第7話 七色、六体



 精霊国アネモスにある精霊王の宮殿は、国全体を見下ろす断崖の上に立っていた。

 

 中央区画から見て日の出の方角にあり、その屋根は日光を浴びて燦然さんぜんと輝く金塗りである。木造の建屋はあちこちに職人が腕を振るったと思われる緻密ちみつな飾り彫りがされており、柱には魔石が埋め込まれ、それぞれの方角からの災厄を防ぐ仕掛けになっている。


 精霊王は、基本的に宮殿から表に出ることはない。


 俗世ぞくせに触れることを精霊が嫌う、というのがその理由である。

 ましてや宮殿は神聖なる場所であるため、来客を招き入れた例は、過去にあまりない。

 

「相変わらずだな」


 だから、ガルーダ・エリークが宮殿で最も大きな広間に姿を見せ、さらにシュカとヨルゲンの顔を見るやそう言って微笑むと、側仕えの者たちですら驚きで息を呑んだ。

 

 一段高いところにどかりと胡坐あぐらをかく精霊王は、鬱陶しそうにしっしと手の振りだけで人払いをする。側近と護衛たちは躊躇ためらいつつも立礼し、しずしずと去っていった。


 シュカとヨルゲンは、対面の床に置かれていた丸い座布団の上に腰を下ろし、人の気配がなくなるまで深々と座礼をする。その間、白鷹のキースはシュカの左肩から下りることなく、ばさばさと翼をはためかせていた。


おもてを上げよ」

 

 ふたりが顔を上げると、ガルーダは鳥の羽根のちりばめられた大きなローブを羽織り、顔の上半分を白く塗られた木彫りの面で覆っていた。左肩には先ほどの白フクロウ、ウルラがいる。ギョロリとした目とくちばしが付いている仮面の下半分は、口元が露わになっていて、つややかで赤い唇が見えた。プラチナブロンドの髪は、丁寧に編み込まれて肩に垂れている。


 シュカがためらいがちに

「……ウルヒ」

 と呼ぶと、口角をゆるく上げ

「その名で呼ばれるのは何年ぶりだろう。わらわとウルラには

 ガルーダ・エリークは、愉快そうな声音こわねで返事をした。

 

「ごめん」

「責めてはいないぞ?」

「うん……宣言通り精霊王になったんだね」

「退屈だけどな。まあ、そこの薄汚い冒険者より、はるかにマシだ」

「あぁ!?」

「ふ、ふ」


 不服そうに後ろ頭をがりがりとかくヨルゲンに、ガルーダの掛ける言葉は冷たい。


「……どのツラ下げて会いに来た」

「あのなあ! 精霊王になるって言われたら、俺にできることは」


 口喧嘩がはじまりそうな気配に、慌てたシュカが

「喧嘩しないで!」

 割って入ると、ふたりそろってぎゅいんとシュカの顔を見て

「「喧嘩じゃない!」」

 と大声で言う。


 あまりにふたりの声がぴったりと重なったので

「ふ、ふ。全然変わらない。嬉しい」

 シュカがくしゃりと笑うと、大人ふたりは苦笑するしかない。


「陛下。僕、シュカっていう名前なん……です」


 居住まいを正し、謁見として振る舞う少年冒険者に、精霊王は口元を引き締めた。

 

「シュカ。緑竜に会いに来たと聞いた」

「はい」

「……そうか」

「まさかもう、起きましたか」

「その通りだ。その鷹を見るに既に三体は」

「はい」

 

 勝手知ったるかのようなふたりの会話に、慌てたのはヨルゲンだ。

 

「ちょちょ、待て。俺にも分かるように言え」

「? 話してないのか」

「ええ。どう伝えたらと」

「そうか」


 ふむ、とガルーダは腕組みをする。


「ヨルゲン」

「あんだよ」

「世界の核を壊したのは、恐らく勇者レイヴンではない」


 驚愕に目を見開いて腰を浮かすヨルゲンの一方、シュカは膝の上に拳を作り、ぎゅっと下唇を噛んでいる。


「なぜ分かる!」

「わらわは精霊の声を聴く」

「なら! なんで魔教連まきょうれん(魔道士世界教会連合)は」

「さあてね」

 

 眉間に深いしわを寄せるヨルゲンに、ガルーダは静かに語る。


「今は分からずとも、シュカと共に旅をすればおのずと知れよう」

「どうせ話しても分からねーって言いたいのか?」

「ったく。貴様はどうしてそう……シュカを守ってくれ、と言いたいだけだ」

「!」

「大変に困難な道だ。黒竜、地竜、雷竜、と徐々に強力になってきているだろう」


 ば、とヨルゲンがシュカを振り返ると、しっかりと頷かれた。


「ええ。黒竜は幼く魔法が苦手なのでソロでもなんとか勝てました。地竜は風が苦手なので、キースの力を借りて。でも雷竜は」

「あれはソロじゃ無理だ……!」


 うめくように言ったヨルゲンは、すとんと腰を落とす。

 

「剣聖よ。緑竜はさらに強いぞ」

「まじかよ」

「ふ。我が精霊国の守護竜だ。当然だろう」

「……あと何体いるんだ」


 するとシュカが小さく「キース」と呼んだ。

 

 左肩で羽繕いをしていた白鷹が、みるみる白刃のロングソードへとその姿を変えていく。


 シュカはその刃の根元を持つと、柄の部分をヨルゲンへ差し出した。金銀で装飾された美しい持ち手を覗きこむ、その眉間にたちまちしわが寄る。


「これは……石か? 黒、茶、紫……なんだ、このくぼみ……いちにいさん……あと七つあるな」

「うん。残りは緑、青、赤、金、銀、白……」

「それだと六つだぞ」

「……残りひとつが、分からない」


 ふー、とヨルゲンが天井を仰ぐ。

 ロングソードは、再び白鷹へ姿を戻してシュカの左肩にとまった。くしくしと羽繕はづくろいをしている。

 

「難しいことは、わからん。けど、六体の竜に会いに行くのを手伝ってやれ、そういうことだな?」


 ぱあっと明るい笑顔を見せたシュカを見て、ヨルゲンの心は満ち足りた気がした。

 

 剣聖の地位を捨て、惰性だせいで生きてきたような毎日は、本当に退屈だった。降ってわいたようにできたこの新たな目標は、非常に魅力的だ。少なくとももう、退屈はしないに違いない。


「行ってやろうじゃねーか。で。緑竜は守護竜だろう? 倒したらダメだから、精霊王に会いに来た。違うか?」

「うん」

「ほーう。ヨルゲンにしては賢い」

「っバカにすんな!」



 そんなヨルゲンの怒声によって、たちまち側近たちがなだれ込んでくる。

 

 ガルーダは片手をあげてそれを止めると

「貴様ら。わらわは、聞き耳を立てろとは言ってないぞ。下がれ」

 言いつつ、すくっと立ち上がった。

 

「こいつら、しょぱなから気配駄々洩だだもれだっつの」

 

 めんどくさそうに肩を竦めるヨルゲンに対し、にたぁと笑うガルーダ・エリークは側近らを振り返り

「聞いただろう。貴様らでは束になっても到底かなわん。こやつは本物の『蒼海そうかいの剣聖』だからな。歓迎してやれ」

 一方的に言い捨て、広間をドカドカと去っていった。


 

 ――心なしか、その足元が弾んでいるのを見て、シュカは嬉しくなった。

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