第39話 勝負下着は赤

ザザァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!キュム


ダァン!!


拳を壁に叩き付ける、視界が水蒸気で白く染まり放課後の出来事が鮮明に脳裏に浮かんで来る。あんなに熱かったはずのシャワーの水滴が急激に冷く感じた、もう一度レバーを全開にして熱めのお湯を頭から被るように浴びると、白い肌が再度暖められてピンク色に上気する。


「なさけない!! なにも出来なかった。こんなことで敗北を認めるなんて、私の主義に反しますわ!」


いつもより遅い時間に学院から帰宅した藤堂リカは、帰るなり真っ先にシャワールームに向かった。恐怖で凝り固まった筋肉と心を溶かすべく、かなり熱めのシャワーを選択する、リカは鉄郎が絡まなければかなり勘の鋭い娘である、自身が放課後に対峙した存在の大きさを直感で悟っていた。いつのまにか校内に発生していた白い霧、電波干渉、なぜか知っていた自分のアドレス、悪戯というレベルじゃない本気の警告、相手の技術や本気度が感じられた。


「コッチヘクルナ、……これ以上なにかを探るなと言う意味ですわね。あのタイミングと言う事は、あの光る目はケーティー?」


濡れたままのブロンドをブンブンと左右に振って考えを否定する。


「いや、いくら頭が良いといっても10歳の幼女にあんな芸当が出来るとは思えませんわ、それにあの霧の中にいたのは人間とは思えなかった、もっとこう、化物じみた……」




シャワールームを出てバスタオル1枚の姿で自分の部屋に戻ったリカは、真っ先に机の一番下の引き出しを開けるが、中身を確認しただけでそのまま引き出しを戻した。


「一応、明日からは持っていった方がいいですわね」


一言呟くと纏っていたバスタオルをパサリと床に落とした、小柄で人形のような容姿をしている彼女だが白人系の血が入ったリカの脚は長く、中々のプロポーションを誇る美少女である、鉄郎が入学してからは随分とイメージを変えたが元々の素材は良いのだ。誰も見ていないのをいいことに堂々と全裸のまま考え込む。


「ふむ、少し攻撃的に行きたい気分ですわね、ならばこの辺りにしますか」


机の横のチェストから選んだのは真紅の下着、かなり際どいデザインだったが透き通る白い肌と綺麗なブロンドには非常に良く似合っていた。鏡の前に立つリカの青い瞳にメラメラと闘志が宿る、舐められたままでは終わらせない。


「絶対、正体を突き止めてギャフンと言わせてみせますわ!!」





屋敷の外、夜空に一機のドローンが浮かぶ、内蔵されたカメラのレンズが小さなモーター音を立てた。


チーーーーッ、チキチキッ、チーーー


『カカカカカ、チュウコクハシタノデスガネ……カカカカカ』









その頃、武田邸はと言うと。


退院してからというもの貴子ちゃんが家に毎日顔を出すようになっていた、逆にお母さんは仕事のために黒いスーツの人々によって強引に東京に連れ戻されて行った、これでしばらくは平和に暮らせる。ここ数日の婆ちゃんはとても機嫌がいいので貴子ちゃんも気兼ねなく家に居座っている、むしろ「あんたにしちゃあ、いい仕事したねぇ、また頼むよ」と褒められていたぐらいだ。僕が子供に戻ったのがよほど嬉しかったのだろう、お小遣いまで貰ってしまった。今度プレゼントに鰹のタタキでも買ってご馳走してあげよう。





居間で婆ちゃんが買ってきてくれた絵本を読んでいると、貴子ちゃんが横から身を寄せて覗いてきた、距離が近かったので貴子ちゃんの白衣から消毒液みたいな薬品の匂いがした。しかし今の僕と貴子ちゃんが並んでると仲のいい小学生みたいだな。


「どうしたの貴子ちゃん?」


「ん、何読んでるのかなって思って。って赤穂浪士!! こんなの絵本出てるのか!」


「婆ちゃんが買ってくれたんだ、キラが凄くかっこいいんだよ、こう浪士達をズバーッと!」


「フリーダムだな、どんなストーリーだよ」


しばらく一緒に絵本を読んでいたが、貴子ちゃんに聞いてみたいことがあったのを思い出した。


「貴子ちゃん、そう言えば、僕って大人に戻るのっていつ頃になるの?」


「ん、ちょっと待って、え〜っと今日が月曜日だから、う〜んと細胞の増殖速度があれでしょ、うん、木曜日8日の22時18分かな」


「おりょ、細かいね。そんなに正確にわかるの?」


「色々計算すれば簡単だよ、計算式教えようか?」


「難しそうだからいいや。でも大きくなる時って風船が膨らむみたいに大きくなるの?」


「いや、それだと密度的にスカスカになっちゃう、怪我を直すのに使っちゃったエネルギーが溜まれば一気に細胞が増殖を始めるんだよ」


「ふ〜ん、そう言うもんなんだ」


理屈は良くわからんが、戻るならいいか。その時、貴子ちゃんの目がキラーンと光った。まるで獲物を見つけた時の猫のようだ。


「鉄郎君、私にとても良いアイデアがあるよ! 身体が戻ったら私の研究所にご招待してあげる、鉄郎君に是非見せたい物が有るんだ!!」


貴子ちゃん、ハァハァ息荒くするのやめて、ちょっと怖い。


「見せたいものって?」


「ふふふ、それは見てのお楽しみだよ! きっと驚くよ〜、惚れ直すよ〜」


はて、貴子ちゃんが見せたいものか、驚くものね〜、貴子ちゃんにはいつも驚かされているから想像がつかない、なんだろう爆弾かな? でも卒業式が終わって、春休みになるから貴子ちゃんの研究所に行ってみるのも面白そうだ、お母さんや婆ちゃんは行ったことあるんだよな、近いんだっけ?


「うん、それじゃあ春休みになったら連れてってよ」


「ヤッターーーッ!! これで春休みは毎日が楽しいよ!」


ウォウオ、ウォウオ、ウォウオ、、イエイ、イエイ!と僕の周りを踊り出した、大はしゃぎだな貴子ちゃん。


ふぁ〜、ちょっと眠くなってきた、この身体はすぐ眠くなるのが欠点だな、今日はもう寝るか。絵本を閉じて立ち上がろうとするがよろけてしまう、ずっと正座して読んでたので足が痺れたらしい、大人の身体だとこれくらいの時間なら平気なんだけどな。


「そう言う時はおでこにつば付けると治るよ」


「科学者のくせに、お婆ちゃんの知恵袋みたいな治し方だね」


「ガ〜〜ン、お、おばあちゃん……」


隣でカメラを回していた児島さんが、頭を抱える貴子ちゃんを見て「実年齢がバレますね」と小さく呟いたのが耳に届いた。あ、そうかお婆ちゃんなんだっけと今更ながら思った。言われたとおり、とりあえずつばを付けてみるが本当に治るのかコレ。眉唾ものだな。

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