第26話 青竜の試練
静まり返った神殿内には、ついにしんしんと雪が降りだしていた。
もちろん、雪が降るような季節ではないので、それだけ青竜の怒りが強いということが分かる。
シュカは二の句が継げず、立ち尽くしていた。
火竜という、人間が倒すのは不可能なはずの存在を、何らかの手段で殺したというのが事実であるなら。
報いを受けるのは当然だと思ってしまうからだ。
沈黙を破ったのは――
「ウダカ」
『?』
ジャムゥの足元から、黒い霧が生まれてモワモワと立ちがっていく。
青いローブの裾をはためかせ、ふわりふわりと巻き上がる黒髪は、幻想的だ。
皆が
渦の中心でキラキラと光る青いピアスは美しく――両眼が赤く光ってからは、禍々しくなった。
『ジャムゥ……!』
「うん。オレ、まだ
すると、キースがシュカの肩から羽ばたいて、竜巻の周りを飛び始めた。胸にある石が、ジャムゥの両眼に呼応するかのように明滅している。
青く光る魔法陣の上に浮いている青竜、その脇で両眼を赤く光らせる魔王、黒い風に乗って巻き上がる、雪の竜巻を助長させるように飛ぶ白鷹――
「な、んだこれは……世界は、終わるのか……?」
イリダールの目が、絶望に揺れている。
それほどの光景が、ここにはあった。
「終わらせないっ! だから、僕はっ!」
ぎりぎりと拳を握りしめるシュカが、顔を上げた。
「まだ間に合うなら! 貸しを返すぐらいは、いいじゃないかっ!」
『はは、ははは』
首をもたげる青竜が、おかしそうに笑い声をあげる。
『そなた、ヴァーユの気配がするな……覚悟は示した、ということだな……ならば』
コオオオオ――
青竜の大きな口吻が限界まで開き、上下の牙で挟むように青い玉が作られていく。
やがてそれがふわりと浮いたかと思うと、シュカの眼前まで漂って止まった。
『シュカよ。我らは、試練を与えることしかできぬ』
「わかってる!」
『わかっているなら、もう何も言うまい。受け取れ』
ゆっくりと明滅する青い玉を、そっと手のひらで受け止めるシュカの目には、強い決意がにじみ出ていた。
『それは、
「はい」
『正しく使ってみよ。失敗したら、肉体は滅ぶが。良いか』
竜の試練は、失敗をすると難易度に応じた罰が下ると言われている。
受けるには、相応の覚悟が必要だった。
「……わかりました」
『貸しを返せというなら、我の加護を与えるとしよう――シュカと、それに追従する者へ』
シュカとジャムゥ、ヨルゲンとウルヒの手のひらがそれぞれ青く光ったのが分かった。
「ありがとう、青竜様」
『礼には及ばぬ』
「ウダカ。シュカなら、
『そうだなジャムゥ……くれぐれも、気を付けろ』
「うん」
『急いでいるだろう。どれ、仲間ごと送ってやろう』
「送る……?」
再びまばゆい光に覆われたかと思うと、次に目を開いた時には――
「え」
「うは」
「ここは……」
見覚えのある部屋に、四人は瞬間移動していた――皇都冒険者ギルドの一階にある、治療室である。
「ほぎゃ!?」
「あ」
首をめぐらせると、サブマスのギリアーが呆然と立ったまま、ぐるぐる眼鏡の中で目をまんまるくして震えている。
「しゅしゅしゅしゅごっふぎゃ」
ヨルゲンが、すかさず手のひらで顔ごと塞いだので叫び声を止めることはできた。が――
「ふにゃぁ」
その代わりヘナヘナと気絶してしまったので、苦笑しながら優しく横抱きにして、空いているベッドへ慣れた手つきで寝かせてやる。
それを見たウルヒが、絶対零度の目をしていた(お前いつもそんなんやってんのか? の気持ちが駄々洩れである)。
一方。
「ふん。儂は、仲間じゃないのかい」
真っ暗になった神殿でひとり、イリダールが
◇
「行方不明ならまだしも、よりにもよって帝国の冒険者ギルドに収容されているだと?」
グレーン王国。
王宮の一角にある王太子の私室は、白を基調とした調度品で整えられている。
大理石は丁寧に磨かれており、壁に据え付けられた暖炉の上には、大輪の花を咲かせる薔薇の絵がかけられている。一見シンプルだが、よくよく見ると家具の端々に金の縁取りや、ちょっとした装飾にも宝石がふんだんに使われていて、非常に高価であることが分かる。
マティアスは使い慣れた執務机に、片肘で頬杖を突いて座っていた。机の上には、音石がある。その前にもう片方の手を置いて、イライラと人差し指で天板をコツコツ叩いている。
「はあ。失態だな。逃がした奴らの首を斬っておけ」
相手が焦って弁明を始めたのが気に入らず――衝動的に音石を掴むや椅子を引いて立ち上がり、床に叩きつけて割った。
バキン! という音に驚いたのか、廊下の護衛が扉の隙間から顔を出したが、雑に手を振って追い返す。
「役立たずめ……せっかく火竜を……まあいい。このまま帝国の鍛冶産業が死ねば、すぐに国力も衰えるだろう」
ふふふ、とマティアスは黒い笑いを漏らす。
「そうか、女が生きているなら、利用できるな。くくくく」
――どう転んでも、私の都合の良いようにいくのは、天命であるなぁ!
のけぞって、声を出さないように顔だけで笑うマティアス。
その左胸には、今にも飛び立ちそうな鷹が彫られたピンバッジが、窓から差す日光に照らされて輝いていた。
◇
寝ている女性の様子を見ながら、四人はそれぞれ体や持ち物に異常はないか、自身の状態を確認していた。
女性の頬や包帯の隙間から見えている肌は、相変わらず真っ赤に染まっている。生きているのが不思議なほど熱を持ち、荒い息で胸は細かく上下し、呻き続けている。
「竜ってすげえのな」
背中に愛剣が戻っていることを確かめて安堵した後で、場の空気をなごませようとするヨルゲン。その軽口に応えるのは、ジャムゥだ。
「竜から竜に繋がっている『竜脈』を使ったんだ」
「へえ……てことは……!」
ヨルゲンの視線を感じながら、右手の中の青い玉を見つめるシュカが、口を開く。
「うん、ゲンさん。やっぱり火竜の命が、彼女の中にあるんだね。この瞬間移動は、それを教えるためでもあったのかも」
「竜の呪いは、強い。死なないの、すごい」
「ジャムゥの言う通りだと思う。なにか……生きている理由があるはず……!」
ばっと顔を上げるシュカの肩に、ウルヒがそっと手を置きながら、ベッド脇に進み出た。
「相手は女だし、念のためあたしが調べよう」
「気を付けて。魔力で干渉してはダメだよ。呪われるから」
「わかった」
じ、と女性を見つめるウルヒは、そっと肩の上で寝ていたウルラをキャビネットの上に移してから(気づかず寝ている)、目に見える何かを探し始めた。
次に、慎重な仕草で、かけられているブランケットをめくる。
「変わったところは……なさそうだが……ん?」
翠の目が、包帯の隙間から覗く手首の上で止まり、鋭く吊り上がった。
「この、
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