第33話 王女と宰相
建物の外に出ると、ボボムとギリアーが駆け寄ってきた。
一方、周囲はシュカたちに注目している余裕はない。「魔物が出た!」「至急追っ手を!」と右往左往されているのは、都合がよかった。
ギルマスには「風の指輪を使って女性のけがを治していたら、魔物が現れた」と説明し、ギルドがド派手に壊れたことに対しては謝罪をする。
「んなもん、どうにかならぁ! それより、無事でよかった。初ミッション、達成だな!」
一瞬ぽかんとするシュカに、ボボムは首を傾げる。
「そっか……そうでした」
ミッションの内容は『女性を助ける』だったことをかろうじて思い出したシュカは、肩でピルッと鳴くキースのお腹を軽く撫でる。
「あ?」
「えっと、嬉しいです! でもこんな状況で報酬もらうわけにも」
「あー、しばらくバタつくから、保留にさせてくれるか。でも、絶対払うかんな!」
「はは。はい!」
「期待しねえで待ってろ。お嬢ちゃんは、大丈夫なのか?」
ルミエラは、当然のことながら見た目ボロボロである。
足にはとりあえずとウルヒが布を巻いたし、酷いやけどを負っている腕は、少しずつシュカの治癒魔法をしているが、とてもひとりで放り出せるような状況ではない。それでも、気丈に笑顔で言ってみせた。
「はい! すっかり大丈夫ですわ!」
「ボボムさん。僕たちが、責任もって家まで送っていくから」
ふむ、と顎髭を触りながら、ボボムはヨルゲンに顔を向けた。
「ヨルゲン。まだまだ頼みたいこと、あるんだからな!」
「わかった、また寄れる時寄るわ」
「ふん。ならさっさと行け」
雑にぷらぷらと手を振るボボムに、ヨルゲンは軽くありがとよ、と返してから、全員にこっちだと促す。
「お世話になりました!」
戸惑いつつ頭を下げるシュカとルミエラに対し、ウルヒは「あれで、空気は読むんだよねえ」と眉尻を下げる。
「空気って、読めるのか?」
「あー、違うよジャムゥ。説明が難しいねえ」
「言葉で言わなくても、何をして欲しいか分かるってこと」
シュカがそう話しながらちろりと見上げると、ヨルゲンが厳しい表情で口を開いた。
「そういうこった。昔馴染みに話つけたから、そこで話せ」
黙ってついていくと、メイン通りから外れた、隠れ家的レストランに案内される。
「え! 僕らこんな格好」
シュカからは思わずそんな言葉が出た。
明らかに高級な店構えなのである。
入るのを
「お気遣いなく。中へどうぞ。個室を用意しています」
所作も優雅である。ウルヒが思わず「素敵」と呟いたら、彼は口角を上げてエスコートのため手を差し出してみせた。ウルヒは慣れた様子で右手を乗せる。
「ありがとう」
「光栄です」
絡み合う大人同士の目線を目の当たりにしたルミエラはぽっと赤面し、シュカは苦笑いだ。
「ゲン、また口がへの字だ」
「言うなよ、ジャムゥ」
はあ、と大きな息を吐いてから、ヨルゲンは個室奥のダイニングテーブルに向かって言葉を放った。
「よぉ、連れてきたぞ」
――ガシャン! バタン!
「わわわ! えっと! どうも!」
華奢な男性が、慌てた様子で椅子から立ち上がった。
紺色の髪は丁寧に撫でつけられていて、アイスブルーの瞳に銀縁のモノクルを着けている。
ジャボつきの白シャツに青いベスト、ダブルブレストと呼ばれる、ボタンが二列に連なっている青色のジャケットを着ているので、明らかに身分が高い人物であると推測できた。
立ち上がった拍子にグラスと椅子が倒れたらしく、脇に控えていた給仕長と思われる男性がさりげなくフォローしている。
「えっと、どうぞ!」
「落ち着けって、レレ」
「んー無理っ!」
最初にウルヒが、声を掛けた。
「まったく。相変わらず女が苦手なんだね、坊や」
「ふぐ! 坊やって言わないで!」
ウルヒのエスコートを終えて後ろで控えていた先ほどの騎士が、必死に笑いを
「帝国、宰相……レアンドレ・バルバロイ侯爵閣下」
シュカが、驚きの声でその名を呼ぶ。
本来なら大変無礼なことであるが、レアンドレは若干テンパっていたので、スルーしてくれたようだ。
「はい、そうです」
「さいしょー?」
「っ」
ルミエラが、ばっとカーテシーの姿勢を取る。
王女と侯爵であれば当然王女の方が身分は上だが、今回の件の責任を感じているのだろう、とシュカは見てとった。
「お顔をお上げください、ルミエラ殿下」
「……はい。このような格好で申し訳ございません」
「いえいえ、こちらこそ。その、いきなり呼びつけてしまって。侍女に着替えを用意させております。よろしければ」
柔和に微笑んでみせる宰相に、ルミエラは驚きの表情を浮かべた。
「そ、んな。わた、わたくしはっ」
「大変でしたね。話は大体聞いております。さあ、レディが肌を出してはお身体が冷えます。旅に出ることを見越しての簡易な旅装ですから、遠慮なさらずご笑納ください」
「はい……ぐすっ」
侍女の案内でルミエラと付き添いのウルヒが隣室に移ると、ヨルゲンがレアンドレに歩み寄って、遠慮なくその肩をバンバン叩いた。
「やるじゃねーか」
「え?」
「めちゃくちゃ良い男だったぜ」
「いやあああの、思った以上に傷ついてたし! ただ、夢中で気遣っただけで!」
「すんなりいくんじゃねーの? にしし」
じゃれる男ふたりに、シュカが冷たい目線を投げた。
「なんか、すっごい、嫌な予感がする」
「やなよかん?」
◇
ダイニングテーブルで温かな食事を提供された一行。
そこでシュカたちパーティが一通り名乗った後でヨルゲンの「作戦」が説明され、もちろんルミエラは驚いた。
「こ、んやく……? わたくしと、ですか?」
「ああああくまで形式上! でして! いやならば、その」
「いやなわけ、ございません」
「ひゃい」
「よいのでしょうか。わたくしは、
その王女の問いに、宰相はふっと微笑む。
「これでも帝国宰相ですから、人を見る目には自信がございましてね。大罪人は、そのように後ろめたさを感じませんよ」
「レアンドレ様……」
「国を救いたい純粋な気持ちに付け込む者こそが大罪人であると、僕は思います。残念ながら殿下の助命嘆願期間は、僕の婚約者であっても短いものになるかもしれない。皇帝陛下の采配ひとつで、あっという間に死刑になってしまう可能性もある。そんなわずかな希望ですが、がんばれますか?」
「もともと、捨てた命でございます」
き、と決意と共に顔を上げたルミエラと、レアンドレは真正面から向き直った。
彼女のきらめく紫の瞳を心から美しいと感じたが、その気持ちはかろうじて飲み込む。
「帝国へもたらした混乱について、この小さな身で責任を取れるなどとは思っておりません。せめて、事態の収束に自身で関われるお時間を
真に、王族として清い人なのだな、とレアンドレはその決意表明を微笑ましく受け止めた。一方で、氷の花嫁として捧げられることを
「はい。ということで……僕のことはどうぞレレと」
「レレ様」
「うひゃーぃ」
「変、でしょうか?」
「ああいえ、家族以外の女性に呼ばれたことがなくて、ですね、はい」
「まあ! うふふ」
「えへへへ」
「帝国宰相と仰るからには、厳しいお方なのではと」
「え?」
「かわいらしいお方で、安心いたしました」
「かわいっげふごふっ」
「まあ! 大丈夫ですの!?」
「だい、じょぶっ」
シュカたちは、これらのやり取りをずっと同じテーブルで眺めており――
「なんか、気が抜けちゃったよゲンさん」
「えー? わりぃ」
「いいじゃないか。ずっと殺伐としてたんだ。幸せだねえ」
「アウシュニャ、喜んでる。赤いの、ふわふわ浮いてるだろ。もう火、使えるかも」
「「「!!」」」
「コイ、スキ」
「キース! そっか……火の精霊って……」
恋愛好きの精霊であることを思い出して、なんとなく肌がむずがゆくなったシュカだった。
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お読み頂き、ありがとうございます!
ジャボというのは、男性貴族がネクタイのようにつけている、やたらとフリフリなあれです。
アスコットタイと迷ったのですが、空回りしているレレを表現したくて、こちらにしました。
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