第38話 見つめる瞳

「鉄郎さん!」


体育館から教室に向かう途中でリカが鉄郎を呼び止める。混乱を避けるためステージ裏の通路を使用しているので邪魔者はいない。


「あ、藤堂かいちょ〜!」


振り返った鉄郎はまるで向日葵の様な元気な笑顔を見せた。ニコパー


「か、可愛いですわ!!」



「このたびは、かいちょうさんのママさんにもご迷惑をおかけしました、いっぱい良くしてもらって助かりました」


ペコリとおじきをする愛らしい鉄郎の姿に言葉が出てこず、固まってしまう。一方の鉄郎の方はと言えば、実はリカの母親である京香に、怪我で入院した事までは娘にばれてると告げられていたので、おそらくその件かなと当たりをつけた、その上で「僕、子供だからわかんな〜い」で押し切る覚悟だ。そうは言っても結構素で子供返りしてはいるのだが。


「どうしたんですか〜?」


固まってしまったリカを下から覗くようにキョトンと見上げれば、つぶらな瞳がリカの心臓をズキューンと打ち抜く。


「か、可愛いですわ!! はっ、ち、違いますわ私はショタでは……で、でもこれは破壊力が有り過ぎですわ」


鉄郎会心の一撃にリカの心に動揺が走る、麗華のアドバイスもあり半分は狙ってやってる所が、色々周りに毒されてきている気がする。


「き、聞けませんわ、こんないたいけな少年に、何でそんな小ちゃくなって、怪我がすぐに治ったかなんて問いつめるような事を……」


別に本当に子供になったわけではないので、本来はここで押し切るべきなのだが先程から動悸が激しい、このままでは少年愛(ショタ)に目覚めてしまいそうだ、本来の愛する15歳バーションの鉄郎に操を立てるべくリカはこの場からの撤退を選択する、ようするにヘタれた。


「て、鉄郎ちゃ、さんもこんなに早く退院出来て良かったですわ、おめでとうございます」


「うん、ありがとー! リカお姉ちゃん!!」ニコパー


「はぅ!!」


膝から崩れ落ちるリカ、冷たい床に手をつきながらガクガクと震え出す。


「だ、駄目、駄目よ、私には鉄君(大人版)が、でも可愛いですわ、現実と夢の区別が、い、いやーーーーーっ!!」


ガバッ、バタバタバタバターーーーーッ


床に伏したかたと思えば、突然ガバリと起き上がって走り去るリカをポカンと見つめる鉄郎。最後のお姉ちゃん呼びは麗華の「いい鉄君、取り敢えず学校行ったら全員にお姉ちゃんって呼んであげて、一人くらいショックで死んじゃうかもよ、ニシシ」と言うアドバイスを忠実に行ってみた結果である。今の所死人は出ていないが、考えてみるとこれ自分で自分の首を締めている可能性もあるのである。



「怪我のことを問いつめられると思っていたけど、もしかして違かったのかな?」








1-Aの教室はなぜか3年生のお姉さん方が押し寄せていた、クラス委員の多摩川が注意するもまるで効果がない。3年生は週末の卒業を控え、すでに自由登校だったので授業もない、その上進路も決まっているので怖いもの知らずだ。


「鉄ちゃん、チョコ食べる? あ〜んして」

「本当に可愛いわ、お持ち帰りできないかしら」

「ふぁ〜、髪の毛柔らかい〜」

「ねぇ、鉄君ほっぺた触っていい、三国にはさわらせてたよね」


子供になった鉄郎に対して、お姉様達にいつもの遠慮がちな態度は無かった。まるで子猫のような扱いでなでくりまわされる、恥じらいもなく身体を押し付けられ鉄郎は「あぅ、あぅ」と顔を真っ赤にしてされるがままである。やはり朝の三国が前例を作ったのが良くなかった、おのれ三国。


そこにガラッとドアを開けて入ってきたのは住之江だったが、異様に人口密度の高い教室になんやこれ?と思っていると人垣の中から鉄郎が飛び出してくる。


「真澄せんせぇ〜〜〜」


涙目の鉄郎がひしっと住之江に助けを求めて抱きついてきた、完璧に子供である。住之江の後ろへばりつき涙目になって3年生を見つめる、やはり猫は可愛がりすぎると警戒するものなのだろう。


「おー、鉄君よしよし、あいつら怖かったね〜。コラッ!! 関係ないもんはとっとと教室から出てけや、アホンダラ!!」


「先生!! あなたに私達の気持ちがわかりますか!! 今週末には卒業なんですよ、それまでに高校生活最後の思い出を求めても罰は当たらないと思います!!」


いつもなら引き下がる生徒達なのだが、今回は勢いが違った、必死の思いが伝わって来て珍しく住之江が押され気味となる。


「いや、高校の思い出なんぞもっとこう、他に色々あるやろ」


「これ(鉄郎ちゃん)以上の思い出づくりなんて……人は思い出だけでも生きて行ける生き物なんです」


「あんま寂しいこと言うなや、前向いて行こ、新しい出会いちゅーのも社会には有ると思うで」


「「「「本当ですか!!」」」」


「え、いや、まぁ、有るとええなぁとしか……」


厳しい社会の現実を知ってるだけに押し切られた住之江がしぶしぶ認めたため、この日3年のお姉さん達は教室の前と後ろで一緒に授業を見守ることになった。まるで参観日のようで、1-Aのクラスは落ち着かない1日を送ることとなった。

コラソコ、勝手に餌をあたえない!








鉄郎の前では正気を保てないリカは、昼休みの生徒会室で平山副会長からの報告書に目を通していた。おそらく午前中の授業を潰して書いてきた物だろう、平山は提出するなり鉄郎の元にダッシュで走っていった。おそらく嫌いな物から先に食べてしまうタイプの人間なのだろう。


「どういう事ですの、なにもかもデタラメですわ」


報告書に書かれた現住所、学歴、出身地どれもこれもうさん臭い、現住所なんて皆神山の山頂である、まるでこの学院に潜入するためだけに取って付けたような書類。でもこんな事を個人で出来るものではない、何か裏で力が働いている気配がプンプンであった。


「怪しすぎますわ、ケーティー貴子。 貴女一体何者なんですの……」








「あ〜ぁ、鉄郎君早く戻んないかなぁ」


屋上で良く晴れた空を見上げながら美少女が呟く、輝くような長い白髪を揺らしながらベンチに足を投げ出して座る。脇には蓋の開いた瓶詰めとシルバーのスキットルが置かれていた。


「うむ、このねっとりとした塩気がたまらん。グビッ、くはぁ〜美味い、やっぱりキャビアにはウォッカだな」


「貴子様」


「げっ、児島! な、なんだ鉄郎君(子供版)を追っかけてたんじゃないのか」


「ご心配なく、ドローンをYAMATOに飛ばさせてます。それより、冷蔵庫のキャビアが無くなってると思えば、貴子様がくすねたんですね」


「キャビアじゃないよチョールナヤ・イクラ〜だよ」(ちなみにロシアでは魚卵全体をイクラと呼ぶ)


「そんな詭弁が通用するとでも、それカスピ海産の高いやつなんですよ。小学生がウォッカ飲みながら食べる代物じゃありません」


「ギャンギャン吠えるな、はしたない。 で、なんかあったのか?」


「と言うか貴子様はこんな所にいてよろしいのですか?」


「ん、んん〜。今の鉄郎君を見ているとなんかこう色々と考えてしまってな。ホラ、小ちゃくなっちゃったのって私のミスだし、ちょっと反省してるっていうか……」


吃驚した顔の児島が、貴子の額にそっと手を当てる。


「熱なんかないわ!!」


「いや、貴子様が反省なんて言葉を知ってらしたのに驚いてしまって」


「おまえなぁ〜、私だって反省することぐらい……ん、あったっけ。ええい、そんな事より何の用だ!」


逆ギレをする貴子に児島がポンと手を叩き、思い出したように告げた。


「生徒会長が貴子様のことを探っておられます」


「???」


「カレー対決をした娘ですよ」


「お、おお〜、あの悪役令嬢か、クソ不味いカレー作ってた残念娘な(お前もな)」


「いかが致しますか、学生とは言え中々勘のよろしい方です、貴子様の正体に気付かれる可能性もあります。ご命令とあれば私が……」


「いいよ、私が動こう。小ちゃい鉄郎君は児島とあのデカ乳教師に任せてとけばいいだろう」


貴子の返答に児島が眉間に皺をよせる、「こいつに任せて大丈夫かな」って顔である。この場合リカにとって不幸だったのは、貴子があまり子供版鉄郎に興味を示さなかったために暇を持て余してた事である、住之江や麗華も同様だった、彼女達にしてみれば折角成長したキャラクターがリセットされた気分になるのだろう、反対に春子や児島にはすこぶる大好評なのだが。










放課後になってもリカは貴子の事を調べていた、この1週間溜まっていた仕事を片付け図書館に来た頃にはすでに6時を回っていた。窓の外は昼間の晴天が嘘のように雨雲が立ち込め、遠くではこの時期にしては珍しい雷が鳴っている。


「あら、天気が崩れてきましたわね、今日はここまでにしときましょうか」


迎えを呼ぼうとスマホを胸のポケットから取り出し、電源を入れる。


「えっ、圏外。雷の影響かしら?」


場所を移せばと部屋を出れば驚きの表情を作る、薄暗い廊下には白い霧のようなものに覆われ視界が悪い。一瞬火事かとも思うが、ひんやりと寒気すらするし煙くない、火災の可能性を否定する。



カツーン、カツーン、カツーン、カツーン



霧の中から硬質な音が響く、徐徐に近づいて来る音にリカは良い知れぬ恐怖を感じた。


「な、何。 誰かいますの?」


カツーン、カツーン、カツーン、カツーン、カツッ


リカの見つめる先で音が鳴り止む、ホワイトアウトの状態の中で爛々と輝く二つの光、驚いたリカが一歩後ろに下がった時に、手にしていたスマホの着信音が廊下に響く。知らないアドレス、液晶に表示された文字を横目にみると。



『コッチヘクルナ』




ゾォーーーーーーーッ、リカの背筋に寒気が走る、力が抜けてその場にペタンと座り込んでしまう。その時二つの光がニヤリと笑ったような気がした。


カツーン、カツーン、カツーン、カツーン


再び遠ざかって行く音に、座り込んだままのリカは只只、呆然とする事しか出来なかった。気が付けば立ち込めていた霧は晴れて、いつもの風景を取り戻していた。


「妖怪?……いや、違う。私に対しての警告。コッチヘクルナ、どう言う意味ですの……」

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