第42話 終末きたる、その理由



 マティアスは、薄々気づいていた。

 父である国王が、いつからかヒトではなくなっていたことに。


 魔教連魔導士世界教会連合代表の甘い言葉に乗り、人や金銀財宝を捧げ続けたのは、いわば世界との無理心中を望んだからだ。

 そうしているうちに精霊国アネモスが滅び、喜びに打ち震えた。自分だけではない。全てが滅びへと向かっている。だから良いのだと言う免罪符を手に入れた気分だった。


「なんで私なのだ……はあ。生まれた場所を。この血を憎む。染まるなら、とことん染まってやる」

 

 あぶみで馬の腹を蹴り、前へ進む。

 心は既に、ドス黒く染まっている。


「奴が魔王なら、私は魔王の息子だものな」


 背中が、ずっと寒気で震えている。

 背後をガタガタと走る豪奢ごうしゃな馬車の中にいるモノは、既に尋常でない気配を発していた。


「帝国を呑み込み、ヨーネットを潰し、果てはどこまで行こうか」


 馬上から空を見上げ、思いを馳せる。

 

「さあ! 世界を、滅ぼせ……!」

 



 ◇




 シュカがレアンドレからの音石に反応する、少し前。

 大帝国コルセアの国境を出て、竜の顎方面へと歩いて移動する一行は、刻一刻と邪悪な存在が近づいてきているのを肌で感じていた。


「なあアモン。あれは、なんだ?」

「恐らくは終末のけものにございましょう、マイロード」

「そんなのいるのか?」

「ええ。我々魔族が従う、唯一無二かつ尊き存在が魔王様にございますが」

「? うん」

「その魔王様が、人間を滅ぼそうとする際に自然と産まれるものですよ」

「そうだった?」

「ええ。それにしても、十五年という短い年月で再度現れるとは考えられませんね。誰かが意図的に召喚したと考えた方が妥当でしょう。本来は七つの頭に十本の角があると言われておりますが、はてさて今度はどんな姿でしょうね」


 ジャムゥとアモンの会話を、シュカたちは戦慄と共に聞いていた。

 

「えーっと、前回そんなのいた?」

「クククク。なにを仰いますシュカ様。倒されたでしょう」


 アモンがニコニコと見る先に居るのは、ヨルゲンだ。


「……あ?」


 背中には、リヴァイアサンを倒して手に入れた、『蒼海』がある。


「やつがか? ……言われてみりゃ、いくら斬っても頭生えたな!?」

「生え変わった七つの頭を全て切り落としたのは、貴方様が初めてですよ、剣聖」

「えー! ゲンさんってば」

「無我夢中だったしなあ」


 シュカがジャムゥの顔色を窺うと、コテンと首を傾げられた。本当に覚えていないようだ。

 

「ふふふ。まさか勇者様と我があるじが会話をするようになるとは。神すらも思っていなかったのでは」

「え」

「シュカ様の広きお心にて、マイロードと交流をもたれたことは、恐らく革命のようなもの」

「僕はただ、ジャムゥが約束を守れるなら、大丈夫だろうって」

「素晴らしきことです。『魔王とは悪の象徴である』と一方的に断罪せず、同じ生き物として向き合ってくださった」


 アモンは歩みを止めると、執事姿で深々と頭を下げた。


「魔族を代表して、感謝申し上げます。ほぼ不死身の我らとて、ただ憎まれる役割には飽きていたのですから」

「それって……どういう意味?」

「おや。少し喋りすぎましたかね」


 代わりに、ウルヒが答える。


「魔族が、人の欲や罪をその身で引き受けている」

「ああ、貴女様は精霊王であらせられましたね。まあ、大気の流れに最も敏感なカルラと共にあれば、ということでしょうか」

「そういうことだ」

「ウルヒ?」

「お前まさか、それにも気づいてたから、わざと国を」

「……」


 肩に乗った白フクロウの腹を撫でながら、ウルヒはハアアと深く息を吐く。

 

「みんなも知っている通り、魔教連魔導士世界教会連合の魔法教義が浸透して、精霊信仰は斜陽しゃようの一途だった。たかが虹を一度呼べたぐらいで、政治の力でもって巫女に据えるなんてこと、今までだったらあり得なかったことさ。当然精霊の力も失われ、竜の顎には人の愚かな欲が溜まっていた。それらはやがて新たな魔族を生み出す。緑竜の苦しみは、あたしの苦しみでもあるのさ」

「そっか……ウルヒ、苦しかったね」

「死ぬよりマシだよ、


 はは、と笑ってウルヒはシュカを抱きしめた。


「また会えてうれしい。けれど、申し訳なくてたまらないんだ。全部、背負わせた。ごめん」

「いいんだよ。僕は僕として生きただけだから」

 

 ぎゅうう、と抱きしめられすぎて苦しくなり、シュカは思わずウルヒの腕を二、三回タップした。


「いいなー!」


 シュカから身を離したウルヒは、無邪気に羨ましがるジャムゥもまた抱き寄せる。


「ジャムゥも。ごめんね」

「あやばる、ひづよう、ない」

 

 ウルヒの胸で頬を挟まれて、ジャムゥは楽しそうに笑っている。


「世界のことわりは分かった。とりあえず今は、その終末の獣を倒す」

「そういうことだな。頼んだよ、ヨルゲン」

「任せとけ、ウルヒ」


 言ってからヨルゲンは――ジャムゥが離れたウルヒの右手を取って引き寄せると、甲にキスを落とした。

 

「なあ。あの時の賭け、覚えてるか?」

「リヴァイアサンに勝ったら、てやつだろ」


 ヨルゲンは真顔でウルヒを見つめてから、手を握ったまま片膝を地面に突いた。


「今度こそ、どうだ?」

「わかったよ」

「言ったな?」

「ああ。カルラに誓って」

「わあ。二度目で成功?」


 シュカが思わず喜びの声を上げると、ウルヒが笑いながら首を振った。


「三度目だ」

「初対面の時ふざけたのも、数に入れんのか」


 やれやれとヨルゲンが立ち上がりながら言うと、

 

「当然じゃないか。だよ」

「はは! 今度また逃げられたら、諦めるさ」


 ウルヒが照れて顔をそむけるので、シュカが横から名乗り出る。

 

「僕、証人になるよ!」

「ほう。ならば血の盟約でも致しますか?」


 最後のアモンには、三人してギュインと振り返った。

 

「「「いらない」」」

「おや残念。ククク」

「なあ。賭けってなんだ?」

「えーっと……勝ったら、教えてあげるよ」

「? わかった。勝つ」


 そんななごやかな雰囲気をかき消すように、シュカは顔を曇らせる。

 眼前に広がる森の木々のはるか向こうに、禍々しい気配が発生したのが分かったからだ。


「あれは……」

「っ、こ、こわい」


 ルミエラが恐怖のあまり、ぶるぶると震えながら自分で自分を抱きしめるようにしている。


「大丈夫だ、姫様。俺ら『天弓の翼』は、世界最強パーティだぜ?」

「うん。殿下は一番後ろに。アモン、守ってあげてくれるかな」

「ならば、我が下僕しもべをつけましょう」

「! なるべく怖くないやつね!」


 シュカの注文に、アモンはニヤリと笑う。


「かしこまりまして。でよ、ケルベロス」


 土の上に黒い魔法陣が浮かび上がったかと思うと――



 あおーん!

 あおーん!

 あおーん!



 三つの頭に蛇の尻尾を持つ、真っ黒な狼の魔物が現れた。見上げるほど大きく、その口吻こうふんはひと噛みで人間の上半身を喰いちぎれるだろう。

 どこが怖くないやつ? とシュカは呆れと諦めを同時に感じた。


「わぁ、ふわふわだぞ!」


 キャッキャと一つめの首に飛びついたジャムゥを、ルミエラはドン引きしながら見ている。


「えぇ……? こ、こわいですよ……ひ!」


 金色の六つの目が、一斉にルミエラを見つめると「くーん」「くーん」「くーん」と鳴いた。

 

「え……かわ……いい?」

「わほ!」「わん!」「わっふん!」

「えええ……」

 

 ルミエラが、戸惑いつつも三つ目の頭を恐る恐る撫でると、嬉しそうな顔をして大蛇の尾をぶんぶん振っている。物騒である。


「えーっと、じゃあ、いこっか……」


 少し恐怖が薄れたことだけはアモンに感謝だな、とシュカは思い直す。

 そうして顔を上げた先から、ドドドとひづめの音がしてきた。ガシャン、ガシャン、とよろいの鳴る音もする。

 

 遠くを見るように首を伸ばしていたジャムゥが、のほほんと告げた。

 

「んー? いりだーるに似たようなやつらがくるぞ」

「……グレーン王国騎士団か!」

 

 ヨルゲンが警戒しつつ背中の『蒼海そうかい』の柄に手を掛けると、シュカはそれを制した。

 

「待ってゲンさん。もしかして……ハンスさん! いるかな!?」

「ハンス? ……ああ!」

 

 シュカとヨルゲンは、一歩前へ踏み出した。

 



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 お読み頂き、ありがとうございます!

 クライマックス前のイベント、お楽しみいただけましたでしょうか。

 三度目の正直、Third Time's a Charm。英語でもあるのが面白いですよね。

 

 以下、補足です:(作者はキリスト教徒ではなく、下記はあくまで一般知識の範囲です)

 

 新約聖書に出てくる『黙示録の獣』は七つの頭に十本の角があったと言われています。

 →奇しくも、七色の魔竜巡礼と、十個の竜石(これは本当に偶然でした。ワーオ!)に一致。

 この獣を迎える『赤い竜=サタン』が魔王といわれています。

 

 サタンと黙示録(終末)の獣を倒すことによって、『千年王国(ミレニアム思想)』に繋がるんですが、無窮むきゅうの賢者は『勇者の名の元に千年続く世界』を受け入れられなかったのです。

 

 本当は本文内にエピソードとして入れようと思ったのですが、膨大な文字数になりそうだったので、こちらで簡単に説明させていただきました。

 

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