第9話 たぬきうどん?
「鉄君の筑前煮美味しいわね〜。椎茸の出汁がなんともいえないわ」
「・・・・・・」
「ええっと、この鯵の開きの焼き加減も最高!」
「あっ、それ私が焼きました」
「ちっ!麗華かよ。ちょっと焦げてるじゃない、焼きすぎよ!」
「ひどっ!」
「・・・・・・」
「鉄君〜。お願い機嫌直してえぇー!鉄君に嫌われたままじゃ、お母さん東京に戻れないよぉ〜」
今朝の出来事ですっかりへそを曲げた鉄郎にすがりつく夏子、無言&無表情で朝食を摂り続ける息子に懸命な好き好きアピールを繰り返す、母の愛が重い。ええ〜い、腰にへばりついて臭いをかぐな、怖いわ!!
息子の息子にトラウマ植えつけといて、いまいち反省の色が見られない夏子だが、鉄郎としても愛されている?のは分かっているのでこんな母でも心底嫌いになることは出来なかった、朝食に夏子の好きな筑前煮を作ってしまったのがその証拠だろう。
まぁ、こんな精神状態でバイクで帰られて、事故でも起こされたら鉄郎としても寝覚めが悪い、しかたないので渋々ながら助け舟をだすことにした。
「今度あんな事したら、親子の縁を切るからね。だから事故には気を付けて帰って・・ね」
「あ、ありがとう〜!お母さん超安全運転するよぉ〜。鉄君のアレは絶対無事に研究所に届けてみせるよ〜」
折角の助け舟を余計な一言で見事に沈めてみせる夏子。母親として欠陥品もいいとこだ。
ブチッ
「お母さん、僕の優しさを返して」
「らめぇ、絶対返さない!」
「ふん、とっとと縁を切られてしまえ、バカ娘」
鉄郎の甘さに呆れながら悪態をつく春子、自分の娘がなぜこんな風に育ってしまったのだろうと首を傾げる、ヤキが足んなかったのだろうか。
慌ただしい朝食を終え、東京に戻る夏子を見送るために皆で玄関先に出てくる鉄郎達。
相変わらずバリバリとうるさいバイクだ、ご近所さんに本当に申し訳ない。
「それじゃ、鉄君またねぇ〜。お母さんす〜ぐに戻ってくるからね!」
鉄郎に強引に抱きつき頬にキスマークを付けた後、スピンターンからフロントタイヤをリフトさせ、とんでもないスピードで遠ざかっていく。安全運転ってなんだっけ?
桃色暴風雨の夏子が過ぎ去った冬の空はとても澄んでいて、朝日と排気ガスが目にしみる。
ちょっと大人になった気分がした鉄郎だった。
「さて、学校に行くか。・・ん」
鉄郎が何かに気づいたように背後の門を振り返る。
「どうしたの、鉄君」
「いや、誰かに見られてるような気がしたんだけど、気のせいかな」
麗華が鋭い目つきで素早く辺りを見渡すが、これと言って異常は見当たらなかった為、家の中に戻ることにした。
この時、門の外まで見に行っていればと後に麗華は思うことになる。
「フフフフフフフフフ、見い〜つけたぁ〜っ」
武田邸近く、温泉街の湯煙に紛れて一人の人影が山間に去って行く。その口元は三日月の様に開かれていた。
「はぁ、はぁ、鉄郎君。何かあったらお姉ちゃんに言うんですよ。お姉ちゃんがいつだって鉄郎君を守ってあげますからね」
「どうしてこうなった?」
教室に着いた鉄郎は朝だというのに、すでに疲れた表情を見せる。
茶道部の三国が息荒く満面の笑みで鞄を鉄郎に渡してくる。ちと怖い。
なぜか今日から鞄係の生徒に感謝のハグをする事になっていたのだ、朝から色々(エロエロ)と有った鉄郎は女性に対して臆病になっていたこともあり、オドオドと抱きつくが、その態度がなぜか彼女の琴線に触れたらしく「ふぉーー!!!」と大きな奇声を上げられた。
ちなみに三国はその時の心境を「恥じらいながら、抱きついて来る鉄君最高!なんか保護欲に目覚めた!!きっと前世で鉄君は私の弟だったんだよー!」と熱く語る、彼女に弟が居たなら重度のブラコンになった可能性が非常に高い。
クラスの女子達のブーイングに送られ教室を去る彼女だが、その顔は非常に満足げであった。
昼休みに入っていつもならお弁当を食べる鉄郎だが、今日はお弁当を作る気力までは無かったため学食に行こうとする。
そこで誰よりも先んじて声をかけるのはやっぱりこの人、担任教師住之江真澄である。咄嗟に教壇の下に自分のお弁当を仕舞いこむ動作は、海千山千を乗り越えた大人の強さを感じる、だがソースと青のりの臭いはごまかせていなかった。今日はお好み焼きか!
「鉄君、今日は学食なん?」
「えぇ、今日は色々あってお弁当まで作る時間がなくて」
「鉄君なんか有った? 今日は朝から元気無かったで、先生で良かったら相談にのるさかいなんでも言ってや」
落ち込んでるのに気付かれた。この人やっぱり教師だな、ちゃんと見ててくれてるんだ。この際、真澄先生になら相談してみてもいいかな。
「真澄先生……。ちょっと相談いいですか?」
フィーッシュ!!!住之江の頭の中にクロマグロを釣り上げた映像が浮かぶ、大物ゲットだぜ!鉄郎に見えない所で密かに拳を握る。
おそらくこの学院でも1、2を争う相談してはいけない人物だろうに、鉄郎はその事に気付くことはなかった、なんだかんだ言ってこの教師の気安さは気に入っていたのかもしれない、彼の中では意外と良い人認定されていたのである。
実際、鉄郎が絡んでなければ優秀な教師ではあるのだが。
「わかった、お昼食べながら相談にのろか?それでええ」
「あ、でも真澄先生、お弁当は?」
「ああ、あれはおやつ代わりやから大丈夫、それより鉄君の相談のほうがよっぽど大事や!」
ジ〜ン
「ありがとうございます、真澄先生」
「ほな、行こか」
教室から二人で出て行こうとするが入口で思い出したように、住之江が教室の中に振り返る。
一斉に女生徒達がピタッと止まる、「だるまさんがこ〜ろんだ」状態である。
「おのれら、4時限目は自習や!!各自で勉強しとけ!」
「なっ!先生それは!」
「先生ずる〜い」
ザワつく教室に、鉄郎も慌てる。そんなに時間を割いてもらえるとは思わなかったのだ。
「じゃかぁしぃ!カウンセリングも教師の役目じゃ、邪魔すんなドアホ!」
住之江のいつにない真剣な目と迫力に教室も静まり返る。
住之江としても生徒達にゾロゾロと付いてこられては邪魔なので釘を刺す、まだザワつく教室を後に今度こそ二人は学食に向かう。
「えっ、うそ。鉄君!」
「今日はお弁当じゃないの?」
「私、今日は鉄郎君と同じメニューにしよ♡」
「なんで住之江先生と。会長に報告しなきゃ」
母子家庭の多いこの時代、この学院も学食を利用する者は大勢いる。ちなみに一番人気はカレーライス300円だ。
いつも賑やかな学食だが、今日は違う意味で騒がしい。この学院公式の王子様である鉄郎が珍しく学食に現れたのだから、それも住之江と二人で。受付けカウンターの鉄郎に食堂中の女生徒が注目している。
視線のレーザービームが二人に集中し、スマホのシャッター音があちこちから聞こえてくる。
「おばちゃん、山菜そば一つください」
「おやおや、鉄郎ちゃんが学食なんて久しぶりだね。もっとここにも顔を出しておくれよ。おばちゃん寂しいわ」
学食のおばちゃんが人の良い笑みを見せながら丼を用意する。久しぶりの男子生徒におばちゃんもまんざらでもない。
「おばちゃん、ウチはきつねうどん」
「あら、住之江先生まで。珍しい組み合わせだね、なんか有ったのかい。それにしても鉄郎ちゃん、お昼はちゃんと食べなきゃ駄目だよ、若い男がお昼にお蕎麦一杯なんて、エビ天おまけしとくからお食べ」
「わー、ありがとうございます」
「ふふ、その笑顔だけでこっちがおつり出さなきゃなんないね」
住之江が自分の頼んだきつねうどんを見ながら、ニコニコと期待の目を学食のおばちゃんに向ける。呆れ顔のおばちゃんだったが根負けしたのか匙で丼にザラザラと放り込む。
「ウチのは天カスかい!関東のたぬきやん」
「先生の笑顔じゃ、それが精一杯さね。さぁ、行った行った冷めちまうよ」
「もおええわ、いけず」
「関東のたぬき?ってなんです」
「ああ、大阪にはたぬきうどんってないねん、天カスがのったうどんはハイカラや」
「へー、こっちじゃ普通にたぬきうどんですけどね」
鉄郎と二人で丼を持って、隅っこの教員用スペースに腰掛ける。学生用スペースとの間に観葉植物が置かれ区切りとされているスペースだ、生徒は入ってこない為、相談するには問題ないだろう。
鉄郎は七味をカシャカシャと多めに振りかけ蕎麦をすすり始める、意外と辛い物好きらしい。住之江の方はアチアチとなかなか食べられないでいる、こっちは猫舌のようだ。
二人の麺をすする音が妙に静かな食堂に響く。
蕎麦とうどんでは食べ終わるのに時間はさしてかからなかった、ごちそうさまと手を合わせればさっそくとばかりに住之江が話しを切り出す。
「で、鉄君の悩みってなんなん?」
キョロキョロと周りに誰もいないのを確認しながら鉄郎が話し出す。
「実は、色々ありまして。今ちょっと女性不振といいますか、女の人が少し怖いなぁって思っちゃてて。すいません、女性の真澄先生にこんな話し」
「……全然問題ないよ! そっかぁ、確かにこの学院の生徒の鉄君を見る目はちょっとなぁとウチも思ってててん。(おまえが言うな!)」
「そら、年頃の男の子が一人しかおらんのやから鉄君も心細いやろ。かんにんな」
タユンと胸を机に乗せて手を合わせて頭を下げる住之江、しかし下げた頭の下にはニタァ〜とゲスい笑みが溢れていた。
「そんな、真澄先生。頭を上げて下さい。僕が弱いのがいけないんですから。それにこうなった原因は主に僕の母というか」
少しアタフタしながら弁明する少年に、初々しさを感じた住之江がこの時ばかりは素直に笑顔になる。
「鉄君はホンマにええ子やねぇ、先生めっちゃ嬉しいわ」
優しげな笑みで見つめられた鉄郎が顔を赤くして「せ、先生も良い人ですね」と小さく呟く。
母夏子があんなおかげで、住之江の優しい態度にコロッと騙される鉄郎。所謂チョロインである、君の将来がとても心配になる。
(うぉおおお!今日のウチ神がかってる!鉄君の好感度上げまくってるやん、ごめんね鉄君、大人の女はズルいものなの、今後悪い女に騙せされないようにお姉さんが色々教えてア・ゲ・ル。)鉄郎を前に必死に顔がニヤけるのを我慢する住之江だが、大人の女はこう言う時、自分の腿をつねって耐えたりしない。結構赤くなってるけど大丈夫か?
「う〜ん、せやけど鉄君の悩みを解決するにはもうコレしかないな」
「コレ?」
「鉄君。先生とデートをしよう!」
「ええぇ!デート!!」
「せや、こう言うことは考えるより慣れろや。まずは女性に慣れることから始めよ、先生にまかしとき。鉄君の女性恐怖症うちが直したる」
「で、でも良いんですか僕なんかの為に先生がそこまで」
「なに言うとるん、鉄君の為やったら先生なんでもするって言うたやんか」
「ありがとうございます!真澄先生」
やっぱり先生に相談して良かった。こんなに真剣に僕のことを考えてくれるなんて、なんて良い人なんだ。素直に感激してしまった鉄郎がひしっと住之江の手を握りながらお礼を言う、優しく微笑み返す住之江だったが、机の下では住之江が自分の足を思い切り踏んづけてニヤけるのを防いでいた。ここでしくじるわけにはいかないので必死である。
「よっしゃ、善は急げや!さっそく明日やってみよか。朝、鉄君の家に迎えに行くってことでええかな?」
「あ、はい。よろしくお願いします」ペコリ
こうして二人はデートする事が決定してしまった。あまりにスムーズにデートへの誘導に成功し、天にも昇る気持ちの住之江だったが、一つ大事なことを忘れている。まぁ、明日になればすぐにわかることだろう。
結局4時限目の途中まで話し込んだ鉄郎達だが、生徒達が居なくなった食堂の隅に1台のスマホがチカチカと点滅していた。
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