第40話 強欲王の毒牙


 会議室横の控室にやってきたレアンドレが、皇帝から正式に『天弓の翼』へ北西国境の索敵を依頼すると告げると、リーダーであるシュカは、冒険者ギルドにも話を通してもらう条件で受注した。

(ギルドを通さずミッションをした挙句、怪我の補償など冒険者が依頼主とのトラブルを起こす例もあるし、ギルマスであるボボムの顔を立てた)

 

「同席はできない代わりに音石、ですか」

「うん。シュカくんの希望を叶えてあげたかったけど、同時に事に当たりたい陛下のご意向でね……ごめんね」

「いえ、十分です。レレさん、ご配慮ありがとうございます」

「こちらこそ。ミッション、頼むね」

「はい」

「すっかり仲良しだなあ」

「「ゲンさん」」

「ははは。まさか宰相閣下にまでそう呼ばれるとはね」

「本当はあの時にもっと仲良くしたかったのに、ギルドカード受け取ったらすぐいなくなっちゃったから」

「めんどくさそうだったからよぉ」

「伯父貴も会いたがっていたんですよ」

「だからだよ。どうせ手合わせとか付き合わされたに決まってんだろ」


 ついでに雑談をしつつ、情勢の共有と今後の対応について話していると、

 

「今からでも遅くない。やるか?」

御免ごめんこうむるっての」

「ガハハハ」


 帝国騎士団長のイリダールも葉巻をくわえたまま部屋へと入って来るや、キョロキョロと室内を見回す。

 

「かわいこちゃんたちはどこだ?」

 

 ウルヒとジャムゥのことかとすぐにシュカは悟った。

 

「ルミエラ殿下のもとへ行ってもらっています」

「説得、か」

「はい」


 ジャムゥの睡眠魔法から目覚めたルミエラは、状況を聞くや北東会談に同席すると言い張ってきかなかった。

 シュカとしては、まだ従属の印が消えていないことからも目が離せない心理状態であり、ウルヒと行動を共にした方が良いと考えて、危険は承知で北西国境へ連れていくつもりでいる。

 レアンドレは、肩をすくめた。


「意思の強さは美徳ですがねぇ」

「わはは。将来尻に敷かれるぞ、レレ」

「心しておきます」


 ――するとちょうど扉が開き、


「お嫌でしたら、今のうちに婚約破棄を」

「ん?」


 顔色の悪いルミエラが立っていた。背後にはウルヒとジャムゥがいる。説得は失敗かな、とレアンドレは予想しつつ、


「嫌だなんて、言っていませんよ?」


 あくまでも物腰柔らかく、室内へ迎え入れる。


「レレ様。ワガママは、承知の上です。ですが我が国の辺境伯は、曲者くせものと有名で」

「殿下」


 す、とレアンドレは、ルミエラに近づいていく。


「婚約破棄したいのは貴女の方では? まるで僕たちが信じられないと仰っているようです」

「!!」

「曲者でも強者つわものでも、我が帝国の誇り高き騎士団長イリダール・オルセンに敵うものはおりません。ご安心を」

「はっは! 宰相閣下にそう褒められると、やる気が出るなあ!」

「ええ。全幅の信頼を置いておりますよ。さて、殿下」


 そっと手を取りルミエラを見つめるアイスブルーの瞳は、火の巫女の体内で燃えたぎっている焦りを、鎮めようとしているかのようだ。

 

「困難にあたっては、それぞれの役割というものがあります。殿下が帝城に残ることを良しとしない以上、この件に関わり続けたいのであれば、火の巫女として『天弓の翼』に加わる。それ以上の譲歩はできかねます。そもそも監禁されていてもおかしくはない罪を犯した人間を、檻の外に出しているんですよ」

「あ……」


 ルミエラは、ようやく自身の置かれた立場を思い出したようだ。

 ぼとぼとと涙を流し、恥ずかしいと呟いた。

 

「ごめ……ごめんなさい……」

「あああ! 困ったな。責めたいわけではないんですよ。色々と一気に襲ってきていて、冷静ではないでしょ……う!?」


 気づくとルミエラがレアンドレにぎゅうっと抱き着いている。

 

「ぐしゅ、どうか。どうか、ぐす、ご無事で」

「ああああ! もももちろん!」


 それを見たイリダールが一言、

「なんだ、レレと一緒にいたかっただけか」

 と放つと――

「え!! いやもう僕の心臓、無事ではないですねっ!!」

 レアンドレが、途端に息も絶え絶えになった。

 

「いいから抱きしめ返しておけよ、宰相殿」

 ヨルゲンの軽いセリフには、ジャムゥが

「オレも抱っこ!」

 とはしゃいでシュカに飛びついた。


「わあ! ちょ、いたっ! 引っ搔かないで! アモン!」


 それに嫉妬した黒猫アモンが、シュカの頬に三本の真っ赤な爪痕を残して、部屋にいる全員が笑った。



 

 ◇

 



「ふしゅるしゅしゅ~~~~腹が減ったなぁ~~~~~~~」

「陛下、もうしばらくだけお待ちを」


 グレーン王国、国王の私室に呼び出された王太子のマティアスは、背中に垂れる冷や汗を止められないでいた。

 

「なあマティ。貴様を王太子にしたのは、の約束があったからだぞ~」

「は」

 

 ごしごしと髭をしごく自身の父親の顔色がどんどん悪くなってきていることには、気づかないフリをする。

 髪色も髭も金色だから、余計に肌の色が黒く見えるだけだ、と思い込むことに専念する。

 

「一体あと何日待たせるつもりだ?」

「本日中には、到達するかと」

「ふうん。で、何日で制圧する」

「三日……いえ、二日で」

「ほー」


 爪の間に挟まった何かが気になるらしく、アンドレアスは手元から顔を上げることはない。

 目を合わせずに済んで良かった、とマティアスは思っている。

 

「道は、できておるな?」

「は。我が騎士団が整えておりますゆえ」

「ならば、馬車を出せ」

「っ」

「余の馬であれば、制圧が終わったころ、着くだろう?」


 国王専用の馬車は、車輪も馬も特別仕様である。

 通常の倍の速度で休みなく走る代わりに、御者ぎょしゃは眠ることすら許されず、使い捨てされる。

 おまけに、美女を同乗させなければならない。当然、それもだ。

 

「返事がないぞマティ」

「……かしこまりました」

「シーラも連れて行こう! な!」

「!! それだけはっ」


 シーラは、マティアスの妹であり、第一王女である。王妃に似てぱっちりとした碧眼に緩やかなウェーブがかった金髪の持ち主で、マティアスが自慢するほどの美貌を誇っている。


「可愛いシーラと共に、帝国を眺めたいのだよ。ん? 不満か?」

「ぐ……いえ」

「はっは。楽しみにしておるぞ!」



 ――ああ。終わった。もう、絶望しかない。世界ごと滅ぶのが、まだ救いだな。



 マティアスは、無意識に左胸のピンバッジを握りしめる。手のひらににじんだ血の赤さに、苦笑した。

 



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 お読み頂き、ありがとうございます!

 王女のシーラは、第四話に名前がちらりと出ただけでした。

 

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