第2話 学院の朝
周囲を山に囲まれた盆地にその街はあった、その街の唯一の高校で有る私立九星学院、かつては大型の共学校だったが、加藤事変後は生徒数の減少と男子生徒の激減で今や女子校と言っていい状態だった。とは言っても日本全国どこの学校でも同じ様なものだが。今、日本に男子高校生はわずか100名しかいないのだから当然の結果だろう。
そして今年の4月、この学園は5年ぶりに一人の男子生徒を迎える。武田鉄郎である。
この奇跡のような巡り合わせに学院の女生徒達は歓喜した、彼が卒業してしまった中学校の新入生や今年卒業した学院の生徒は、後1年ズレていればと血の涙を流した。中には留年までしようとする女生徒も居たが国からの命令で半強制的に卒業させられた。
鉄郎が入学して7ヶ月、最初のうちは動物園のパンダのように遠巻きな扱いを受けていたが、一月もすれば鉄郎の人柄も徐々にわかってきて王子様扱いへと変化する。
1台の装甲車が学院の校門を過ぎて、送迎用のロータリーで停車する。
黒のチャイナドレスを纏った李麗華が運転席から降りると、周囲を確認してから助手席のドアを開けた。
「いつもありがとう、李お姉ちゃん」
護衛役の李麗華に笑顔でお礼を言いながら車から降りると、全校生徒450名の女生徒が左右に並び立ち鉄郎を出迎える。
圧巻の光景である。
「皆さん、おはようございます」
「「「「「「おはようございます!!!!鉄郎くん!!!!」」」」」
全校生徒によるお出迎え、この学院でもう半年も続いている朝の風物詩である。
「おはようございます、鉄郎さん。ささっ、鞄をお持ちしますわ」
一人前に出てきた女生徒が、鉄郎に近づき手を差し出す。
「あ、藤堂会長、おはようございます」
藤堂リカ、17歳。150cmと小柄ながらフランス人の血を引くハーフで、腰まで伸びる見事な金髪をしている、非常に整った顔立ちに大きな青い瞳をしており、フランス人形を連想させる美少女だ、生徒会役員にのみ許された赤のブレザーを着る、九星学院の第83代生徒会長である。
「いや、鞄くらい自分で持ちますから」
「そ、そんな〜。今日はやーっと巡って来た、私の鞄当番の日ですのに〜」
鉄郎が断ろうとするとこの世の終わりとばかりに落胆する藤堂リカ、懇願の眼差しで鉄郎を見つめてくる。
「そんな事を当番制にするの、やめてくれません」
そう言いながらも、もう半年も続けられている事なので、渋々ながら鞄をリカに手渡す。最初は断っていたのだが、全校生徒の期待を込めたプレッシャーに屈した鉄郎だった。
鉄郎にとって鞄を持つことは、男性の役目と祖母に教えらて育ってきたので罪悪感で居心地が悪い。
「ふふ、この鞄の重さ、鉄郎君の役に立ってる実感がわきますわ」
教室に向かう鉄郎と、鞄を大事に抱え満面の笑みの藤堂リカ、その後ろからゾロゾロと付いて行く女生徒達、男子生徒がいる学校ではよく目にする光景である、そのせいで増長してしまう男子生徒も多い。
「う〜っ、こんな事してるって婆ちゃんにばれたら殺されそう」
1年A組の教室につくと、1番前の真ん中の席に腰を下ろす。クラスのどこからでも彼を見ることが出来るようにと、この席が鉄郎の定位置となっている。尚、彼以外の席は週1回の席替えが行われ、毎週月曜日のHRの時間は教室がバトル会場になる。
「では、鉄郎さん。お鞄をどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございました」
教室まで付いて来たリカに鞄を手渡されるが、リカが中々手を離そうとしない。苦笑いを浮かべ首を傾げる鉄郎だが、周りの女生徒からチッと舌打ちが聞こえる。
「名残り惜しいですが、これでしばしのお別れです。どうか私のことを忘れないでくださいまし」
「いや、忘れるもなにも放課後また会うじゃないですか」
「で、でも……」
スパーーーン!!
鉄郎の前から動こうとしないリカだったが、彼女の脳天に出席簿による衝撃が打ち込まれる。
「むぎゃ!!」
「コラ!生徒会長ともあろう者が規律を乱すなや。役目が終わったら、とっとと自分の教室に戻らんかい!」
リカの後ろには、長身の女性が仁王立ちしていた。
「ちょ、住之江先生。いきなり何なさいますの!」
「おのれが、いつまでも鉄君の前から動こうとしないからやろ。ルールは守れや、生徒会長」
そうだ、そうだー。と周りからも小声でブーイングが起こる、くっと悔しがるリカだったが、抜け駆けの自覚が有ったのか踵をかえして教室を出て行こうとする。
「これで勝ったと思わないで下さいね! では鉄郎さん、また放課後に」
担任教師の住之江にビシッと指差すリカに、鉄郎は苦笑いを返すしか出来ない。
「さて、鉄君。不快な思いをさせてもうたね、先生でよかったらいつでも相談に乗るさかい、遠慮せず甘えてくれてええからね」
先ほどリカに向けていた般若の表情を一転させ、蕩ける様な笑顔で鉄郎の手を握る24歳の数学教師がそこにいた。
当然、住之江の職権乱用に当然教室内は殺気が充満することになる。
ルーチンワークように毎朝繰り返される流れに疲れを覚えるが、まぁ仕方が無いかと諦めの境地に至る鉄郎だった。
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