男女あべこべ?いいえ、これが現実です。
R884
第1話 加藤貴子の作った世界
「ねえ、おとーさん。このご本にのってるおんなの人って悪い人?」
「ん、社会の教科書か。勉強熱心だな、えらい、えらい」
膝の上で頭を優しく撫でられた娘はニパッと元気な笑顔をみせる、褒めらたことが相当うれしかったらしい、目を細めて頭をグリグリと押し付けてくる。
「このタカコって女の人、今日、学校で習ったんだ。すっご〜い悪い人ってせんせー言ってた」
「そっか。確かに貴子ちゃんは悪い子だったかもしれないな」
「タカコちゃん? おとーさんこの人知ってるの、ず〜っと昔の人だよ?」
「うん、おとうさんは貴子ちゃんに会ったことがあるんだ」
「え〜っ!! すごーーい。教科書の人とお友達なの? ねえ、ねえ、タカコちゃんのお話聞きた〜い!!」
興味が出たのか目をキラキラとさせながら話を催促してくる。やれやれ、こういう所は誰に似たのやら。
「ええ〜と、う〜ん。まぁ話してもいいか。それはお父さんがまだ若くて高校生の時にね……」
世界中の全ての人々にこの世界で最悪のテロリストは誰かと聞いたら、100人に聞いたら100人が同じ名を答えるだろう。
「加藤貴子」と。
それは50年前。
後に世界最恐のテロリストと呼ばれる女が居た。彼女は真の天才だった。
科学という名の宗教に天才的な頭脳の全てを捧げ、これまでの26年間の人生も研究漬けの毎日。
そのせいで男性と手をつないだ事すらなかった、そんな彼女の研究所に一人の青年が新入社員として入社してくる。
これが地球上全ての女性にとって、悪夢の始まりであった。
一目惚れだった。
恋愛経験ゼロの彼女は一瞬で舞い上がってしまう。恋愛に不器用な彼女は自分の持つ権力、財力、その全てを惜しげもなく使うことでしか自分の愛情を表現できなかった。ついでにこれまでやったこともない色仕掛けもしてみたが、その行動が青年に一番引かれたのは彼女のトラウマとなる。
権力、財力、色仕掛け?まだ若く正義感に溢れた青年はそれを嫌い、彼女を受け入れることはしなかった。
この時、彼女が純粋に科学者としての才能で勝負していれば、結果は違ったものになっていたかもしれない。
事実、彼女はまぎれもない天才科学者であったし、その容姿はとても優れていた、彼女に密かに憧れる社員たちも多かったのだ。
「ごめんなさい! 僕は貴女とは付き合えません」
「そ、それは私が26歳で、しょ、しょ、処女だからか!」
「違いますよ!!! それに僕には付き合ってる彼女がいるんです。だから二度と僕達の前に現れないで下さい!!」
青年からの明確な拒絶。隣には彼女の後輩、しかも恋人つなぎをしながらのおまけ付きである。
「……こ、この巨乳好きぃーーー!! ばかぁーーーーっ!! 孫の代まで祟ってやるぅーーーーー!!!」
「ぶげっ!!」
床に落ちていた工具箱を青年に投げつけると、貴子は号泣しながら走り去った。彼の孫の幸せを祈る。
その日を境に彼女は歪んでいく、その恐ろしいまでに天才的な頭脳を間違った方向に全力全開で使ってしまう。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、そうだよ。簡単なことじゃないか、男なんてこの世界からいなくなっちゃえばいいんだ……」
狂気に駆られた彼女は、男性のみに反応する毒ガスを開発して世界中にばらまいて行く、日本はもとより北米、南米、ヨーロッパ、アジアと全ての大陸に3年の月日をかけて。
遅効性のガスと言うのも彼女の犯行が発覚するのを困難にした原因だろう、当初病気かと思っていたものが人工的なガスによる死亡だったのだ、原因に気づいた時には世界中に散布された後でもう手の施しようがなかった。
当時60億人とも言われる世界の人口の約半分、32億の男性がその命を落とす。
かろうじて生き残った男性も、生殖行為の可能な年齢の人数は世界中で5000万人居るか居ないかである。現在の東京都の総人口が1350万人であることを考えればその少なさがわかってもらえるだろう。
日本だけで言えば約1万人の男性しかおらず、県単位で200人、市町村単位なら10人にも満たない状態である。
さらに最悪なことに、彼女の毒ガスの影響でDNAが変化したのか男性の出生率が激減したのだ、これにより世界の人口は、第二次世界大戦の終結時の頃より少ない20億人まで人口は減少した。なにせ30人の赤ん坊が生まれても1人程度しか男子が生まれないので中々男性人口が増えていかない、人口の増加は緩やかにならざるをえず、女性が労働力に移行するのも自然な流れだった。
極端な女性社会の誕生で男性はその人種、容姿、性格にかかわらず保護や擁護の対象とされ、特に日本人の男性は、事件当初迫害されたこともありその数を大きく減らした。
こうして一人の女性の失恋が原因で男女比1:40と言うとんでもない世界が生み出され、加藤貴子の名は世界中で憎悪の対象となる、この事件は後に加藤事変と呼ばれた。
さて、前置きが長くなったってしまったが話を進めよう、ここからが本題だ。
山間部のド田舎の地方都市に一人の少年が居る、名前を武田 鉄郎と言う。今年15歳になったばかりの黒目黒髪、短髪の絶滅危惧種の純日本人の若者である。50年前の加藤事変で男性のほとんどが国に管理、保護され隔離される中、彼の祖母と母が世界復旧組織の要職にいた為、今時めずらしく自宅に住むことを政府に許されている。
「う~ん、今日は寒くなりそうだ。初雪も近いな」
無駄に広い武家屋敷の玄関先で箒を片手に空を見上げる、11月の空はどんより灰色で今にも雪が舞ってきそうだ。
祖母の厳しい教育で鉄郎はこの時代の男子にもかかわらず家事全般をこなす。掃除、料理、洗濯は当然で、中国人の護衛からは護身術として武術も習っている、そのおかげで、心身ともに非常に健康に育ってきた。
身長は165cmと今時の女性と比べると若干低く感じるが、それなりに筋肉もある。国の保護下におかれ、過保護に育った他の男子と比べると運動能力はとても高い。
もっともこの時代、鉄郎のように家事や運動をしている男子などめったにお目にかかれない、むしろ男性保護団体から注意を受けそうだ、現に母親は我が子である鉄郎に激甘で、事あるごとに教育方針で祖母と対立し喧嘩している。
「お、お、おはようございます。鉄郎さん!!」
「あ、平山先輩、おはようございます。今日も新聞配達ごくろうさまです」
玄関先で掃除をする鉄郎に声がかけられる。
平山智加、17歳。鉄郎が今年から通い出した高校の2年生で生徒会の副会長だ。活発そうなショートカットで170cmの身長、スレンダーな体型、少し垂れた目が若干幼い印象を与ている。新聞配達をバイトにしているのだが、11月だというのにホットパンツにTシャツ、ウニクロの袖なしライトダウンジャケットと露出が高い格好をしていた。
とても新聞配達の格好ではない。
数少ない男性である鉄郎を前に平山の頭の中はお花畑状態だ。
よっしゃー、今日はツイテル!鉄君が玄関掃除の当番だ。新聞手渡ししちゃった!この家の人達って鉄君の当番の日教えてくれないから、会うの大変なんだよね。おかげでいつ会ってもいいように寒いの我慢して薄着でいるんだけど、今日はラッキーだ。1日幸せな気分で過ごせそう。
「平山先輩はいつも元気ですね。でもその格好で寒くないんですか。僕としては朝から先輩の綺麗な足を拝めてラッキーですけど」
よっしゃー!!お褒めの言葉いただきました!!このクソ寒いのにホットパンツ履いてきた甲斐があった。自慢の美脚なのよ、こういう時使わないでいつ使うってのよ。
「いやー、走っていれば意外と暖ったかいのよ」(本当はめっちゃ寒いけど。)
「そうなの? それなら僕も先輩と一緒に走ろうかな」
「えっ、じ、じゃあ一緒に……」
思わぬチャンスに動揺する平山。だが……
「鉄君は私と一緒に走るから、早く帰ってもらえるかしら、新聞配達ちゃん」
「げげーっ! 関羽!!」
「だれが、髭もじゃよぉ!!」
「あっ、李お姉ちゃん」
「もう、鉄君はそうやって誰かれかまわずホイホイ付いて行こうとしないの! お姉ちゃん心配で心配で夜も眠れないで昼寝しちゃうわ」
「昨日、老酒カパカパ飲んで、グースカ寝てたよね……」
李 麗華、21歳。祖母が中国でスカウトしてきた?護衛兼武術の師匠。八極拳の達人でその化物じみた強さで、業界ではその黒い長髪から美髪公と呼ばれている。中国人ならチャイナだろ!といつもきわどいチャイナドレスを着ているが、実際の中国人はそんなにチャイナドレスは着ない。長身で胸がでかいのでとてもエロい印象を与える。
鉄郎が8歳の頃から武術を教えていて、自分のことをお姉ちゃんと呼ばせているが血の繋がりは無い。
「ね、寝たふりよ。わざと隙を作ってるのよ」
「「なにそれ?」」
「それより、鉄君。婆さんが新聞はまだかって呼んでたよ」
「あっ、いけね。では平山先輩、また学校で」
私が手渡した新聞を持って玄関に入っていく鉄君。あっ、手振ってくれた。
「ふぁ~、あの笑顔まさに天使だにゃ~」
この市内に2人しかいない希少な男の子、その男の子の一人とこうしてお話できるなんて、本当にこの街に生まれて良かったよ〜。一生男子を見ることがない人も大勢居るって言うのに、なんたる幸運、宝くじが当たるよりよっぽど貴重だよね。
「まぁ、今日はこのチャイナのお姉さんが邪魔だったけどな……」
恨みがましく隣に視線を送れば、にへ~っとだらしない顔で鉄君を見てやがるし、ちゃんと護衛は出来てるんだろうな?
「よし! 私も早く学校に行こう、チャンスはこれからだ!」
でも鉄君が入学して来てから、欠席者が誰もいないのよね。
ライバルは多いわぁ~。
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