第12話 老兵の思い
「げげぇ! 春子!! ジャミングかけてるのになんで、来るの早すぎるだろ!」
婆ちゃんの姿を見た貴子ちゃんが急にわたわたと慌て出す、婆ちゃんを知ってるのか?するとカツカツと階段を登る音が近づいてくる、そしてモールのテラスにその姿を確認する。ロングスカートに編み上げブーツ、モスグリーンのMA-1を羽織っている。その手に持つのは愛刀来国長、朱塗りの鞘がユラユラと揺れている。肩口で切り揃えた白髪、皺は増えども衰えぬ鋭い眼光、70過ぎの今でもその立ち姿は美しい。我が祖母ながらなんとも格好いい、憧れの存在だ。
あれ、そう言えば婆ちゃんは催眠ガス大丈夫なのか?
「久しいね、加藤。こりゃまた小さくなったもんだ」
「・・・・」
婆ちゃんが貴子ちゃんと対峙する、大人と子供の違いはあれど奇しくも頭真っ白コンビだな、貴子ちゃんを上から下へとジロジロと舐め回すようにガン見する婆ちゃんだったが最後にニヤリと笑う。
「な、何よ!」
「いや、大きくても小さくても胸はペッタンコだなと思ってな」
「くぅ〜っ。皺くちゃ婆ちゃんに言われたくないね。タレ乳」
「ふん、まだタレとらんわ、貧乳」
「私の唯一の弱点をズケズケと、だから春子は嫌いなんだ。昔からちょ〜っと男にモテるからって、いつもいつも上から目線で」
「貴様がモテんのは性格の問題だ、それに頭と顔以外欠点だらけではないか」
あれ、この二人って仲いいのかな。などと鉄郎が検討はずれの考えをめぐらせていると、春子が「ああ、そうそう」と腰の後ろにあるホルスターから素早くハンドガンを抜き去って、ためらいなく貴子に向かって引き金を引いた。鉄郎が止める間もなかった。パンパンパン、3発の銃声がモールに反響する。
「痛たっ痛たっ! もうなにすんのよ。こんな近くで撃たれたら痛いじゃない!!」
プンプンと両手を上げて文句を言う貴子ちゃん、決して拳銃で撃たれた人間の反応じゃない。当たったはずの弾は貴子ちゃんの足元に転がっている、服は防弾とかあるだろうけど、むき出しの足に当たったはずの弾もまるで空気の壁があるみたいに止まってた。色々とデタラメな子だよな、一体どんな仕組みで銃弾を弾いたんだ。さっきは李姉ちゃんの拳も軽々と止めてたしな。
「ちっ!やっぱり防弾対策はしてるか。9mmじゃなんの意味もないね。相変わらずクソずるがしこい」
「ちょ、ちょっと婆ちゃん。なにいきなり拳銃撃ってんの! 貴子ちゃんが死んだら世界がやばいんだよ!」
「知ってるよ、挨拶がわりの八つ当たりだよ。銃が効くか試しただけさ、こいつがこんなもんで死ぬわけないだろう」
李姉ちゃんといい婆ちゃんといい、どうも武田家の人間は思い切りが良すぎる気がする。ん、知ってる?
「婆ちゃん、なんで知ってるの?」
「鉄の携帯には色々細工がしてあるんだよ、通常回線が切れたらアラートが鳴って盗聴モードに切り替わる。事情は来る途中で聞いてたよ、今頃、夏子の奴がギャーギャー叫びながら軍を動かしてるだろうさ」
「そんなの聞いてないよ」
「言ってないからね。鉄は男なんだからもうちょっと危機感を持ちな」
婆ちゃんはそう言って、頭をポンポンと叩く。うぅ〜、子供扱いだ。
「それにしても加藤、うちの孫にいきなりプロポーズたぁ、なにを今更焦ってんだい、この行き遅れのニセ若作りが」
「ち、違う、焦ってなんかない。それに行き遅れじゃない、ただ出会いが少なかっただけだもん!」
その出会いを台無しにした張本人が吠える、この短い間だが貴子ちゃんのことが少しわかった気がした、この人は良くも悪くも子供なんだ(まぁ、今は本当に子供だが)。だからやることが極端でメチャクチャになる、道徳観も子供の頃から止まっちゃてるんじゃないだうか。だから男の人にふられただけで世界を滅ぼしちゃうし、好きな子を手にいれるために世界を相手に喧嘩もしちゃう。そして世界を相手に出来るだけの頭脳と力があることが一番たちが悪い。
「それと、うちの鉄と付き合いたかったら、大姑には最大限の敬意を払いな」
「うわ〜、嫁いびり反対!! 春子をおばあさま〜なんて呼んだらさぶイボ出来るわ」
まだ嫁じゃないんだけどなぁ、昔からの知り合いみたいだけど、貴子ちゃんは婆ちゃんの怖さを知らないのかな。
「さ〜て加藤、あんたにゃ積もる話も沢山あるが、ちょ〜っとオイタが過ぎるね、お仕置きタイムだよ」
婆ちゃんが愛刀の来国長をスラリと抜いてその切っ先を貴子ちゃんに向けた、鏡のように磨きこまれた刃に陽の光が反射して目に入る。ギラギラと輝く日本刀、あっコレマジなやつだ。こうなった婆ちゃんは最強だ、李姉ちゃんだって刀を持った婆ちゃんには絶対に勝てないんだ。でも、貴子ちゃんを攻撃したら人類滅亡コースじゃないのか。思わず貴子ちゃんをかばって前にでる。
「待って婆ちゃん、貴子ちゃんは起爆装置を持ってるんだよ、それに死んじゃっても衛星が落ちてくるって!」
「どきな鉄、殺しゃしないよ。せいぜい動けなくなるまで引っ叩くだけさ。それに今の加藤は、もうそのスイッチを押せやしないよ」
「私をかばって鬼ババアに立ち向う鉄郎君、超絶素敵だにゃー」
目をキラキラさせて僕を見つめる貴子ちゃん、すっげえマイペースな子だな緊張感なさすぎだろ。
「貴子ちゃんはちょ〜っと黙ってようね」
「なあ、加藤。あんた鉄と友達になったんだろ。孫馬鹿のあたしが言うのもなんだけど、鉄は格好よくて凄く優しいぞ。あんたが50年間妄想し続けたアレコレを実現してくれるかもしれんぞ、そんな矢先にそれを台無しにするほど馬鹿じゃないだろ」
「うぐっ。そう言われると……」
春子としても可愛い孫をダシにしなきゃならない現実に忸怩たる思いだったが、今この場ではこれ以上有効な説得材料が無かった。単なる時間稼ぎにしかならないかもしれない、だがこの危険物は取り扱いの難度が世界規模なのだ、大体が15歳の子供に人類滅亡なんて重い選択をやらせるわけにはいかない、そこは大人が背負ってやらないとあまりにも格好が悪いと言える。
「でも、婆ちゃん、刀で叩くのだけはやめてあげて、婆ちゃんに刀で叩かれたら貴子ちゃん死んじゃうよ」
「そうよ春子、優しさを亡くさないで!! 労りの心で助け合いましょう、たとえその先に大きな裏切りが待っていようとも」
「貴様にだけは言われたくないわ!!」
呆れ顔で刀を鞘に納めた婆ちゃんがツカツカと貴子ちゃんに歩み寄ると、平手で頬を思いっ切り引っ叩いた。うぁ〜、痛そう。
「へぶぅん!!」
1m位ぶっ飛ばされて足にきたのか、プルプルと子鹿のような足どりで立つ貴子ちゃんが、涙目で婆ちゃんを睨む。
「ぶ、ぶったなぁ、親父にもぶたれたこと無いのにぃ」
あ、大丈夫だ、まだ余裕ありそう。その時、婆ちゃんのジャケットのポケットから着信音が聞こえる、ポケットからトランシーバーを取り出した婆ちゃんがスイッチを入れ応答する、誰からだ?
「なんだい、今忙しいんだよ。ああ、本物だったよ、こんな馬鹿が世界に二人もいてたまるかい! 今度はしくじったら人工衛星が降ってくるってさ、狙撃! 無駄無駄、さっき試したけど効きゃしないよ、そんな事したら癇癪おこしてスイッチ押すよこいつ馬鹿だから」
婆ちゃんが誰かと話してるのを眺めてると、貴子ちゃんが服の裾をクイクイと小さく引っ張ってきた。
「ねえねえ、春子って怖いよね〜鬼ババアだよね、大体が平手の方が拳銃より効くっておかしいだろ」
「ははは。……そういえば貴子ちゃん、なんで婆ちゃんは催眠ガス効かないの?」
「ん、説明してあげよう!私の作ったガスは人を選ぶのさ、鉄郎君のDNAには反応して無効化するように調合してあるから、親族であるババアには効きが弱いんだよ。春子は勘がいいからなんとなくわかってるんじゃないか、後は気合いの問題かな、チャイナの姉ちゃんも効きが悪かったしね」
「最後は気合いなんだ。なんか納得した」
「それより、ババアは忙しいみたいだし二人で愛の逃避行と行かないかい?」
そう言って貴子ちゃんが僕のお尻を触ってきた、本当フリーダムな子だな。抗議の意味も込めてジト目で見つめた。
「ポ、ポルターガイストの仕業だよ」
「そんなやらしい手つきのポルターガイストがいるか!!」
「おまえたち、もうちょっと緊張感だせないのかい。色々悩んでるこっちが馬鹿みたいじゃないか」
「や〜い、バーカ、バーカ」
スコーン!
婆ちゃんが鞘のついた刀を貴子ちゃんの脳天に振り下ろす、かなり痛かったのか頭をおさえて悶絶している、効く攻撃と効かない攻撃の基準がさっぱりわからん。それに今のは貴子ちゃんが悪い。
「くそぉー痛って〜!!覚えてろよ春子、このボケェッ!!!!」
「うるさいわ!あんたの処分が決まったよ。政府としては、あんたがまだ生きてると世界に知れたらまずいってさ」
確かに、あの加藤貴子が生きてるなんて知れたら、世界中が大パニックになるだろうな。貴子ちゃんを殺して自分も死ぬなんて人は億単位でいるだろうしそんな事になったら、この子は迷わず人工衛星の雨を降らすだろう、そうなったら今度こそ人類は確実に滅亡する。じゃあどうすれば?
「幸い、そんなチンチクリンな姿になっちまってんだ、大人しくしてるんなら新しく戸籍を用意する気があるそうだ。政府としてもここまで復興した世界をまたぶち壊すわけにはいかないからね」
「えっ、武田貴子になるの?」
「そんなわけあるかい!正体を隠す事、この街を出ない事が条件だがのむかい」
「じゃあ、こっちからも条件をだすよ。ん、んん。春子おばあさま〜、鉄郎君と私の交際を認めてください。そうしたらお墓に入るまで衛星の起爆スイッチは押さずにいましょう」
両手を胸の前で合わせ、上目使いで婆ちゃんを見つめる貴子ちゃん、見た目だけなら美少女のお願いポースなのだが内容が脅迫以外のなにものでもない。
「うわぁ、さぶイボ出来たじゃないか! あんたにおばあさま呼ばわりされるとわね。まったく足下みやがって、でもそこは鉄の気持ち次第だよ、それによっちゃあ、あんたを今この場で斬り殺す。私としては後の世界の事は知ったこっちゃないね。」
「「ゴクリ」」
思わずつばを飲み込む、婆ちゃんの鋭い瞳に覚悟を見た。僕がどんな答えを出そうと受け入れると言う、第一世代の人にとって貴子ちゃんは決して許せない存在だろう、だけど今の世界を守る為に悔し涙を飲んでこの条件を出したのだ。ならば僕がさっき出した答えはあながち間違ったものではなかったのではないだろうか。うん。
「僕が飲める条件はやっぱり、友達から始めようだよ貴子ちゃん。君を知る事から始める、そして君に二度と世界を滅ぼすような真似を僕がさせない!」
僕の気持ちが伝わるように、真剣な目で貴子ちゃんを見つめる。顔が真っ赤だよ。婆ちゃんは、やれやれと少し呆れ顔だ。
「てちゅろうくん。……そうだね、いきなり結婚じゃ味気ないもんね、恋人の期間は必要だよ。わかった、私も世界最悪のテロリストと呼ばれた女だ、その条件を飲もうじゃないか!」
「貴子ちゃん、ちゃんとわかってる? 僕ちょっと不安になったんだけど」
「わはは、大丈夫、大丈夫。男心はバッチリわかる女だよ私は」
嬉しそうにバンバン肩を叩いてくるが、男心がわかるとは到底思えなかった。
「さて、いい女は引き際が肝心だ、プ、ポロポーズも済んだし今日はこれでおいとまするとしよう」
「加藤、おまえ恥ずかしくなってきたからトンズラするだけだろ。耳まで赤いぞ」
あ、本当だ、耳真っ赤。それにしても。
「貴子ちゃん、帰るお家有るの?」
「フフ、心配ご無用だよ。鉄郎君と私は運命の赤い糸で繋がってるんだ、会おうと思えばいつでも会えるさ。アイル・ビー・バックだよ」
貴子ちゃんが端末を操作する、すると上空からバタバタと音が聞こえてくる。目をこらすと何か浮いてるのがわかるがはっきりしない、何だアレ?
「児島、ハッチを開けろ! 帰るぞ! じゃあ、鉄郎君色々準備があるから一旦お別れするね。バイバイ〜」
貴子ちゃんの背中からカチリと音がすると、魔法少女みたいにスゥーっと浮き上がって、吸い込まれるようにポカンと空に開いた穴に入っていく。迷彩のヘリコプター?
ポカ〜ンと婆ちゃんと二人で遠ざかる音を聞きながら空を眺める、まさに爆弾みたいな子だった。
「なんだいありゃ。老眼にゃえらい見づらいね」
「大丈夫、僕も見づらいよ光学迷彩ってやつかな。……でも、これで良かったのかな?」
「鉄は加藤事変の後に生まれた第3世代だから、私とは違う感情をあいつに持っただろう。だけど加藤をゆるせない人がいることだけは頭の隅に置いときな。」
「うん。」
「なに、鉄の判断は悪くなかったさ。少なくとも今こうして孫と話しをするだけの時間は出来たんだ。胸を張りな」
バンと背中を叩かれて、婆ちゃんを見る。いつもと変わらない優しい笑顔に少し胸が締め付けられる。同時に少しの自信ももらった、良し!貴子ちゃんを立派に更正させてみせる、それが僕の役目だ。握る拳にグッと力を込める。
「あ、真澄先生や李姉ちゃん達っていつ目が覚めるんだろ。このままじゃ風邪ひいちゃうよ」
遠くから救急車の音が聞こえてくることに安堵する、まったくとんだデートになったもんだ。
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