第10話 住之江真澄
「あかん、ドキドキして寝られん。もう一回服選び直すか! あ−−−−っ、もう楽しみすぎてあかん、時計止まっとるんやないやろな」
住之江真澄24歳。1年A組担任、数学教師。
大阪の堺で生まれた彼女は、小さな自転車屋の長女として育った。高校まではロードレースの選手としてそこそこの成績を納めている。大阪の男性特区にほど近い所にすんでいた為、他の地域の人間に比べれば男を見る機会は多かった。
親戚などからも男と会えていいね、羨ましいね等と良く言われたものだが、彼女にはいまいちピンとこなかった。
友達や妹がバイト代を全て男に貢いでいるのも、どこか冷ややかな目で見ていた、ちなみに妹が貢いでいたのは小太りなアメリカ人の青年でやらしい目つきが嫌だった。
どうも自分は他の人と感覚が違うのではないかと考えたのもこの頃だ、皆がキャーキャーと騒いでる男性になんの魅力も感じない、むしろ軽蔑している程だった。そのせいか大学で教員免許をとった後は、男のいない田舎にでも行って気ままに暮らそうと思っていた。
そんな彼女が教職として採用されたのが九星学院だった。
学院としては大阪出身の彼女なら、男性の扱いにも多少は慣れているだろうと言う思惑もあった、なにせ2年後には鉄郎が入学してくるのだから色々な準備はしておきたかったのだ。赴任後も生徒達からの評判は上々で、厳しくも的確な指導で信頼と人気を勝ち取っていた、女生徒から度々告白される事すら有った程だ。
そして今年の2月、住之江はとうとう武田鉄郎と出会ってしまう。
学校説明で祖母の春子に連れられて鉄郎が職員室を訪れたのだ。
詰め襟の黒い学生服に身を包んだ少年、清潔感のある黒い短髪、まだ幼さの残る黒い瞳、なにより笑顔が自然で可愛かった。
20年以上生きて来て初めて本物の男を見た気がした、今まで見ていた男は別の生物ではないかと思ったくらいだ。
「4月からこの学院にお世話になります、武田鉄郎です。よろしくお願いします」
礼儀正しく、頭を下げる少年に職員室から感嘆のため息がもれる、住之江も昼食のカップ麺がのびるほど、見つめてしまった。
1-Aの担任が決まっていた彼女の前に鉄郎が歩いて来た、たったそれだけのことで鼓動が速くなるのがわかった。
「担任の住之江先生ですね。これから3年間お世話になります」
「あ、あぁ、担任の住之江ましゅみれす。よりょしゅく」
噛みまくりながら握手した右手は少し硬くてごつごつしていて益々男を感じさせた、はにかむ笑顔に心臓を鷲掴みされた気がした。
住之江の人生が大きく変わった瞬間だった、それ以来、彼女の頭の中は鉄郎の事で一杯になった、寝ても覚めても鉄郎一色である、今まで溜めこんで押さえつけていた感情が一気に噴き出した感じである。
そんな彼女の人生初のデートなのだから、それは気合いも入ろうと言うものだ。
ちなみに服選びは6回目のループで下着を換えるのは3回目である。
市街地にあるアパート住まいの住之江は、約束の時間の3時間前に家を出た、鉄郎の家までは片道30分もあれば楽々着くだろうに我慢が効かなかったのだ、ニヤニヤと笑みを浮かべハンドルを握る、朝日に照らされた路面が光り輝くバージンロードに見えた。
あまりにニヤニヤと気味の悪い笑顔をしていたので、途中時間調整に寄ったコンビニで店員と白髪の少女にドン引かれたのはいた仕方ない。
約束の時間キッチリ10分前に武田邸の大きな門に車を着ける、車を降りて母屋へ向かおうとすると鉄郎が玄関の前に立って嬉しそうに手を振っていた。
鉄郎の姿に一気に心臓が高鳴る、しかしその横で緑のチャイナドレスを着た女が目に入り、現実に引き戻される。
「あ〜、そうやん。この女のこと忘れとったわ、いるに決まってるやん。浮かれててすっかり忘れとった、やっぱデートの許可は降りんか〜」
「真澄先生、おはようございます。今日はよろしくお願いします!」
鉄君がニコニコと子犬のように駆け寄って来て挨拶をしてきた、うわー、なんやねんこの可愛いさ!お持ち帰りしてぇ〜。ってアレ? ええの? 今日デート出来ちゃうの、護衛のネーチャンおるから止めさせられるんかと思ったんやけど、ええの?
「お、おはようさん鉄君。えっ、今日デートしてええの?」
「えっ、やっぱり僕となんて駄目ですか?」
拗ねたように上目遣いで鉄郎が聞いてくる、破壊力は抜群だ。意外と外出の機会が少ない鉄郎は今日の外出(デート?)を結構楽しみにしていたのである。
「グハァ!!いやいやいやいや、ちゃう、ちゃうねんそうやないねん! でも鉄君のお家の人の許可は大丈夫なん?」
「あ、その事なんですけど。李お姉ちゃんが護衛で付いてくって言いはってるんですよ。ダメですよね?」
後ろにいた麗華がニタニタと住之江に話しかけてくる。
「住之江先生、貴女の教育者としての熱意と優しさには感銘を受けたわ。鉄君の女性恐怖症を治す、大変素晴らしいお考えです。ここは一つ姉弟子としてこの李麗華も一肌脱いでみせましょう。ニシシ」
うわ〜、ニタニタと白々しい。ウチの考えはお見通しちゅうわけか、しかし考えてみると護衛もなしに鉄君を連れ回すのも危ないかもしれんな、このネーチャンも虫除けがわりには使えるか。ここで駄々をこねてデート自体が中止よりはよっぽど良いと瞬時に考えを修正する。
「いややわ〜、困ってる生徒がいたら手を差し伸べる、教育者として当たり前のことですわ、オホホ。確かに、鉄君も大人の女性が見守ってた方が安心できるやろ、麗華さんにも今・日・は!付き合ってもらおか」
「いやですわ、大人の女性なんて、先生と違って私まだ21歳の若輩者ですわ。ホホホ」
バチバチと視線を交わしあう、住之江と麗華。二人とも精神年齢はとても若そうだ。
「いいの? じゃあ、先生も李姉ちゃんも時間が勿体ないから早く行こうよ」
「「ハイッ!よろこんで!!」」
住之江としては邪魔者が一匹おまけに付いたが、人生初のデートが開始された。
一方、武田邸の外では。
「藤堂会長、マルタイが鉄君に接触、行動を開始します」
「ちっ!あのたこ焼き女、3時間も早く家を出るなんて、車パンク作戦が間に合いませんでしたわ。追えますか、智加さん」
「ええ、新聞配達用の原チャリ借りてますんで大丈夫です」
「日帰りで、護衛の方も一緒となれば遠くには行かないはず、駅前のショッピングモールが怪しいですわね。先回りします、婆や車を出してちょうだい」
住之江の抜け駆けデートを阻止すべく、九星学院の生徒達も行動を開始した。
「ちょっとあれ、男の子じゃない!」
「そんなわけって、えぇ〜っ!本物!すっげえカッコいいんだけど」
「隣の女共なんなの、うらやまけしからん!私とそこ代われ!」
「襲っちゃうか」
「やめときな、堅気のねーちゃん。あのチャイナの女めっちゃ強い化物だぜ。裏じゃ有名人だ」
「「「くぅ〜やし〜!!!」」」
駅前のショッピングモールを3人の男女が歩く、鉄郎とゆかいな仲間達(住之江と麗華)だ。
土曜日の昼下がり、映画を見た後、昼食を鉄郎の希望でファミレスでとった3人はショッピングモールまでやって来た。
途中なぜか通行止めだったり、どこからかボールが飛んできたりしたがなんとかデートを続けている。
どこに行っても3人は注目の的だった、なにせ男が普通に街中を歩いているのだ、注目されない方がおかしい。しかも女連れでイチャイチャと腕を組んでいるではないか、鉄郎には欲望と羨望に満ちた眼差しを、両脇で腕を組んでる住之江と麗華には嫉妬と憎悪の視線が突き刺さる。
鉄郎としては周りの目恐っ!と思ったが久々の街中への外出で、テンションが高くなっておりそれほど気にはならなかった、住之江と麗華は鉄郎に見えない角度で自慢気にゲスいドヤ顔を披露して道行く人を挑発する、美人が台無しである。
今日の住之江は、丈の短い白のニットワンピースにベージュのチェスターコートを羽織っていた、短いワンピースから伸びる生足、腕に押し付けられた大きな膨らみに鉄郎の顔も若干赤い。いつも学院で見るスーツ姿も凛々しいが今日は可愛さが勝っていて、ドギマギしながら褒め言葉を絞り出す。
「真澄先生、今日の格好とっても可愛いですね。僕ちょっとドキドキしちゃいます」
「へっ、そ、そう。ちょっと丈短かかったかな?」
住之江は冷静を装いつつも、頭の中では盛大なファンファーレが鳴り響く。男に褒められる喜びを初体験した住之江、幸せの絶頂である、麗華が一緒でなければ鉄郎に抱きついてペロペロしていたかもしれない。まぁ、腕は組んで離さないのだが。
「そ、それより、鉄君どない。まだ、女の人怖い?」
「う〜ん、さっき気づいたんだけど僕、真澄先生も李姉ちゃんも元々好きだから特訓になってないですね、このデート」
「ててて、てちゅくん。そ、それはウチの事す、す、好きって」
一方鉄郎の反対側の腕に抱きついている麗華は意外と冷静だ、鉄郎が小さい頃から一緒にいるので大分免疫が出来ている、まぁ時々欲情してしまうのは女だから致し方ない、それに鉄郎は女性恐怖症ではなく夏子恐怖症なんだろうと考えていたので、今日のデートは単純に楽しむためと護衛として付いて来ていた。
「鉄君、それ以上は先生壊れちゃうよ、やめときなさい」
それはどう言う意味と麗華の方を見た時のことだった、鉄郎の視界に倒れ込む女性が目に飛び込んできた。
えっ、と思った時には次々とこちらを見ていた女性達が、まるで糸が切れた人形のように倒れてゆく。
鉄郎と腕を組んでいた住之江までもにへ〜と幸せな顔をしたまま崩れ落ちた。
「鉄君!!」
麗華の行動は素早かった、咄嗟に鉄郎を庇おうと抱き寄せるが、自分の身体が支えらえれない、視界が傾いて地面が近づいてくる、倒れていく事は理解したが意識がブラックアウトする、鉄郎を助けなきゃと手を伸ばしながら麗華も意識を失う。
一人取り残された鉄郎の周りには、先ほどまでこちらを凝視していた人々が倒れている、一人や二人ではない目に映る全ての人間が倒れこんでピクリとも動かなかった、遠くではガシャと車がぶつかるような音も聞こえてくる。
「何これ? って李姉ちゃん、真澄先生!!」
隣で横たわっている二人を抱きかかえようとしゃがみこむが反応がない。
鉄郎の頭も何が起こっているのかまるで理解できない、軽いパニックになっていた。
「そうだ、救急車! いや警察か」
通報しようと携帯を取り出してみれば、なぜか表示は圏外でつながらない。言いようのない恐怖が湧いてくる。
コツコツコツ
後ろから足音、動いてる人がいる!音のする方を勢い良く振り返る。
「やあ、はじめましてだね。武田鉄郎くん」
振り返った先に居たのは、真っ白な少女だった。
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