第11話 はじめまして
人の気配が途絶え静まり帰ったショッピングモール。
倒れている人々には目もくれず、鉄郎に向かってコツコツと静かに歩いてくる少女。
陽の光を浴びてキラキラと輝く真っ白な長い髪が真っ先に目に飛び込んでくる、ファーの付いた白いジャケットに白のミニスカート、まさに真っ白な少女だ。なにかこだわりでもあるのだろうか。
可愛らしい顔立ちをしているが三日月型に開かれた赤い口元が異様な雰囲気を伝えてくる。
見た目で言えば12、3歳の美少女なのだが纏う気配に違和感を感じる。
「やあ、はじめましてだね。武田鉄郎くん」
「君は……」
「鉄君下がって!!」
「えっ、李姉ちゃん」
足下で倒れていたはずの麗華が突然起き上がったかと思えば、低い姿勢から自身の右足を強く踏み込む。
ズシンとモールの床がひび割れるほどの強力な震脚、それに伴って水平に力強く打ち出される拳。
天才拳士と謳われる、李麗華必殺の突きが白い少女に向かって何の躊躇もなく放たれる。これには麗華の実力を良く知る鉄郎が慌てる、こんな少女に麗華が本気で打ち込んだらどう言う結果になるか想像してしまったのだ。
思わす叫びそうになるが、想像した光景は起こることはなかった。
パシッ
「おや、まだ動けるんだ。すごーい! でもまだまだ功夫が足りないね」
「「なっ!」」
驚愕する麗華、自分の拳がこんな止め方をされたのは初めてだったのだ。
手加減する余裕がなかった事もあり直感を信じて全力で発勁を打ち込んだ。
その結果、相手が死んでも構わない覚悟、鉄郎さえ守れればそれで構わなかった。
しかし結果はどうだ、こんな非力そうな少女の手の平で軽々と受け止められている、拳が当たる瞬間に同量の発勁を逆に打ち込まれて相殺された。
それだけのことが出来る実力者、今の身体の状態では余りにも分が悪い。
「今は鉄郎くんと運命の出会いの最中なんだ、邪魔しないでくれるかな。泥棒猫くん」
「くっ。鉄君逃げなさい!」
拳を止められたままの体勢だった麗華が、身体から力が抜けたように崩れ落ちる。
「これだから武術家と言うやつは、私の作ったガスが根性でなんとかなる代物だと思わないでくれ、プライドが傷つくよ」
少女は足元に倒れ込んで今度こそ動かなくなった麗華を興味を失ったようにつま先で小突くと、鉄郎に向き直った。
「君が皆にこんなことをしたの?」
「おいおい、そんな怖い顔をしないでくれ。可愛い顔が台無しだよ、いや、でもそれはそれでちょっといいかも……」
「ふざけるな!! いくら子供でもやって良い事と悪い事があるぞ、李姉ちゃんや真澄先生達に何をした!! 君は一体何者なんだ!!」
大好きな麗華や住之江が目の前で倒れてる、この少女が何かをしたのだ、いつになく感情を爆発させ強い口調で問いつめる。
鉄郎は生まれて初めて強い怒りを覚えていた、しかし少女はといえば、一体なにをそんなに怒っているんだと言わんばかりにキョトンと驚いた顔をしている、まるで異世界人と話している感覚、話しが通じている気がしない。
少し考え込む仕草を見せた少女が鉄郎に問いかける。
「加藤貴子と名乗ればわかってもらえるかな、鉄郎君」
「……えっ!」
一体何言ってるんだこの子は、その名前はこの世界では禁句と言ってもいい名前だぞ。
世界で最悪のテロリスト、世界中に毒ガスをばらまき、男を絶滅寸前に追い込んだ狂気の科学者。
天災 加藤貴子、その名を語るなんて、大体が加藤貴子は死刑になっているはず、仮に生きていたとしても70過ぎのお婆ちゃんじゃないか。
「すぐには信じてもらえないかな、でも私が天才だったことくらいは歴史の教科書で知ってるだろ、身体が小さくなる薬くらい作れるさ、その名もアポトキ……」
「ちょっと待ってー! それ以上は言うな!」
いかん、なぜか食い気味に止めてしまった。全部言わせては色々ダメな気がした。
「ま、まぁ、結構有名な薬だがね。ふむ、女子高生位を想定していたんだが、小学生位になってしまった。何、5年もすればちゃんと使える身体に成長するだろう期待してくれていいぞ」
あの有名な薬だと、一生大きくならない可能性もあるのでは……ってそうじゃない!
「君があの加藤貴子だとして、皆は大丈夫なのか、殺してはいないんだろうな」
「ハハ、ガスの使用は私の十八番だよ、50年前とは比べものにならない位上手になった、今なら生死も思いのままだ。だから安心してくれたまえ、足下で倒れてる君のお知り合いもただ眠っているだけだよ。ちなみに今10km圏内で動いている人間は君と私だけ、まさに二人だけの世界だよ。フフフフフ」
鉄郎の勘が少女の言葉を真実として受け入れた、外観は少女だが纏う雰囲気や言動があまりに異質だったのだ。
麗華達が眠っているだけと聞かされホッと胸をなで下ろすが、ふと50年前に加藤貴子がした事を思い出す。
確か彼女は全男性に恨みを持ってテロリストになったはず、となれば標的としているのは男である自分なのかと。
「僕は男だから殺すんですか!」
「エッ、何を言ってるんだ君は、私が君を殺すわけがないだろう」
「えっ、そうなの?」
「当たり前だ、どこの世界に自分の愛しい男を殺そうとする女がいると言うんだ」
「いや、目の前に」
「あーあーあー、聞こえない。聞こえない〜〜っ」
耳に手を当ててしゃがみ込む少女、外見だけじゃなく中身も子供か!鉄郎のなかで加藤貴子への恐怖がめっちゃ下がった。
もう、貴子ちゃんでいいかな。
「ん、んん。何か誤解があるようだな。私は君を殺しに来たのではない、迎えに来たんだ。大体私が君を見つけるのにどれだけ苦労したと思ってるんだ」
「いや、貴子ちゃん。意味がわかんないんだけど」
「た、貴子ちゃんって!へへへ、50年ぶりに男の子に名前で呼ばれてしまった。こんな親しくなったらこれはもうOKってことでいいよね」
なにやら貴子ちゃんがヘラヘラ笑い始めたんだが、なんだろうこの残念感、なまじ美少女なだけにギャップがひどいな、さっきまではもうちょっとしっかりしてた気がするんだが、話せば話すほど威厳がなくなっていく。
本当にこの子が人類を絶滅させかけたのか疑問に思えてきたぞ。
「へへへ、よし今度こそ!! 鉄郎君、私と結婚しよう!」
「何でそうなるの、いやです」
「な、な、なんで! こう言っちゃなんだけど、私お金持ちだよ、頭は超天才的だし、美少女だし、今はこんなちんちくりんだけど、後5年もすればボン、キュッ、ボンだよ!ボン、キュッ、ボン!」
「いや、犯罪者はちょっと」
「ガ〜ン! そ、そんな、鉄郎君まで私を振るというのか、私だって好きで犯罪者になったわけじゃないのに、あの時は本当ムシャクシャしてただけなのにー!」
「そんなムシャクシャしてやったってレベルじゃないでしょ!!」
この世の終わりみたいな顔でこっちを見てくるが、そんな突然に結婚と言われて承諾するやつはいないだろうに。
あっ、涙ためてる。君って中身は70過ぎの大人でしょうが、でも婆ちゃんも年寄りは涙もろくなるって言ってたな。
それともあれか、肉体年齢に精神が引っ張られるってやつか、なんにせよ結婚はありえなないな、ちゃんと断ろう。
「ごめんなさい、僕は君の様な人とは付き合えません。もう二度と僕の前に現れないで下さい。」
「なっ! 鉄郎君までその言葉を……………ウフフ、ハハハハハハ、アーハハハハハハハハハ」
あっ、壊れた。
真っ白な髪を揺らしながら高笑いをする貴子ちゃん、目が光りを失くしてやばい状態だ、凄いやな予感がしてきた、でっかい地雷を踏んだ気がする。貴子ちゃんが上着のジャケットから携帯を取り出して操作し始めた、指の動き速いなぁ。
なんかさっきから冷や汗が止まんないんだけど。
「ハハハハ、鉄郎君、本当に君はあの人にそっくりだな。セリフまで一緒とはな、となれば私としてもまた同じことを繰り返すしかないではないか。フフフフフフ」
「???、同じことって? ま、まさか毒ガス!」
「ハハ、まるっきり同じことを繰り返すのは芸がないだろう、今度は世界中の人工衛星でも落として見せようじゃないか、史上初のど派手な流星雨だよ。もちろん毒ガスのおまけ付きでな。フフフ」
貴子ちゃんが携帯の画面を僕に見せた、タッチパネルにボタンのような画面が表示されている、ご丁寧にドクロマーク付きで。やばい、これ本当にやばいやつだ、ポチッとしたら今度こそ人類絶滅コースってやつだ。
どうする、どうする、どうすればいい、考えろ〜っ!!
「ハハ、ちなみにこの状態でこの端末を奪っても意味ないぞ、先ほどシステムを起動させたから停止させるにはパスワードが必要だ。私を殺しても当然カウントが始まる、フフフ今回は君を殺して、私も死のう」
「ずるい!! それに愛が重いよ!! どんだけメンタル弱いの、振られたくらいで死のうなんて思わないでよ! 男なんてほかにも一杯……いないな。って君が亡くしたんじゃないか!」
「ふん、なんとでも言うがいいさ、今の私は愛に生きる女だ。有象無象の男になんか興味はない、君じゃなきゃダメなんだ!!」
「貴子ちゃん……」
いかん、いかん、一瞬流されそうになった。
全人類を人質にとって結婚を迫るとは、加藤貴子、恐ろしい子。今度こそ本当に女性恐怖症になりそうだよ。しっかしどうしたもんだろうか、へたに刺激すると絶対に押すよなアレ、かと言って今会ったばかりの子と結婚と言うのもなぁ、この子のこと何にも知らないしな。
あっ!
「貴子ちゃん! と、友達じゃ駄目かな。僕まだ君の事よく知らないし、友達から始めるのはどうだろう」
「友達?」
「そう、友達。まずはお互いに相手を良く知る所から始めよう。僕、貴子ちゃんの事もっと知りたい」
「それは私に興味が有るってこと? 遠回しにプロポーズしてる?……そうだよね男の子は好きな女の子に意地悪しちゃうもんだもんね、50年も一人でいたからすっかり忘れてたよ」
一気に目に光が灯る貴子、尻尾があったらブンブン振ってるのが見えたかもしれない。
う〜ん、その発想の転換はなかったな、そんなに深刻なことでは無いような気がしてきたから不思議だ、案外メンタル強いんじゃないかこの子。
ヴァブァウン!
鉄郎がそんなことを思っていると車のエンジン音が聞こえてくる、それから10秒としないうちに鉄郎と加藤貴子のいるショッピングモールの下に黒いスポーツカーが止まる。
「あの車は、まさか」
車から降りて来たのは、祖母春子だった。
こちらを見上げる春子と目が合う、鉄郎に優しく微笑みかけてくるが貴子の方を見るや眉間にシワを寄せた。
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