り、どんな素材で出来ているのか酷く硬くて、ブロックした腕がじんじんと痺れる。自分から飛んだこともありそれほどダメージは無かったが麗華は痺れた腕をブンと1回振ると、腰を低く落として構えをとった。
「そう! こういう戦いがしたかったのよ、私は……ふふ」
麗華がニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。その笑顔を見てしまったリカの足がすくむ、生まれて初めて見た生の格闘戦に頭が着いてこない。キョロキョロと両者を見比べる事しか出来なかった。
『カカカ、データヨリ、ジョウブダナ、ナラバ』
再度デタラメなスピードで突っ込んで来る少女。迫り来る手刀を回転しながらいなそうとする麗華。
「くっ、速い。化勁(攻撃を受け流す)が追いつかないか」
人間を超える速度に流石の麗華も無傷とはいかない、手刀が触れた右手に鋭い痛みが走る。だが近接格闘戦で麗華の右に出る者はいない、そのまま強引に身体を回転させれば次は麗華のターンである、クルリと1回転すると同時に八極拳独特の強烈な震脚、水平に伸ばされた左肘が少女の背中を捉えた。
「私の八極拳を舐めるなー!!」
ベコンッ!!
左肘が当たった少女の背中から鈍い音が響き、ゴロゴロと転がって行き壁に激突する。ギシリと濁った音を立てて沈黙する少女、それを見たリカが口を抑えて小さく悲鳴を上げる。麗華は右腕をダラリと下げたまま少女に近づいて行くが、その前を遮るように立つ人物がいた。
「そこまでにしといて頂けますか、麗華さん」
「あら、次は貴女が相手をしてくれるのかしら?」
目の前に立つ児島が麗華の垂れ下がった右腕を見て、ため息をつく。
「その腕で? それに麗華さんをいじめたら鉄ちゃんに嫌われるから嫌ですね」
ビキッ「ほ〜う、この私をいじめられると」
睨み合う麗華と児島であったが、この騒ぎに気付いたのかガヤガヤとこちらに向かってくる人の気配がする。水を差された格好になり、二人の間にあった尖った空気が霧散する、児島がヒョイと黒衣の少女の襟首を掴んで持ち上げると、動きを止めていた少女がジタバタと手足を動かした。
「では、これで失礼しますね」
コロリと足下に転がってきた銀色の玉からプシューーッと白い煙が出て来て廊下を埋め尽くす。
「くっ、あんたは忍者か!!」
煙はすぐに治まったのだが、その時には児島と黒衣の少女はどこにもいない、残された麗華とリカが顔を見合わせる。
「大丈夫、会長さん。 怪我はない?」
「は、はい。麗華さん、今の生徒ももしかして黒の組織の?」
「え、ああ〜、そうね、きっとそう」
「この学院の制服で潜入してるなんて、なんて恐ろしい」
(あ〜そうか、児島さん制服着たままだっけ、まぁ、これだけ怖い目みれば会長さんもおとなしくしてくれるかな)
「麗華さん!! 私決めましたわ、一緒に鉄郎君を狙う組織と闘いますわ!!」
「え、ちょっと会長さん」
「心配ご無用ですわ、麗華さん一人に戦わせる訳にはいきません、この学院の生徒会長として共に鉄郎君をお守りしますわ!!」
リカの青い瞳にメラメラと決意の炎が灯る、こうなってしまうとこの娘はもう誰にも止められない。拳を握りしめ気合いを入れるリカを見て麗華は思った。
「どこで、間違った?」
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