第41話 不治の病


「アモン……目立ちすぎじゃない?」

「聖獣グリフォンと、幻獣ガルーダに言われたくないですね」


 皇都郊外の森の中で、シュカは額に手を当てていた。

 一刻も早く国境へ向かうためにと白鷹のキースはグリフォンへ、風の精霊カルラはガルーダへ姿を変えたのを見て、ジャムゥの側近であるアモンは赤目の黒い竜になった。冒険者が見たらパニックになること必至だろう。

 

「わ。しっぽが蛇だ」

 無邪気なのはジャムゥだけで、

「ひ!」

 とルミエラは恐怖に震えているし、

「やりすぎだよ」

 ウルヒは呆れていて

「やっべえな。かっこよすぎるだろ!」

 喜んでいるのはヨルゲンだけという状況だ。


「ニドヘグと言います。以後お見知りおきを」

「ニド……! それって、死者の魂を喰らうやつじゃんー……」

「さすがシュカ様。勤勉でいらっしゃいますね」

「はあ。違うのには、なれないの?」

「人を乗せるとなると、こちらが一番安定するかと」

「そうだよね……アモンだもんね……はあ」

「ふふふ。カイムでもいいんですがね」

「カイムは、絶対やだ!」


 ジャムゥが慌てた。


「甲高い声で、ずっと説教するんだ!」

「げっ! じゃ、ニドヘグでいいね……」

「なら、ガルーダ先頭で行く。視界かく乱魔法しとくから、前には出ないように。いいね?」

 

 結局ガルーダにウルヒ、グリフォンにルミエラとシュカ、ニドヘグにジャムゥとヨルゲンで行くことになった。


「じゃ、出発!」


 それぞれが大きく羽ばたき飛び上がると――

 

「殿下。怖かったら目をつぶっていても」

「いいえ! すごい! すごいわ!」

「そ、そうですか」


 ルミエラの強さに、レアンドレはやはり苦労するだろうな、とシュカはこっそり苦笑いした。


 

 

 ◇




「ああ、シーラ。ついにこの時が来てしまった。本当にすまない」

「お兄様……」

「せめて。せめてこれを」


 グレーン王国王太子マティアスが差し出した、震える手のひらの上には、紫色のガラスの小瓶が乗っている。

 

「綺麗ですわ。何かしら?」

「即効性のある毒だ。一飲みで、死に至る。もしもの時は、これを」

「っ」

「こんなことしかできない兄を、許してくれ」

「いいえ。感謝しておりますわ。なぶられる前に死ねるんですもの」

「シーラッ」


 命令に背けば、王女に付き従っていた全ての人間が殺される。メイドや侍従だけでなくその家族もである。

 美しい笑顔でのカーテシーの後で馬車に乗り込む、凛とした王女の姿を目に焼き付けるしかできないことに、絶望と無念が襲ってくる。


「無窮の賢者よ……貴方の言った通り、来たるべき時が来たようだ」


 強欲王を前に、絶望に打ちひしがれていたマティアス。そこへ突然現れた温和な魔法使いは、どこを見ているのか分からない目で、言った。


 

 ――殿下。今からあの王を方法を授けましょう。ですがこれらは、あくまでも抑止にすぎないのです。私どもに『不治の病』を治す手立ては、残念ながらございません。もしそれでも陛下の欲が溢れ、王女をすら喰らおうとしたならば、『末期』に至ってしまった証左です。せめて、安らかな死のあらんことを。

 


「安らかな死、ねえ」

 

 

 マティアスは、愛馬にまたがり手綱を握った。


 

「くくく、くくくくく。はははは!」




 ◇




 レアンドレとイリダールは港町ブラハウに無事到着し、ブラハウ伯邸に受け入れられた後で、会食を開始した。


「うめえ。海の幸は最高だな、サイヌス」

「はっは。酒は飲みすぎるなよ? イリダール」

「わかっとる!」

「どうだかな~」


 気心の知れたふたりの様子に、レアンドレはようやく肩の力を抜く。


「それにしても、レアンドレ様にまさか婚約者ができるとはね。祝杯はお預けだが、まずは祝いの言葉を述べたい」

「ありがとう、ブラハウ伯」

 

 荒々しい海の男たちを取り仕切っているだけあり、白髪で恰幅の良いブラハウ伯サイヌスには安心感がある。


「わざわざこんな田舎まで、閣下御自らお越しとは。愛の力ゆえか? ははは」

「ええ、そんなところです」


 ちろりと目線を泳がすレアンドレの様子に、サイヌスは軽く頷いた。


「さて。場所を移して飲もうか」


 ダイニングテーブルから立ち上がると、「自慢のシガールームがあるんだ」とにこやかに誘った。

 葉巻をたしなむイリダールは目を輝かせ、煙が苦手なレアンドレは肩をすくめるが、密談にはもってこいの場所に感謝をする。


 自慢というだけあり、調度品の飾り棚や三人掛けチェア、カクテルテーブルなどはマホガニー製で統一されており、壁には絵画がずらりと掛けられている。

 柔らかなオレンジの光を発するテーブルランプに、チェス盤や青磁の灰皿など、居心地の良さそうな空間にレアンドレもイリダールも感嘆の息を漏らした。

 

「ワイン……といきたいところだが、茶にしましょう」


 それを聞いた執事は、慣れた所作でティーポットからお茶を注ぐと、深々と頭を下げ退室していった。

 レアンドレが懐から布に包まれたものを取り出し丁寧に開くと、銀の台座のついた乳白色で楕円状の石が出てきた。手近にあったテーブルの上に置いてから、魔石を埋め込んであるブレスレットを石の上に掲げる。すると、ぼんやりと石全体が光り始めた。

 

「えーっと、シュカくん、シュカくん。聞こえるかい?」

『……はい』

「そっちは今、どのあたりかな?」

『国境を超えたところです』


 これには、全員が驚きの声を上げた。想定より一日以上早い。


「は、はやいね!?」

『ええ。裏技を使いました……あの、そちらにイリダールさん、いますか?』

「おう!」

『実は、僕も驚いたんですけど、知り合いに会いまして』

「知り合い?」

『ハンスさんです』

「ハンス……?」


 すると、ガサゴソ音が鳴った後で、聞き覚えのない男性の声がした。

 

『グレーン王国騎士団長、ハンスと申す』

「ああ!?」

『イリダール殿であらせられるか』


 イリダールは顔を上げ、レアンドレ、ブラハウ伯と目を合わせた後で、頷いた。

 

「いかにも」

『時間がない。今から言うことを、よく聞いて欲しい。信じる信じないは、お任せする』

「わかった。聞こう」

『おそらくグレーン国王は、人間ではない』

「ああ!?」

「ちょ」

「っなんだって!?」

『半信半疑であったが、先ほどジャムゥ殿に言われた。私の持ち物から、尋常でない魔の気配がすると』

『オレが、前、言ったこと!』


 少し離れていると思われる場所から、ジャムゥの声がする。

 レアンドレが驚愕に目を見開き、漏らした。


「世界の力は、いつでも均等……」

『そう』


 イリダールにも、思い当たった。

 

「人間にやばいのがいるって言ってた、あれか!」

『ん。いりだーる』

「なんだジャムゥ!」

『人。南に避難、させろ』

「なん、だと! くっそ、至急皇都に連絡する!」

『お願いします! 一日も猶予がありません!』

「シュカくん? どうして……」

『グレーン国王本人が、こちらに向かってきているそうです!』

「!!」

『すべて、は……ガガ……国王をおさえ……ため……を犠牲に……ガガガ』

「シュカくん!」

「シュカ!」

『にげ……ガガガ……ブツッ』


 ぎりぎりと膝の上で拳を握りしめるレアンドレは、恐らく頭の中の様々な情報を引き出し、整理している。

 イリダールは、騎士団本部へつながる音石を懐から取り出し、持ったまま起動するや叫ぶように言った。


「緊急伝令だ! 北西国境に危機迫る。至急帝国民を南方へ避難させろ。繰り返す。北西国境に危機迫る……」

「そう、か……きっと。すべてにえだったんだ……金貨もサファイヤも王国民も……」

「レレ?」

「宰相閣下、何を」

「ずっとおかしいと思っていた。まるで吸い込まれているようだって。命も、財宝も」

 

 ば、とレアンドレのアイスブルーの瞳に強い光が宿った。



 

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