第25話 召喚魔法
「どういうことだ?」
シュカが説明を
「……見たとこ、
騎士の中に魔教連(魔導士世界教会連合)信者がいることを見越しての態度だ、とすぐに気づいたイリダールは、かすかに頷く。
身分が高い熱心な信者は、ほとんどがそうと分かる『会員ピンバッジ』を胸に着けている。ヨルゲンは、イリダールの騎士服にある装飾をさっと目で確かめた後で、体を離しつつ頭の後ろでめんどくさそうに手を組んだ。
「悪いが、騎士さんたちには見せらんねーなー」
ヨルゲンのふてぶてしい態度に、たちまち騎士たちは色めき立った。
「なにを!」
「無礼なっ」
「これだから冒険者
ジャムゥはそんな声もおかまいなしに、床をつぶさに観察した後で、ぱっと顔を上げシュカに向かって言う。
「うん。ここなら、良い。けど、邪念多すぎると、無理だぞ」
「あー。そうだよね……イリダール様。ちょっと試したいことがあるんです。ここが神聖な場所だからこそ」
「人払いがいるんだな?」
こくんと頷くシュカの後ろで、ウルヒが笑う。
「察しがいいジジイも、あたしは好きだよ」
「はっは。ただし儂は残るぞ。皇帝陛下に顔向けができんからな」
「分かっています」
「うん。いりだーるは、大丈夫だ」
くしゃりと笑ったイリダールが、ジャムゥの小さな頭を優しく撫でると、大ぶりのピアスが揺れて青く光った。
「そうか。良かった」
「へへ」
「聞いたか皆の者。今すぐ撤収の上、神殿敷地外で待機」
戸惑うものの、やはり騎士団長の命令とあっては、と気持ちを切り替えて動く者が大多数だが、何人かは引っ込みがつかないのか足を動かさず抗議した。
「しかし団長!」
「我らこそが」
「信用できません!」
「冒険者なんぞにっ」
少数精鋭であれば気位の高さは当然だろう、と思うものの、今はそんなことを言っている場合ではない――シュカが口を開きかけたその時、イリダールから尋常でない殺気が漏れた。
「あ?」
反射的に少し構えていたヨルゲンも、たちまち両手を挙げて降参のポーズを取る。
「儂に逆らう
ふしゅぅ~と吐かれる息が黒く見えるのは、きっと気のせいだ、とシュカは何度も
「騎士の誇りなんざ、この大災害の前じゃあクソの役にも立たん。それとも何か? その剣で火を出せるってか? ああん?」
「うぐ」
「今大事なのは身分でもやり方でもねえ。可能性だ。分かったらさっさと下がれ。邪魔だ」
ぴゅうぅ~、と吹くウルヒの口笛に合わせて、キースもピイッと鳴いたのを見てから、ようやく残りの騎士たちもすごすごと去り始める。
「あーあ。っとにめんどくせえな、貴族ってえもんは」
背中を見送りながら吐き出すイリダールに、ヨルゲンが同意した。
「プライド食って生きてっからな」
「王族がそれ言うかい。おもしれえ奴だな剣聖。今度飲もうや」
「んだからもう王族じゃねーし。って俺もかよ」
「いいだろうが。
「誰がだよ!」
「あー、おっさんとジジイさあ。そろそろ引っ込みなよ」
ウルヒが顎をしゃくる先で、シュカが黙って冷たい目をしていた。
「「すみません」」
「うん。言われる前に、気づこうね」
「「はひ」」
いつも通り、ジャムゥがキラキラした目で見上げてきたのには、苦笑を返しておく。
「さて。ウルヒ、念のため防音結界と目くらましを」
「もうやってるよ~」
「さすがだね。ジャムゥは、思い出せた?」
「ん。でも最後のところが」
「それなら大丈夫。ゲンさん、『
「おう」
「一体、何が始まるのだ?」
シュカが、風魔法でがれきや石ころを排除すると、白い床が見えていった。
大理石の上に、赤い色で彩られた魔法陣のようなものが描かれている。が、ところどころ割れているし色も消えている。
「召喚魔法」
シュカは一言で答えると、指で上から床の魔法陣をなぞるようにして、宙に何かを描いている。
指先から発せられる青い光の軌跡が、複雑な文様と文字配列を浮かび上がらせていた。
「しょう、かん、だと……」
目を見開くイリダールに、そっとウルヒが近づいて腕を引いた。
「何が起こるか分からない。念のため、あたしの後ろに」
「わかった」
素直に従うイリダールを横目に、ヨルゲンは背中の大きな両手剣『
「あれは?」
「帝国騎士団長様すら覚えがないのは、悔しいね……勇者への恨み言ばっかり残ってさ。あたしら、十七年前にリヴァイアサンを討伐してるんだよ」
「!!」
「ヨルゲンの剣は、リヴァイアサンの牙や鱗からできてる。それを打ったのが今の冒険者ギルドマスター、ボボムってわけ」
「青竜様を苦しめていた最悪の海獣を倒したのが、勇者パーティだっただと? そんな話は」
「
思わず舌打ちをしたウルヒの態度をイリダールは責めなかったし、それ以上聞かなかった。
「ま。そういうわけで、あたしらは青竜様にでっかい
シュカが空中に描いた魔法陣が、床にぴったりと貼りつく。ジャムゥが魔法陣を挟んでシュカと真反対に立ち、四本の指先同士と親指同士をくっつけた『三角』の形を作るように手を合わせる。
――大気中に魔素がびりびりと集まって来たのが、肌で分かった。
ジャムゥの、魔素の源泉のような姿に全員が身震いをし、動けなくなる。
魔法陣の終わりと思われる箇所に寝せられている『蒼海』は、柄頭にある青い宝石のようなものを光らせている。
「公にはされてないけど、あの青いのはリヴァイアサンの目さ」
「っ! ならば剣聖には、水と火の
「そ。トドメの恩恵、ってやつ。嫌な奴だろう?」
言葉と裏腹に、ウルヒは得意げだ。
「まいったな。強すぎる恋敵だ」
楽しそうなイリダールは興奮しすぎていて、次に呟いたウルヒの声は、耳に入らなかった。
「……ハナっから勝負になってないって」
明滅を繰り返していた魔法陣の青い光が、やがて明るく光ったままになる。
「呼び声に応えよ、青竜よ」
シュカの言葉に合わせて、ジャムゥが呼ぶ。
「サットサンガ・ウダカ」
と――目を開けていられないほどのまぶしい光が、廃墟を満たしていった。
『……呼んだか』
五回ほど呼吸を繰り返した後で聞こえてきた、
ただし本体ではなく、姿かたちだけを見せている映像のようなものであり、実際の大きさよりはるかに小さい。その証拠に存在感はなく、時々ざざ、とノイズのようなものが走って見える。
「はい」
『ふむ。久しいな、レイヴン』
「あー、いえ、今はシュカって名前なんです」
このやり取り、前にもしたな? とシュカが一瞬思考を飛ばすと、背後のイリダールが叫んだ。
「レイヴン、だと!?」
「あーっ、あー!」
ウルヒが咄嗟に叫んで誤魔化すが、当のイリダールは目を見開いたまま固まっている。
「ええと。火竜様のことでお聞きしたくて」
『ああ。シュカ。アウシュニャの命が……消えてしまった』
「アウ……?」
「アウシュニャは、火竜の真名だ」
ジャムゥの補足に頷き返してから、シュカは続けた。
「……何があったんですか」
『わかっているのは、最期の悲鳴だけだ』
青竜は
『
「抗えない?」
『ああ』
「……実は、水魔法でも消せない炎を出す人間がいるんです。僕たちはその女性を助けるためにここへ来ました」
『水魔法で消えない炎であれば、それは呪いだ。アウシュニャの命を奪う代わりに受けたものであろう』
「やはりそうでしたか……その呪いは、どうしたら
『呪いを解く、だと?』
ビシ、ビシ、ビシ、ビシ。
ここに本体はいないにも関わらず、空気中の水分が凍っていく。
魔法陣を見守る全員の吐く息が、白くなった。
『
それを聞いたウルヒは、
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