第8話 ギラギラ
無事、李姉ちゃんに迎えに来てもらって、自宅に戻る。それにしても今日は学校の皆んなの目がギラギラしてて怖かった。
「ただいまー」
居間の襖を開けると、刀を持って仁王立ちしてる祖母春子と、その前で正座させらている夏子がいた。何事?
「おぉ、鉄おかえり」
「鉄くぅ〜ん。お母さんは悪くないのよ、でもつい雰囲気で…」
「婆ちゃん、どうしたの?」
「このバカが、あんたの部屋でナニしてやがったのさ」
「ナニ??」
「鉄は知らなくていいことだよ。まったく」
「李姉ちゃん、ナニってナニ?」
「えっ!なんだろうね、お姉ちゃんわかんな〜い。ははは」
あからさまに顔を背け目が泳いでる麗華。ぶつぶつと小声で呟いている。「えっ、私の時は……。バレて……」なんのこと?
午後11:00 武田邸、春子の部屋に夏子が訪れた。
「ババア、私の脇差。それと麗華も借りてくわよ」
「ほれ、脇差でいいのかい」
正座したまま用意していた正宗の脇差を夏子に放り投げる。パシッと受けとると、刀身に曇り一つ無く映る自分を確認して冷たい笑みを浮かべる。
「こっちの方が小回り効くしね。今回はだだのヤクザだからこれで十分よ」
2日前に隣のG県のヤクザ組織が鉄郎を誘拐する計画を立てていると情報が入った。
貴重な日本人男性、しかも政府の保護が無い男性特区外に住んでいる鉄郎は昔から度々狙われる事が有った、ひどい時にはどこぞの軍の特殊部隊に襲われることもあった為、鉄郎の周りではかなりしっかりした情報網が作られている。
今回情報網に引っかかったのは比較的小規模なヤクザ組織だった為、政府軍を動かさず、夏子が直接乗り込んできたのだ。
「国道沿いのホテルに、実行部隊が泊まってるらしいから麗華と行って潰してくるわ」
「根っこのほうはどうするんだい」
「そっちは部下が手配してるから、今夜中に全部片付けるわよ」
「そうかい、まぁ、気付けて行っといで」
「は〜い」
まるで遠足にでも行くような気楽な雰囲気の夏子に、怪訝な表情を浮かべる春子だったが、夏子と麗華ならまぁ大丈夫かと割り切ることにした。実際、過剰戦力だったのだから。
郊外にある、少し大きめのホテルのロビーに白衣の夏子とチャイナドレスの麗華が入ってくる、フロントで夏子が身分証をみせると受付嬢が慌ててカードキーを手渡してきた。
「502と503か、麗華は503ね。聞きたいことも有るからちゃんと生かしとくのよ」
「うわ〜、手加減めんどくさいな。生きてればいい?」
長い黒髪を揺らしながら気怠い表情になる麗華だったが、目には十分な殺意が込められていた。
「まかせるわ、それじゃあまた後で〜」
エレベーターを降りてそれぞれの部屋の前に立つ夏子と麗華、碌に訓練も受けていないヤクザ相手に遅れをとる二人ではない、ここからは一方的な蹂躙劇の始まりだ。
カードキーを使って音も少なに部屋に入ると素早く人数を確認する、5人のヤクザが机に地図を広げて話し込んでいる、大方誘拐の段取りでも決めているのだろう。
逃がさないように入り口のチェーンロックをそっと掛けた後にヤクザの皆さんに声を掛ける。
「は〜い、こんばんわ〜」
ガタガタッ
突然現れた白衣の美女に動揺するヤクザ達、まだ頭が状況を理解出来ないのか彼女達からはありきたりのセリフしか出でこない。
「なんだ、てめぇは」
「貴女達が誘拐しようとしている男の子の母親ですが、何か?」
「なっ!!」
咄嗟に武器を手にしようとするが、反応が遅い。
白衣で隠れていた脇差が神速で抜かれ、一瞬で近くにいた四人の手足を砕く、これが峰打じゃなかったら、四人分の手足がその場に転がっていたことだろう。
残った一人は床にへたり込んでガタガタと震えながら銃を夏子に向かって構えている、体格のいい娘だったが仲間が一瞬で倒され、すでに戦意は失っている。
「撃ってもいいけど、この白衣防弾よ」
「ば、化け物!!」
「けっ、うちの婆さんの方がよっぽど化け物だっつうの」ヒュッ
夏子が無造作に振った刀がガタガタと震える娘の小指を切り落とす、返す刀が娘の眼球すれすれでピタッと止められる。
「私の鉄君に手出す奴は、どうなるか分かってもらえたかな〜」
狂気を帯びた瞳でじっと見つめられ、ヤクザ娘は失禁しながら何度も首を縦に振るしかなかった。
最後は夏子の前蹴りで壁まで吹っ飛ばされる、もうどっちがヤクザかわからない仕草だった。
「ったく、手間掛けさすんじゃねぇよ!」
ドシン!!!!
刀を鞘に収めると隣の部屋から地響きのような音が聞こえて来る。
「あっ、麗華の方も終わったかな。あいつ殺してねぇだろうな」
この日G県にある中堅暴力団組織が壊滅した、翌朝の報道では暴力団組織の抗争で13名の重傷者が出た事だけが報じられた。
午前06:00 武田邸、鉄郎の部屋。
男性の少ないこの世界では、15歳以上の男子には人口受精の為の、精液の提出が政府によって義務づけられている。当然鉄郎にもその制度は適用される、通常だと病院などの施設で行われるのだが、母夏子が医療部門の所長を務めているのが鉄郎には災いした。
「ちょ、お母さん。ちゃんと自分で出すから!!」
「駄目よ、なにか問題があったらこまるでしょ、大丈夫お母さんお医者さんだから!」
「問題大有りだよ!どこの家庭で母親の前で出す男がいるっていうの」
「よそはよそ、うちはうちでしょ、それにこれは医者としての大事な使命なのよ、お願いわかって鉄君」
はぁ、はぁと息荒く躙り寄る夏子に、どん引きの鉄郎。
鉄郎だって男子として義務であることはわかっている、しかし実の母に採精されるのは15歳の少年にはハードルが高かった。
なまじ夏子が美人というのも恥ずかしさを助長する。
「鉄君のサンプルは本当に貴重なのよ、それこそ研究所の金庫で100年は厳重に保存される事になるわ」
「そんな恥ずかしい情報いらないよ!プイッ」
夏子を前に視線を外したのはまずかった、一瞬の隙をついて夏子の大好きホールドが鉄郎に炸裂する。
「つ・か・ま・え・た〜!」
「みぎゃ〜〜!!」
・
・
・
「う〜っ、もうお婿に行けない……」
キラキラ光る金属製のサンプルケースを大事そうに抱える夏子と、部屋の隅でシクシクと体育座りの鉄郎。
鉄郎のライフはすでにゼロだ、これでグレたとしても誰も文句は言えまい。
「これで安心して東京に戻れるわね。鉄君が立派に育ってくれててお母さんと〜っても嬉しい!!」
鉄郎が無言で足元にあった雑誌を夏子に投げつけるも、軽く避ける夏子。
だが避けた夏子を突然衝撃が襲う、「うげっ」と身体がくの字に曲り、宙に浮くほどのボディブローにそのまま床に崩れ落ちる。
「実の息子にナニしてんだい! このバカ娘!!」
70過ぎとは思えない強烈なボディブローを放った祖母春子が、床にうずくまった夏子の頭を踏みつけ止めを刺す。
「ば、ばあちゃ〜〜ん」
「おお、よしよし。怖かったね。もう大丈夫だよ」
春子に付き添われて部屋を出て行く、春子が居なかったら鉄郎は本当にグレていたかも知れない。
頑張れ鉄郎、まだ一線は超えていない。どこに線が引かれるかは個人によってとても曖昧だが。
尚、廊下には麗華もお腹を抱えてうずくまっていた。あんたも何してた?
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