第4話 放課後

キ〜ン、コン、カランコロ〜ン


終業のチャイムと共に、鞄にノートと筆箱を仕舞う。席を立ち上がり後ろを振り向くと、教室中の女生徒と目が合う。

少しビクッとしながらも笑顔で帰りの挨拶を交わす。この間、クラスメイトは全員が立ち上がって鉄郎に注目している。怖っ!


「じゃあ、皆さんまた明日。気をつけて帰ってくださいね」


「「「「「また、明日! 鉄郎君もお気をつけて!」」」」


うむ、どうにも慣れないな。なんで僕が出て行くまで全員で見送りするんだろう。


「はは、ではまた明日」


「「「「はいっ!!絶対にまた明日!!」」」」


ちなみに挨拶に「さようなら」は使えない。一度そう言った時「そんな悲しくなる言葉を使わないで〜」と泣き出す生徒が居たのだ。

それ以来、帰りの挨拶は「また、明日」となった。李姉ちゃんにその事を話したら、「うんうん分かるなぁ〜その気持ち」と頷いていた。

なんじゃそれ!と鉄郎は叫んだ。





鉄郎が教室を出て行くと、1年A組の教室に一斉にため息が木霊こだまする。


「あぁあ〜っ、今日という日が終わってしまった〜! もうなんもやる気がしな〜い」


「皆さんしっかり、また明日の朝には鉄郎君に会えますわ。それまで家で勉強頑張りましょう!」


毎日放課後に襲ってくる鉄郎ロスによる倦怠感、しかし成績を落とすと違うクラスに移動させられるので彼女達も必死だ。

なにせ授業中は鉄郎をガン見していて授業なんかろくに聞いてないのだから。

ちゃんと先生の話を聞きなさい!




鉄郎が廊下に出ると一人の女生徒が立っている、赤のブレザーに黄色のリボン、1年B組 大村花江おおむらはなえ、生徒会の書記である。

短めの癖っ毛で縁の太い眼鏡をかけている、ちなみに貧乳だ。


「て、鉄郎様。お迎えに上がりました。ささ、お鞄をお持ちします」


「いや、同級生で様付けはやめようね。あと、鞄はどうしても渡さないと駄目?」


「は、はい! 規則ですから!」


「その規則作った人呼んできて、説教するから」


「えっ、全校集会で決まったんですけど?」


……大村の返答に軽く頭痛を覚えて顔に手を当てるが、すぐに気持ちを切り替える。鉄郎は自分で思ってるより流されやすいタイプなのだ。


「じゃあ、花ちゃん。お願いね」


諦めて、鞄を花江に手渡すが、今度は花江がわたわたと慌て出した。


「うわ、うわ、鉄郎様に花ちゃんって呼ばれてしまった。ど、どうしましょう、嬉しくてオシッコもれそう!」


「こらこら、漏らしちゃ駄目だよ。会長待ってるから早く行こ」


小柄な花江の頭をポンポンと叩き、先を促す。


「うきゅ〜〜〜〜〜っ」


「わ〜っ、花ちゃ-んしっかり!!」


鉄郎に頭ポンポンされ、気を失う花江。にへぇ〜とだらし無い顔で幸せそうにしているが、その顔は男子の前ではしないほうがいい、ちょっと引く。


「も〜う、第3世代の女の子は男子に免疫なさ過ぎでしょ〜」



加藤事変から50年。

突然、愛する夫を失った第1世代。

悲しみを乗り越え生まれた第2世代。

最初から男が居ない世界の第3世代。

確かに最近の若い女性は、母子家庭で育つ子がほとんどで男性への免疫がまるで無い、鉄郎もおっかなびっくりで接するしかなかった。なにせ女生徒達にとっては想像や映像でしかなかった男性だ、どう接していいかまるでわからない、しかし実際に話をしたり、触ってもらった時の幸福感は今までの人生で経験したことが無いものだった、お互い結構苦労の連続なのだ。




ガラッ


「ずびばせん。おぐれまじた」


あの後鼻血まで出した花江を連れて、ようやく南棟にある生徒会室にたどり着く。

鼻にテッシュを詰めた花江が扉を開けると窓の外を向いていた藤堂リカが、振り向きざまに言い放った。


「遅いですわ!!」


「わっ、ごめんね。藤堂会長を待たせちゃった」


「へっ、いや、今のは鉄郎さんに言ったわけでわありませんわ〜。鉄郎さんが待てとおっしゃるなら私、朝までだって待ちますわ!」


「いや、僕そんなひどい事しないよ」


花江の声で反応してしまったが、鉄郎も一緒に入って来たせいでリカが慌てて訂正してくる。リカはごまかすように時計を見る。



「ゴホン!で、では8分遅れですが、行きましょう」


「今日はどこの部に行くの?」


「今日はバレー部とバスケットボール部ですわ。でもバレー部は8分削ります、ご安心を」


「うわっ!バレー部、可愛そ」


副会長の平山が同情の声をあげた。


「問題ありませんわ。バレー部の顧問は住之江先生ですもの、これくらいで文句は言わせませんわ。では、行きましょうか」



新世界政府の特別な許可でこの学院に通ってる鉄郎には、様々な義務が課せられている。

なるべく多くの女生徒と交流を持つ事はもっとも重要で、その一環として各部活動の慰安訪問が行なわれているのだ。

鉄郎としては普通に部活動としてサッカーなんかしてみたかったのだが、当然ながら許可は出なかった。

学校生活のテストモデルとして通ってるので、特定の部にだけ所属というわけにはいかなかったのだ。




日が傾きかけた廊下を藤堂会長を先頭に、その後ろから鉄郎と副会長の平山智加、書記の大村花江がテトテトと体育館に向かって歩く。外は落ち葉が風に舞っていて、とても寒そうだ。


「あ、そうだ。平山先輩。今朝、手袋落したでしょ。ハイこれ」


ごそごそとズボンのポケットからピンクの手袋を取り出し、智加に手渡す。今朝の新聞配達で落としたのだろうと思って持って来ていたのだ。


「あ、ありがとう鉄郎君! この手袋は家宝にするね!」


「うん、ウニクロだよねその手袋」


「今この瞬間、この手袋にはそれだけの価値がついたんだよ!」



落し物を渡しただけで、ニマニマと鉄郎が引くぐらい上機嫌の智加。


「うひゃ〜、鉄郎君が1日中ポケットに入れていた手袋だぁ!まだあったかいよ〜、やばい保存用ビニール袋あったけ、盗まれないようにしないと。えへへ」


平山智加も決して意図して落としたわけではなかったが、新聞を渡す時に脱いだのが功を奏した、今朝の自分グッジョブと褒める始末だ。


対して2人の会話に激聞き耳を立てていたリカと花江は、今夜ウニクロに手袋を買いに行くことを固く決意する。


それより早く体育館に行ってあげて、皆んな待ってる。

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