第37話 ショタの巣窟

「わっちゃ〜、やっぱ遅かったか。理事長のボケカス! せやからもう来てまう言うたやん。春さんは朝早いんやから」


朝っぱらからうるさい理事長に呼び出されて説教&説明にぐったりした住之江。彼女が玄関に到着した時には、すでに現場は騒然としていた、女生徒が倒れ鉄郎がそれにすがっている、貴子は仁王立ちで不機嫌だし、生徒会長は大声で叫んでいる。うん、これどうやって治めようか。とりあえず手近にいた貴子に声をかけた。


「おい、コラちびっこ、これどないなってんねん」


「ん、おおデカ乳教師。ちょうど変質者から鉄郎君を守ったところだ!」


貴子の正体を知った住之江であったが色々考えた末、別に敬意を払うような人物ではないと言う結論に達した、貴子が成した発明の数々は、実際の所人類存亡から人々を救ってきた凄いものなのだが、現物の印象がちょっとあれだったために結局ちびっこ呼びに戻されたのだ。


「ん、あっちで倒れてるんは三国か? あ〜確かにちょっとあぶないよな、あいつ。大体の状況は理解したわ」


教師としては酷い言い様だが、最終的には鉄君が可愛いからしゃーないかと諦めた。




ピンポンパンポ〜ン


スピーカーから高らかに鉄琴の音が響いた。



「これより緊急全校集会を行います、生徒は速やかに体育館に集合するように、尚5分以内に集まるように。遅れた者の入場は許可しません、後からの文句は受付けませんので後悔しないように。以上」



「「「「はぁーーーーーーっ???」」」」






体育館のステージ上に九星学院理事長が姿を表す、御年52歳のちょっとウエスト周りがふくよかな中年のおばちゃんである。その理事長に手を繋がれて、白いYシャツに紺のブレザー、半ズボンの小学生の男の子が少し緊張した面持ちで後に付いて来ている。ちなみに蝶ネクタイはしていない。

理事長がざわつく生徒達を制するように軽く右手を上げると、館内に静寂が訪れる。満足げにそれを眺めて壇上のマイクのスイッチを入れた。


「え〜、おはようございます。本日は皆さんに重大な発表があり集まってもらいました。コホン。え〜先日武田鉄郎ちゃんが突発性幼児退行症候群と言う大変珍しい病にかかり、長期療養を予定しておりましたが周囲に感染する病気ではない事が判明したので、今日からまた元気に登校することになりました。尚この病気は数日で完治すると思われその後はまた元の姿に戻るとの事です。はい、拍手ーっ!」


パチパチパチパチパチパチパチパチパチ


「えっ、どう言うこと?」と大半の生徒が首を傾げるが、なんとなく深く聞いてはいけないような気がしたし、可愛いし戻るならいいかと深く突っ込むのをやめ拍手した。そんなんでいいのかお前達。



「いや〜あの設定はちょっと無理やったかな」


壁際に立っていた住之江が呟くが、理事長の話しなんかより皆鉄郎に注目していたのでなんとかごまかせたようだ。チョロいな。


「あの子って鉄君なの?」

「何、男の子ってそんな病気にかかるの?」

「いや初めて聞いた、帰ったら婆ちゃんに聞いてみよ」

「めっちゃ可愛いからこの際なんでもいいわ」

「えっ、戻っちゃうのあんなに可愛いのに〜っ」

「くそ〜っ、さっき三国先輩の奴、鉄君抱っこしてた」

「「「羨ま、許せん!!」」」


貴子に蹴りを食らった三国はと言えば、ガムテープでぐるぐる巻きにされ椅子に固定されていた。貴子が脚を広げて固定したためにM字開脚状態でライトグリーンのパンツが丸見えになっており、壇上の鉄郎は目のやり場に困ることになる。そんな状態にもかかわらず未だに興奮が冷めないのかニヤニヤと笑っている、卒業後にあの先輩ど変態だったんだなと思われる可能性は高い。



「じゃあ、鉄郎ちゃん。皆にご挨拶できるかな〜」


「理事長せんせぇ、僕こう見えても高校生なんだけど、ちゃん付けはやめてよ」


ちょっと拗ねた表情も理事長にはご褒美となっているニコニコと手をつないで登場を促す。理事長に対するブーイングと歓声が入り混じる中、一段高くなっている中央の壇によいしょと登れば全校生徒の視線が集中する。半ズボンから伸びる生足がキラキラと眩しい。


「みなさん、おはようございま〜す!」


「「「「「きゃーーーーーーーっ!! おはようございま〜〜〜す!!!!!!」」」」


ちょこんと膝の上で指先を揃え、ぺこりとお辞儀した鉄郎に体育館に集まった生徒達がズキュ〜ンと衝撃を受ける。

この時代、成人男性は碌なのがいないのは常識になりつつある、ちゃんとした職に付いているのは極少数だ、そのせいで幼い男の子に夢をみて愛する女性は意外と多い。しかも鉄郎の場合、大人バージョンも知っているので将来は有望だ。人気があるのもいたしかたあるまい。


なにか異様な盛り上がりを見せる会場に鉄郎がちょっと涙目だ。だがその表情が危ないお姉さん達をさらに刺激して行くのだ。

肉体年齢に精神年齢が引っ張られることがある、今までとは違う低い目線、1段高くなった幼い声が自分が子供であると錯覚させる、今の鉄郎には興奮している女生徒達はちょっと荷が重く若干の恐怖を覚えた。

その時、観衆の最前列に見知った人物がカメラを回してるのが目に付いた、空いた方の手で拳を握り「がんばって」とゼスチャーで伝えてくる、仕方ないので軽く手を振りかえすと慈愛に満ちた表情でニコリと微笑まれた。何してんだろうあの人? おかげで軽く緊張が解けた鉄郎が再び話し出す。


「う〜。このたびはみなさんにご心配をおかけして、ごめんなさい。この姿は2・3日でもとに戻るらしいので、これからも仲良くしてください。よろしくおねがいします」


ウワァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!


「わかったー、仲良くするよー」

「鉄君、戻っちゃイヤーーーーーーッ!! いつまでもそのままの君でいて!!」

「困った事が有ったら、お姉さんになんでも言ってねー」

「うひー、尊いよ鉄君!!」

「うん、一粒で二度美味しいよね。もう人類を超越してるわ」



「さっすが鉄君、えっらい人気やなぁ。せやけどあの姿もあと2日位で見納めやな」


壇上でわたわたとしている鉄郎を感慨深く眺める住之江。しかしあまりにも小学生が様になっているので「本当に戻るんだろうな」と少し心配になってきた。


「ふん、ライバルは多い、これ以上増えても厄介だな、殺るか」


「おわっ、ちびっこ! いきなり後ろに立つなや、めっちゃびっくりしたわ」


「ちょっと、お仕置きする変質者がいたんでな」


「せや、それはそうと、あの最前列でビデオカメラ回してんの児島さんやないの? なんで学院の制服着とるん、違和感無さ過ぎやわ」


「言うな、あいつ有給取って、鉄郎君(子供版)の追っかけしてるんだ。年寄りにはあの姿がとても可愛いらしい。孫馬鹿かよ」


「ほ〜ん、そう言えば春さんもめっちゃぎょーさん可愛がっとたな」


腕を組んだ際に住之江の胸がぷにょんと形を変えた。貴子がその仕草を恨めしそうに見つめる。


「だが、私としては15歳バージョンの方が断然好きだ。小学生だとキャラ被ってるしな」


「そやのん?」


「ああ、老人共には儚い夢を見させておけばいい。私は今を大切にする女だぞ」


「はは、その姿で言われても、あんま説得力ないけどな」







体育館が喧噪に包まれる中、ステージ脇で生徒会長の藤堂リカだけは難しい顔で壇上の鉄郎をじっと見つめていた。


「突発性幼児退行症候群? そんな病気聞いたこともないですわ、一体鉄君に何がありましたの? これは調べる必要がありますわ」


リカは鉄郎が怪我で入院したことを知っている、詳細はわからないがそれでも1ヶ月は完治にかかると聞かされていたのだ、それだけに今回、鉄郎が幼児化し1週間で退院したことに、裏でなにかとんでもない事が起こっていてるのではと推測した。実際、貴子が絡んでる以上あながち間違いではない。


「怪しいとすれば、住之江先生と……ケーティー貴子。あの二人は絶対何か知ってますわね。平山さん」


「あぁ〜鉄君可愛いよぉ、ペロペロしたい。えっ、会長何か言いました?」


「貴女ねぇ、副会長のくせにそんな事したら三国先輩のようになってしまいますわよ。それより1年のちびっ、いやケーティーさんの情報を集めてくださる」


「へっ、あの天才ちびっこちゃんですか?」


「ええ、内密にお願いしますわ」



副会長の平山 智加に貴子の情報収集を依頼するリカ、そしてそんなリカをじっと見つめる者もいる、なにかと優秀?な貴子の助手児島 鈴である。

闇を覗こうとする時、闇もまた貴女を覗いている、まだ人生経験の浅いリカには、まだそこまで考えが及ぶはずもなかった。










一方、住之江と貴子の会話はまだ続いていた。


「世界で一番可愛いのは鉄郎君だ、異論は認めん」


「それは異議なしやな」


「だからあと2日、子供版鉄郎君は貴様に譲ってやる。元の姿に戻ったらとっとと諦めろ」


「何言うとんねん、ウチかて大人版鉄君やないとツリアイとれんやろ、そっちが諦めや」


「よろしい、ならば戦争だ」

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