第43話 再会と降臨


「あ! やっぱり! ハンスさんだ!」

「おお、間違いねえな」


 精霊国から大帝国へ至る道は限られているとはいえ、今ここで両者が出会えたことは奇跡に近いだろう。

 アモンはケルベロスに小さくなるよう命じ、木陰へと身を潜める。

 

 シュカとヨルゲンが大きく手を振ると、ハンスも馬上から手を振り返した。


「お久しぶりです!」

「元気そうだな?」

「っ……」


 ふたりの近くまでやってきたハンスは、率いてきた団員たちに手だけで待機命令を出し、ザッと馬から降りる。

 シュカは、彼が強く歯を食いしばっているのに気付いた。


「どうしたんですか?」

「傷だらけじゃねえか」

「っまさか、再会できるとは……!」


 感無量な様子のハンスの肩を、ヨルゲンは無遠慮にバンバン叩く。


「おう! 俺らは、冒険者パーティ『天弓の翼』として、帝国の依頼で国境索敵さくてきに来た」

「!!」

「ってことは……敵ってことになるのか?」


 ヨルゲンの言葉で、ハンスの背後に付き従っていた赤毛の青年が、帯剣の柄に手を伸ばす。


「待てデリック!」

「ですが!」

「おーおー。血気盛んだねぇ。でも、死に急ぐことはねえよ」


 剣聖ヨルゲンが放った殺気で、デリックと呼ばれた青年は顔面を蒼白にした。

 デリックだけではない。背後にいる十数人の騎士たちが、一様に恐れている気配がする。長い道のりを魔物と戦いながら進んできた部隊は、全員満身創痍で、緊張も疲労も尋常ではない様子だ――シュカはそこへ、惜しげもなく治癒魔法を放った。

 

「エリア・ヒール」


 真っ白な魔法陣が空に浮かんだかと思うと、キラキラとした光が全員の頭上から降ってくる。

 みるみる無くなる傷と疲労に、騎士たちがどよめいた。


「大サービスだなぁ、シュカ」

「うん、ゲンさん。争う気はないって、態度で分かってもらおうと思って」

「シュカ殿……ありがたい。我らグレーン王国騎士団は、王太子マティアス殿下の婚約者候補である、ヨーネット王国第五王女ルミエラ殿下の身柄確保がその任務。もし立ちふさがると言うのであれば、排除しなければ」

「あの! わたくしが、そのルミエラです」

「!?」


 これには、さすがのハンスも驚いた。


「いや、まさかこのような場所に王女殿下自ら……」

「身分が証明できるようなものは、あいにく焼けてしまいましたわ。その代わり、こちらを」


 す、と差し出された紙を、ハンスは戸惑いつつ受け取る。


「わたくしと大帝国コルセア宰相、レアンドレ・バルバロイ侯爵との婚約届の写しですわ」

「な!!」

「事実だよ、ハンスさん。グレーン王国が帝国に攻め入る名目は、既に失われている」

 

 書面を開いて読みながら、ハンスの体はブルブルと震えている。


「はあ……まいったな」


 それから、苦笑いをしながら空を見上げる。


「せめて帝国騎士団に殺されるなら本望と思ってここまでやって来たが。王国で縛り首になるとは、我が人生に悔いありだ」

「え! どうして!」

「グレーンの王命とは、そういうものなのだよ」

 

 シュカは、あまりの衝撃に声が出なかった。理不尽な暴力は、騎士団長にまで及ぶのかと。


「どうせなら、戦って死にてえよな。騎士ってのはそんな生き物だ」

「ええ。その通り」


 顎を戻しながら眉根を寄せるハンスは、苦渋の表情を浮かべている。

 

「逆らってみたらどうだ?」

「っ……それは……」

「忠誠心、てやつか」

「はい」


 ハンスが、ヨルゲンをまっすぐに見る。


「私と戦ってくださらないだろうか」

「良い男だな。もったいないぜハンス」

「あなたに褒められたら、報われる」

「んなことに命を使うなよ」


 ――キーン、キーン、キーン……

 

 さてどうしたものかとヨルゲンが思っていると、規則的な金属音がハンスの背後から鳴り響いた。


「なんだよ?」

「緊急通信だ。取っても?」

「どうぞ」


 シュカが促すと、ハンスは部隊の間を戻るように進み、奥の馬が背負っている鞄から道具を取り出し耳に当てる。

 その仕草から音石であろうことは分かったが、何度も何かを聞き返すハンスの態度に、場にいる全員が何事かと思っていると――道具を再びしまって戻り、愕然とした表情で言った。


「陛下が、こちらに向かっているそうだ……」

「あ?」

「え? 国王自ら、てことですか?」

「そうだ。今マティアス殿下から連絡があり、殿下ご自身も、その妹君であらせられるシーラ王女殿下も帯同していると」

「っんだそれ! 物見遊山ものみゆさんじゃねえんだからよ」

 

 すると、それまでのやり取りを聞いていたジャムゥが、悪気なく発言した。


「なあ。国王って、人間か?」

「何言ってるんだい、ジャムゥ。当たり前じゃないか」


 ウルヒがたしなめるように言うと、ジャムゥは首をひねってから、じっと目の焦点をハンスの腰の剣に合わせる。


「その剣、ずっとおまえのか?」

「? これは、騎士団長に任命された時、国王陛下から下賜かしされたものだ」

「ふうん。魔の気配がものすごくする」

 


 ――シン、と静寂が訪れた後、大人しくしていたアモンが「ククク」と笑いながらケルベロスと共に姿を現した。



「マイロードの仰る通りにございますね」

「その姿、魔族か!」


 さすがにハンスが抜剣しようとすると、シュカが慌てて立ち塞がるようにして止めた。


「彼は、僕のパーティメンバーです!」

「魔族がか!? そんなことが、ありえるのか!」

「ククク、左様でございますとも。さて、その剣から大変邪悪な香りが致しますねえ」

「邪悪……だと……?」


 目玉がこぼれんばかりになるハンスに、アモンは容赦なく続けた。


「覚えはございませんか? ヒトを喰らう魔物に」

「!!!!」

「おい、どうしたハンス」

「え、ハンスさん?」

「……帰らずの、宮殿……!」


 シュカは、ハンスのその表情に見覚えがあった。

 前世で何度も見てきた、人の『絶望』の表情だ。


「陛下には、メイドを喰らうという噂がある……一度宮殿へ召し抱えられると、二度と帰れないのだと」

「おいおいおいおい!」

「メイドということは若い女性ですね? 人間の女、特に処女を喰らうのは、人外になる儀式のうちのひとつです」

「アモンの言う通りだ。カイムが詳しい。けど呼びたくない」

「呼ばなくていいよ、ジャムゥ。ハンスさん、どうしますか」

「どう、とは……」


 シュカがキッと強くハンスを見つめた。


「『剣聖』と『精霊王』をようする冒険者パーティ『天弓の翼』は、今から対峙する存在を魔の物と認めた場合、索敵任務の範疇はんちゅうで討伐に動く!」


 きっぱりとした声に、ヨルゲンとウルヒが即座に反応した。

 

「おお!」

「腕が鳴るねぇ!」


 シュカはふたりに頷いた後、ハンスに再び向き直る。

 

「グレーン王国騎士団長、ハンス殿!」

「っ、なんだ」


 すうっと大きく息を吸ったシュカが、大声で叫んだ。

 

う!!」

「!!!!!」


 途端に、背後の騎士たちの目に光が宿った。


「僕らは、どこにも属さない冒険者パーティ! そしてここは、無国地帯だ!」

「シュカ……殿……」

「あなた方は、騎士の人道精神でもって、僕らを助けるんだ!」

 

 途端にぶわり、とハンスの両眼から涙が溢れる。


「ああ。ああ! 我らに騎士として、戦えと! そう、言うのだね」

「はい。あくまでも、僕らが魔物に襲われた場合にのみです!」

「っく。承知、つかまつった……総員、聞いたか!」



 おう! と張りのある声が返ってくる。



「異議のある奴は、即座に離脱しろ!」



 しん、となる。



「我らの背後から、魔物が迫っているそうだ! 備えるぞ!」



 はっ!



 軽快に動き始める騎士団員たちを見たヨルゲンが

「良い団長だな」

 と声を掛けると、ハンスも団員たちを見ながら答えた。

 

「いいえ。あなた方が何の見返りも求めず、雷竜を討伐してくださったからだ」

 


 ――リーン、リーン。

 


「あ。レレさんだ! ハンスさん、帝国宰相からです! お話してもらってもいいですか」

「もちろんだ」




 ◇


 


 シュカたちパーティの眼前で、メキメキャガシャン、と音を立てて豪奢な馬車が壊れていく。

 生々しい鉄のような匂いが、風に乗って漂ってきた。

 

 

「あ~もう、確かめるまでもねえなあ」

 


 ヨルゲンが、ガラララと背中の『蒼海』を抜いた。

 

「ハンスさん。まずは僕らが様子を見ます! 非戦闘要員の護衛お願いできますか」

「わかった。殿下方、下がりましょう。グレーン騎士の背後に!」


 怯えるルミエラとシーラを背に庇い、ハンスが悲壮な声を漏らす。



「陛下……っ」



 左手に長い茶髪の女性の生首をぶら下げ、王冠を被ったジュストコール姿の中年男性が姿を現した。バキボキと首を鳴らしながら、近づいてくる。



「あはあ~、美味そうなのがいっぱい、いるなぁ~~~~~~~ふしゅるしゅしゅ~~~~~~~」


 

 かろうじて人の姿を保っているとしか形容のできない、グレーン王国国王アンドレアス・バーリグレーンが、愉しそうに肩を揺らして笑っていた。

 



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 お読み頂き、ありがとうございます!

 

 とことん出番のない「カイム」。鳥の魔族で、まさにピーチクパーチク延々お説教とうんちくを傾けるキャラなのです。

 だからジャムゥは「うるさーい!」と毛嫌いしています。

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