第34話 大帝国皇帝の、度量


 翌日の、昼過ぎ。

 宿屋で休んだシュカたちは、レアンドレの招きで帝城を訪れた。

 

 レアンドレの年離れた兄でもある、絶対皇帝アブソリュートエンペラーギオルグ・バルバロイは、謁見室で鷹揚おうように座ったままくつくつと笑っている。

 紺色の髪色やアイスブルーの目の色はレアンドレと同じだが、分厚い体躯で、身の内から自然とあふれ出るような迫力があった。


「堅物帝国宰相が、一目惚れだとはな」

「ええ。恋というのは、理屈ではないのだなと今更ながら学びました」

「レレ様……」

「へへ」

 

 謁見室内には、シュカたちの他、帝国の重鎮じゅうちんたちがしかめっ面でテーブルを取り囲むように立っていた――火竜に害をなした本人が訪れたのだから、当然だろう。

 だが事態は、想像の斜め上どころか、遥か上空を行った。


「めでたいことだ」


 ギオルグがあっさりとそう告げると、部屋にいる大臣をはじめとした上級貴族たちは、当然のことながらこぞって色めき立った。

 

「陛下!」

「帝国に危機をもたらした張本人ですぞ!」


 恨みの目線をルミエラに投げ放ち、抗議すると――

 

「……誰が発言を許可した?」


 頬に切り傷をつけそうなほど鋭い覇気が、皇帝から発せられる。

 

「ならば逆に問いたいがな。貴様らは、我が大帝国がこんな小娘ひとりに危機を覚えた。そう言うのか?」

「「「!!」」」


 ヨルゲンは、口笛を吹きたいのをかろうじてこらえる。

 その一言で全員を黙らせる皇帝の度量に、感動を覚えた。


「余の言うことに疑義ぎぎがある者は、口を開くことを許可する」



 ――。

 


 当然訪れたのは、耳が痛くなるぐらいの静寂だけだった。


「……ならばあとは、婚約の手続きだけだ。同席を許されていない者どもは、全員退室しろ」


 皇帝以外で席に着いているのは、レアンドレとルミエラの他シュカ、ヨルゲン、ウルヒ、ジャムゥだけである。つまりは人払いと同義だった。


 不満げな息を漏らしつつも、誰も皇帝には逆らわず、素直に扉から出て行く。

 執事やメイド、護衛の騎士らも退室してパタンと扉が閉められてから、ようやくギオルグは「やれやれ」と息を吐いた。


「ちょ、兄さんすぐに素を出しすぎ」

「あ? でないと怖いだろーに。なあ?」

「え」


 ルミエラが、呆気に取られている。


「皆、楽にしていい。どんだけ気取ったところで、俺たちは元海賊さ。貴族なんてがらじゃねーの」

「えっと……」

「でもなんでかこいつ……レレは、出来がいい。大事にしてやってくれな」


 戸惑いつつもルミエラは、ギオルグの優しい目に誠実に答えなければならない、と背筋を伸ばす。それもまた、皇帝のかもし出す器の大きさだなとシュカは感動する。

 

「はい!」

「え、ちょ、え? え?」

「何を慌てている。一目惚れはほんとのことだろう?」

「ぎょわわーーーーーーー!!」

 

 目を見開いたルミエラが、レアンドレをまっすぐに見つめる。


「レレ様……?」

「あわわわわでも! その! これはあくまでルミエラ嬢のため、と忘れてはいませ」

「……嬉しいですわ」

「にゃ!?」

「ふふ。かわいらしいお方」

「うん。あとは密室でやってくれ。な」

 

 ギオルグの言葉にぼん! と真っ赤になるふたりを、シュカたちは複雑な気持ちで見ていた。

 

「ごほん。ヨルゲンよ」

「は」

「貴様とウルヒのことは知ってるが、他のふたり。紹介しろ」

「は。我らが冒険者パーティ『天弓の翼』リーダーのシュカと、魔導士のジャムゥです」


 シュカがお辞儀をし、ジャムゥもそれを真似た。


「ふたりとも見た目は子供だが、中身はそうじゃないな? 火竜様の危機を収拾したのは、精霊王だけの手腕ではないだろうと思っていたが。何者だ?」

「そ、れは……」


 躊躇ためらうヨルゲンににこりと微笑んでから、シュカは皇帝をまっすぐに見る。

 

有り体ありていに言えば、勇者と魔王です」

「シュカ!」

「おい……」


 心配そうに腰を浮かすウルヒとヨルゲンを、ギオルグは目で制した。

 

「ほう。悪いが、そう名乗る者どもは腐るほど見てきているんでな。どう証明する」

「では。危険はないことをお約束させていただきますが、少々驚かれる方法かと。宜しいでしょうか」

「うむ、許可しよう」

「ありがとうございます。……ジャムゥ、アモンを呼んでくれる?」

「わかった」


 素直に立ち上がり、四本指それぞれと親指同士とをくっつける「三角の印」をするジャムゥの周囲に、禍々しい力が集まってくる。同時に両眼が赤く光った。部屋にいる全員が固唾を飲んで見守っていると、

 

「アモン」


 ずずずとテーブルの中心から、山羊の角を生やした長めの黒髪に真っ黒な目、赤い瞳孔の男の上半身が生えてきた。

 既に会っているシュカ、ウルヒ、ルミエラ以外は、突然現れた魔族に対して当然敵意や警戒心をぶつける。

 が、アモンはテーブルに下半身を埋めたままそれらをしれっと無視し、丁寧なお辞儀をしてみせた。

 

「お呼びでしょうか、マイロード」

「オレが魔王って証明、したい」

「愚問にございますね……わたくしを呼び出せるのは、貴方様だけでございますよ」

「そうなんだ?」

「はい」

「ねえアモン。じゃあ、勇者の証明ってどうしたら良いと思う?」


 ジャムゥの脇から問うシュカにアモンは、とても嫌そうな顔をした。


「はあ。わたくしにそれをお尋ねになるのは、少々酷なことでございますね……この世で聖属性の攻撃魔法ができるのは、勇者と賢者だけでございましょう」

「あ、そっか」

「魔王城での戦いをお忘れですか? わたくしが再起不能からどれだけの月日をかけてここまで」

「ごめん、ごめん!」


 ぐるり、とアモンは皇帝ギオルグを振り返った。

 

「まあ。わたくしに言わせれば勇者の証明というのも、おかしな話でございますね。魔王様は、我ら魔族が従う者。勇者は、定めた者ですのに」

「アモン……」

「さて。いちいち呼び出す手間もご面倒でしょう、マイロード。常にお側にはべらせていただいても?」

「邪魔しないなら、良いぞ」

「クック。もちろんにございます」


 アモンの姿が黒い霧とともにグルグル渦巻いたかと思うと――

「にゃーん」

 黒猫(ただし目の色は真っ赤である)になってジャムゥの肩に駆け上った。

「わー。フワフワだ」


 無邪気に頬をり寄せながら撫でるジャムゥと、眉尻を下げるシュカを見ながら、ギオルグは大きく息を吐く。


「……そうか、そうだな……すまなかった、シュカとやら」

「え!」


 大帝国皇帝の謝罪など、前例のないことである。

 

「この魔族の言う通り。人間どもがちょっと他より強い子供を勝手にまつり上げたくせに、証明もクソもねえよな」


 それを聞いたシュカは、「ふふ」と笑いをこぼした。


「陛下、さっきから一言で全部言っちゃうの、すごいです」

「そうか?」

 


 ――バアンッ!



「やっと、着いたぞおおおおおおおおおおおお」



 そこへ飛び込んできたのは、汗みどろの帝国騎士団長、イリダールだった。

 

 

 

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 お読み頂き、ありがとうございます!


 見た目はこども、中身はおとな。

 真実は、いつも、ひとつ! だったらいいですよね。

 勇者の真実が、ひとつ明らかになりました。

 

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