第5話 初体験
武田鉄郎はおばあちゃん子である。
彼が生まれた時には父親は政府の管轄下におかれ大阪の特区に隔離されて居なかった、母親も政府の医療機関で働いており家を空ける事が多かった。
そんな鉄郎の面倒を見てきたのは、今年72歳になる祖母の春子である。
まだ男性が普通に存在した時代の生き残りで、軍に在籍していた春子はとにかく古い考えの持ち主だった。男子はこう有るべきと加藤事変前の常識でもって鉄郎を育てた。
女子には優しく、男は強くあれ。
現在の政府の管理下にある男性と違い武術も叩き込んだし、家事も当たり前にやらせた、そのおかげで鉄郎は祖母仕込みの剣術も李麗華直伝の拳法もかなりのレベルで習得している。
しかし大勢でやるスポーツは、やらせてもらえなかった事もあり経験がなかった。
色々言ったが、ようするにルールを知らなかった。
「鉄君!待っとたよー! HRぶりやね」
体育館で待っていたのは案の定、バレー部顧問でもある住之江だった。
鉄郎に抱きつかんばかりに駆け寄ってきたが、藤堂リカと平山智加の生徒会コンビがさっと前に出てブロックする。
「真澄先生、ごくろうさまです。今日はバレー部の練習にお邪魔しますね」
「うんうん、鉄君はほんまええ子やね。アメちゃんいる?」
「アメちゃん? なに味があるんですか?」
「へ……ええとちょっと待ってな。小梅ちゃんと黒アメとハッカのドロップ」
横で藤堂が「うわっ、ババくさ」と小声で呟く。
住之江としても鉄郎が本当に興味を示すとは思ってなかったのか品添えがちょっと悪かった、それにここは大阪ではない、なぜ大阪のおばちゃんはアメを持ち歩くのか?
「じゃあ、小梅ちゃんもらおうかな。僕大好きなんですよ小梅ちゃん」
「……うち、小梅ちゃんに改名しようかな」
のぼせあがった女教師住之江が、調子に乗ってあ〜んと鉄郎の唇に向けてアメを持って手を伸ばすその瞬間、住之江の頭を後ろから大きな手が掴む。
「先生! 時間がもったいないです。いい加減にしてください!」
「ちょ、痛い痛い。潰れる、頭の形変わってまう〜」
ギリギリと住之江の頭を掴んだまま、体格のいい女生徒が鉄郎に声をかけてくる。バレー部のキャプテン3年C組の丸亀エヴァだ。180cmの長身と、短く揃えた赤みのかかった髪、ブラウンのキリッとした瞳をしている、アメリカ人の遺伝子が入った娘である、女性とは思えない握力60kgと女性にしか見えないEの胸をお持ちだ。
「鉄郎君、うちのボンクラ顧問が失礼した。今日は鉄郎君を交えて練習試合をしようと思うがよろしいでしょうか」
「大きい……」
鉄郎自体背が低いわけではないが、180cmのエヴァが目の前に立つと嫌が応にも二つの大きな丘が目に飛び込んでくる。ストレートに言うとおっぱいだ、ふむ、大きい。
「え、大きい(身長)女は駄目ですか?」
「いえ、全然OKです! むしろとても魅力的です。さあ、さあ、早く練習試合やりましょう」
曇った顔から一転ぱぁ〜と明るい顔になるエヴァ、その時つい力が入ってしまい掴んだままだった住之江の意識が落ちる、握力60kgは伊達ではない。
ダラ〜ンと動かなくなった住之江は藤堂と平山が用具室に放り込んだ。藤堂が他の部員達のサムズアップに笑顔で応える。
グッジョブだ。
「さぁ! 皆んな早く用意して!」
キャプテンであるエヴァの号令で一斉にコートに集まる部員達、軍隊のような素早い行動に鉄郎も素直に感心する。
実際はお預けくらってたワンコが餌に駈けよっているだけのことだが。
バレーボールは何人でやるかと言えば6人対6人が一般的だろう、だが今コートの中にいるのはバレー部総勢14名、鉄郎のいる側のコートにはなぜか11名の女生徒がひしめき合っていた、人口密度が高く非常に狭い。
バレー部はボンクラ教師住之江の影響なのか、意外と積極的なようである、女子高生は色々興味しんしんのお年頃なのだ。
「あれ? バレーってこんなに大勢でやるんだっけ? 狭くない」
「ああ、男子が入る時は特別ルールが適用されるんですよ(ウソ)」
「そうなんだ、僕小学校も中学校も体育の授業受けれなかったから知らなかったよ(本当)」
「あ、後、1ポイント入ったらハイタッチで、スパイクが決まったらハグするのが決まりです(ウソ)」
「ふ〜ん。そんなことするんだ。わかった!」
(((よっしゃーーーーーーっ、グッジョブ!!!)))
俄然盛り上がるバレー部員。鉄郎の後ろで臭いを嗅いでいた娘なんか、早くも興奮度MAXだ。
「そ〜れ!」ポム
鉄郎が来る前に行われたくじ引きで負けていたエヴァが、うらめしそうに相手コートから下打ちでひょっろとした接待サーブを放つ。
パン、トン
「鉄郎君、スパイク!」
バレー部らしい綺麗なトスが鉄郎の頭上に上げられる。
「え、え、引っ叩けばいいんだっけ。よっと!」タンッ
軽く床を蹴ると、鉄郎が高く舞い上がる、身体能力にまかせてボールを引っ叩けばボールは綺麗に相手コートに吸い込まれる。本職のバレー部員達も目を見張る見事なスパイクだった。
「わわっ、凄い高い!」
「きれー。男子って運動出来るんだ。初めてみた!」
「あっ、スパイク決まったらハグするんだっけ」
初めてのバレーと言うことでテンションが上がっていた鉄郎も良くなかった。
とりあえず鉄郎は隣にいた3年のバレー部員にハグを敢行する。
そこからは酷かった、ある程度の覚悟と想像はしていたのだがその破壊力が想像していたものと桁違いだったのだ。
「うくっ」
「うきゃ!」
「ふあぁ〜」
奇声を発し立ったまま気を失っていく部員達、ニコニコと律儀にハグを続ける鉄郎、決して悪気はない。コート内にいる部員全員にハグをし終え、やり切った感溢れる鉄郎だが、周りを見渡せばピクリとも動かない彫像が11体、もはや試合どころではない。
「あれ?」
「試合終了ですわ。勝者武田鉄郎さん!」
拳に爪が食い込む程にコートを見つめていた藤堂リカが試合終了を告げてくる。
これ絶対バレーじゃないなと思いつつ平山と大村も羨ましそうに見ていた。
各部の割当時間は生徒会の介入は禁止されているのだ。
「アレ?」
訳が分からず、相手コートを見れば丸亀エヴァがガックリと膝をついている。
「くっ、この後コートチェンジの予定だったのに」
わずか1プレーで試合続行不可能、バレー部の作戦負けである。いや勝ったのか?
鉄郎達が去った後に意識を取り戻した部員達は口を揃えて言う。
「「「「やばい! 死ぬかと思った!」」」
バレー部の次に訪問したバスケットボール部ではフルーツバスケットを行った、鉄郎はバナナさんチームになった。アレ、バスケ?
その日の夜、武田邸、夕食時。
居間のちゃぶ台の上に、ブリの塩焼き、里芋と鶏肉の煮物、白菜の浅漬けにみそ汁が置かれ、祖母春子と鉄郎、李麗華の3人が机を囲んでいる。
年々、腕を上げている孫の手料理に自然と春子の顔もほころぶ、麗華の横には空になったビールの大瓶がすでに数本並んでいる。
「婆ちゃん、今日学院でバレーボールやったよ」
「ほぅ、鉄、あんたバレーなんて出来たのかい?」
「うん、バレー部の人達にルール教えてもらった。スパイクだって1回決めたんだよ!」
「凄いじゃないか、それで勝てたのかい」
「良く分かんないけど勝った」
「ならば良し、男ってもんは勝負には勝たないとね。女の子に負けんじゃないよ」
「春さ〜ん、私が鍛えた鉄君が負ける訳な〜いじゃん。ねぇ〜鉄君。もう一本ビール飲んでいい。いいよね?」
「李お姉ちゃんちょっと飲み過ぎ。身体に悪いよ」
「お姉ちゃんは悪くないよ、そもそも鉄君の料理とビールが美味しいのが悪いんだよ〜」
料理を褒められてまんざらでもなかった鉄郎だったが、春子の70過ぎとは思えない鋭い眼光が、鉄郎に絡む麗華に向けられる。
「麗華もそれ位にしておきな、そう言えば鉄、夏子の奴から明日帰って来るって電話があったよ」
「へっ、母さんが」
50年前の加藤事変で大事な人を亡くし失意のどん底にいた春子だが、持ち前の武術を見込まれ世界復旧組織の軍に在籍して幹部となった。
その組織で一人の日本人男性と知り合い鉄郎の母である夏子が生まれた、当時の状況を考えれば奇跡的な出会いと言える。
奇跡はそこで終わらない、新世界政府の医療機関に勤めた娘、夏子は治療を担当していた日本人男性の子を妊娠した、しかも男の子である、ここまで来るともう出来過ぎである。
居る所には、結構な数が居る男性ではあるが、全ての女性が気軽に出会える環境に有る訳でない、そう言う点では武田家は非常に恵まれていると言える。だが、夏子の夫となった男性が大阪の男性特区に隔離される、組織内のやっかみも有ったのだろう、そうして夏子の手には我が子である鉄郎だけが残された。
人口受精と自然妊娠の違いはあれど、こういった母子家庭が世界には溢れている。そして夫と無理やり引き離された女性は我が子を溺愛する傾向が強い、それが男子となればなおさらである。
その例に漏れず夏子も鉄郎を溺愛し、まだ物心つく前の鉄郎に湯水のように金と愛情を使おうとした、それはもう病的なまでに。
そこで鉄郎にとっては幸いだったのは、軍を退役した祖母春子の家で鉄郎を育てる事を政府が許可したので、母夏子とは一定の距離を置く事が出来た事だ。
その夏子が1月ぶりに帰ってくる。
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