第27話 氷の花嫁


 大帝国コルセアから見てはるか北に、ヨーネット王国という国がある。

 

 その国には氷の花嫁という二十年に一度の風習があり、その名の通り『氷に嫁ぐ』。


 しかも、その花嫁は必ず王女から選ばれることになっている。

 

 国土は広大であるものの、雪深く資源の少ない国は、そうして人々の不満や鬱々とした負の感情をらすことで、生きながらえてきた。

 


 ブオリざんと呼ばれる高山の五合目に作られた『氷殿ひょうでん』の大広間に、真っ白なドレスに身を包んだ一人の女性が立っている。

 

 第五王女ルミエラ。

 つややかな黒髪に、濃い紫色の瞳の十八歳。


 今年の、氷の花嫁ヤ・モルシアンである。



 彼女は、付き添った女官にょかんたちの導きで、そのまま中央へと通された。

 

 周辺の壁にはステンドグラスがはめられているが、全く日が射さないため、どんなに色鮮やかなガラスだろうと物悲しく見えている。

 

 大理石の床には複雑な円状の文様が青いインクで描かれていて、その中央に、ガラスのが設置されている。氷に見立てたデザインで、飾り細工の入った台の上にあり、大人がかろうじて覗き込めるぐらいの高さになっている。

 中は青いベルベッドでできたベッドのようであり、周囲には白薔薇が敷き詰められていた。


 ルミエラの吐く息が、白い。華奢な肩が、ふるふると細かく震えている。雪の季節ではないのに、寒い。氷殿と呼ばれるだけあるな、と内心では苦笑する。

 

 

 ――さあ。そこに横たわるが良い。

 

 

 促されたルミエラは素直に頷くと、棺にかけられた五段のステップをゆっくりと上がって、ドレスの裾を気にしながら棺の中で横になった。胸の上で両手を組み、目を閉じる。

 

 女官たちが両脇から覗き込むようにして、寝た姿勢になったルミエラのドレスやベールを手早く整える。それから、ふたりがかりでステップを持って、しずしずと後ろへと下がっていく。

 

 

よ! ここに! 花嫁を捧ぐ!!」


 

 熊の毛皮でできたマントをまとう、分厚い体躯で黒髪黒ひげの勇猛な男が、声を張り上げた。

 国王であり、ルミエラの父であるシス・ヴァロその人である。

 

 背後には、同じような格好をした男たちが十人、横並びで立っている。

 彼らは、女官たちが棺の外側へ神聖な水をふりかけ、清めたのを確認してから――別に作られた棺の蓋の縁周辺に全員で並んで、ゆっくりと持ち上げて運ぶ。


 棺の横に到着すると、重い蓋を両手で頭上に掲げる。祈りの言葉を唱えながら棺の上へ置き、がちん、がちんと金具を閉めていく。

 

 

 シュッと密閉された棺内は空気が遮断され、やがて静かに王女は息を引き取る。



 国王と十侯じゅっこうが見守る儀式が、この年も無事に終わったのだった。





 ◇



 

 ウルヒが、女性の手首にある独特の刺青いれずみに気づいた。

 

「ったく。禁呪を使うとは……」

「ウルヒ、禁呪って?」

「北のヨーネット王国ってあるだろ」

「うん。氷の国だね。一回だけ行ったかな? ゲンさんが温泉見つけたとこ」


 シュカが、ウルヒの隣に寄り添ったまま、ヨルゲンの顔を見上げる。

 

「あー!」

「それで、女の人たちにモテまくって」

「あー? そうだったか……?」

「ウルヒが八つ当たりでグランドベアを弓矢一本で倒して、英雄になったとこ。でしょ?」

 

 グランドベアというのは、山に生息する巨大な熊の魔物で、通常はBランクパーティで討伐する、毛皮も肉も爪も骨も全て素材として貴重な魔物だ。

 魔法は使ってこないものの、巨大な体躯と素早い動き、岩石すら片手で投げ飛ばす怪力が特徴。生半可な冒険者なら、裸足で逃げ出す相手である。


 つまりソロ、しかも弓矢だけで討伐、というのはあり得ない話だ。


「温泉一緒に入るとか、けがらわしんだよ」

「んなことしてねっつっただろ!」

「どうだかね!」

 

 居心地が悪くなったのか、ヨルゲンが先を促す。


「はあー。昔のことはもういいだろ……禁呪ってなんだ?」

「ふん。包帯で隠れているけど、従属の印に間違いないと思う」

「じゅうぞくのいん……?」


 首をひねるヨルゲンに対し、シュカが記憶を思い起こしつつ話す。

 

「確か、自身の魂と肉体を捧げる代償に、精霊とか魔族を従えるんだったよね」

「その通り。精霊たちは強制力を嫌うものさ。だからジャムゥは嫌いって言ったのかもね」


 ウルヒに言われたジャムゥは、女性を見下ろしたままこくんと頷き、独り言のように発する。

 

「胸の中がもやもやする。キライと思った」


 ジャムゥ以外の三人は、顔を見合わせた。

 

「オレに対してじゃなくても、気持ち悪い」

「ジャムゥが嫌うほどの強さ――まさか」


 シュカが、ピンと来た顔をする。


「火竜を、従属にしようとしたのか!」

「うん、シュカ。オレも今そう思った。竜みたいな強いのが従うってことは、きっとそいつじゃなくなる。つまり、一回死ぬ」

「おいおいおいおい」

「ちっ、なんてことを……」


 と――いきなり部屋の気温が上がった。


『うるさ……い』


 ざらざらとした耳障りのする声が、女性の口から発せられたかと思うと、ゆらりと起き上がった。


「!」


 ウルヒがシュカを庇うようにして後ずさりすると同時に、ヨルゲンもジャムゥの手を引いて背に庇いながら、背中の愛剣の柄に手をかける。

 

『ブレイズ・ストーム』

「やっべ!」

「火は苦手なんだってばっ」


 焦る大人ふたりをよそに――


マジックバリア魔法防御

「やっぱり、キライだ」


 シュカとジャムゥが、それぞれ静かに対応する。



 ごわっ!



 太い炎の柱がベッドの上に発生したかと思うと、天井まで立ち上り、這うようにして部屋中へ燃え広がっていく。


「うおい! あっちい!」

「まっずいね~」


 ウルヒがすかさず、物音で起きたものの驚きで硬直していたサブマスのギリアーを、風魔法で部屋の外へ放り投げた(多分どこかを打ったのだろう、「ひぎゃ!」と遠くで声がした)。


 それから、入り口扉を後ろ手で閉め、誰も入って来られないように立ちふさがる。


 廊下から怒号が聞こえ、ドンドンとノックをされたので「入るな!」と怒鳴り返す。


 

 女性の体は炎に包まれ、瞳だけでなく眼球までも真っ赤に染めて、ゆらゆらとベッドの上に立った姿勢で浮いていた。


 

「アウシュニャ」

『……』

 

 ジャムゥが静かに語りかけるが、反応を示さない。


 

「アウシュニャ。アウシュニャってば」

『……』


 今度は鬱陶しそうな顔で、ジャムゥの顔を見る。

 

『……燃えろ』

「やだ」



 強大な炎が、ほとばしった――

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る