はじまりの話

「おはよう、ルナ。今日も可愛いね」

「さすが、フレッドくん。こんな応用魔法もできるのか。凄いね」

「お手をどうぞ、アマンダ。そこ、段差になっているから気をつけて」

「凄いよ、ロイ。こんな難問を難なく答えてしまうなんて。やっぱりキミには勝てないなぁ」


 ニコニコと人当たりのよい笑みと共に賛辞を送れば、気を悪くする人などいなかった。誰もがリアムに心を開き、彼がちょっとでもお願いするとそれを聞き入れる。

 踏み込みすぎず、けれど一定の距離感で接し、相手の弱みを見つけるとそれを上手く利用した。


 そして、懐に少しずつ少しずつ相手の心に侵食していくことで意のままに操る。


 人心掌握するための心の機微のバランスにとても長けていたのがリアム・シャルムという男だった。


(名前を呼んで、相手が望む言葉を適当に言うだけだというのにチョロいな)


 リアムは心を読むのが得意だった。


 相手が何に期待し、何を望んでいるかを察する能力が特に優れていた。

 孤児院にいたときは思春期も相まって自分が相手に期待に沿って動くことに反発することもあったが、自分の利のためにわざと相手が望むものを与え、意のままに操ることができることを学んでからは、表向きは人当たりがよく、誰に対しても品行方正な優等生としての地位を確立していった。


(僕が人殺しをしたところで恐らく誰も僕のことを疑うことはないだろうな)


 気ままに人を貶め、その罪を他人になすりつけるようなことを多々行ってきたが、誰もリアムのことを疑うことはなかった。なすりつけられた当人さえも。


 だからリアムは好き勝手振る舞えた。

 あくまでリアムは表向きは優等生ではあるが、その質は傍若無人の自己中そのものだった。


(あぁ、どいつもこいつもバカばっかり。ま、せいぜい僕の豊かな人生のための糧になってくれ)



 ◇



「リアム様〜!」

「……やぁ」

「キャー、リアム様今日も素敵ですぅ〜!」

「はは……そう言ってもらえて、僕も嬉しいよ」


(煩い。耳障りだ)


 ニコニコと柔和な笑みを浮かべているものの、内心はすごく不機嫌なリアム。


 というのも、今日は朝から調子が悪かった。

 悪寒、頭痛に加え、眩暈に吐き気。

 俗にいう体調不良なのだが、人に弱みを見せたくない性格上授業を休むに休めず、澄ました顔をして授業を受けていたのだが、いよいよ本格的に体調が悪化していた。


 なのに、これから移動教室。

 しかも校庭での飛行中の魔法試験の予定だ。

 そろそろ向かわなければ間に合わないが、教室を出てすぐ身体が重くなって近くの柱にもたれたあと、動くに動けない状態になっていた。


(あぁ、しんどい。どいつもこいつも僕の調子のことなど誰も気づかない)


 優等生として、また人に弱みを見せたくないというプライドの高さから取り繕っているというのに矛盾した感情。

 孤児院育ちゆえか、愛情の欠乏と信頼できる人がいない心寂しさを抱えながら、リアムは仄暗い感情を巣食わせていた。


「ねぇ、貴方。もしかして、体調悪いの? 大丈夫?」


 声をかけられ、ハッと顔を上げるとそこにいたのは見慣れない少女だった。体調不良のせいで人の気配に疎くなっていたらしい。ちらっと胸元のブローチを見て、同級生だということを確認する。


「顔色ものすごく悪いけど」

「あぁ、大丈夫。気にしないで」


 気づいてほしかったはずなのに、つい優等生の仮面をつけて澄ました表情をするリアム。どこの誰かは知らないが、会ったばかりの女に弱みを見せるなど言語道断だった。


 だからなるべく穏便に柔和に拒絶する。普段であれば、これで誰もが引き下がるのだが。


「ダメよ」

「え?」

「具合が悪そうな人は放っておけないわ」


(なんだ、偽善者か)


 リアムは彼女の言葉を聞いた瞬間に冷ややかな気持ちになる。労われたいと思っていたはずなのに、善意を振り翳す人物に嫌悪感があった。


「僕が大丈夫と言っているんだから大丈夫だよ。キミももうすぐ授業があるんだろう? 僕のことなんか放っておいて、先に行ったほうがいいよ」

「全然大丈夫そうには見えないけれど。ほら、顔は真っ青。額には脂汗。どう見ても具合が悪そうじゃない。放っておけるわけがないでしょう」

「僕がどうなろうとキミには関係ないだろ」


 あまりにしつこく食い下がってくる少女に思わず本音が出る。優等生として取り繕っていたリアムだが、体調不良ゆえについ地が出てしまったのだ。


(しまった。僕が今まで築き上げてきたイメージが)


 リアムが内心焦っていると、突然腕を掴まれる。そして、グイッと力強く引っ張られたかと思えばどこかへ連れて行かれた。


「おいっ! 何してる、離せっ」

「関係あるわよ! 目の前で具合悪そうにしてるのだから関係大アリだわ!」

「はっ、結構な偽善者だな。余計なお世話という言葉を知らないのか?」


 あまりにも強引すぎる少女につっかかるリアム。今更取り繕っても仕方ないと素の彼のまま、嫌味で応戦する。

 すると、


「煩いっ!」


 まさかの怒号に思わず驚き、黙り込むリアム。今まで怒鳴られたことなどなかった彼は、初めての経験に戸惑った。


「具合悪いなら、意地張ってないで他人に甘えなさいよ。ちょっとした油断で死ぬかもしれないでしょう!?」

「死ぬって……別に僕が死んだところでお前に関係ないだろ」

「関係ならあるわよ。今こうして貴方は私の目の前にいるんだから」


 無茶苦茶な理論を言い放つ少女。その瞳はまっすぐリアムを見つめていた。


(なんなんだ、こいつ)


 内心、訳がわからないと戸惑ったものの、その瞳の強さになぜか嫌な気はしなかった。


「お節介」

「よく言われる」

「褒めてない。というか、どこに連れて行く気だ」

「医務室だけど?」

「それだけはやめてくれ。……人に見られたくないんだ」

「んー、訳あり? もう、しょうがないなぁ。じゃあ、ちょっと待ってて」

「言われなくても、動けるほど体力は残ってない」


 もうヤケになってリアムが言えば、ふっと柔らかく微笑む少女。別にとびきり美人でもないのに、彼女が可愛く思えた。


(……きっと、熱のせいだな)


 あんな強引で人の言うことも聞けないお節介な女を可愛く思うだなんてどうかしてると思いつつも、彼女の先程の笑顔が脳裏から離れなかった。


「はい、お待たせ」

「何してたんだ」

「ちょっと秘密の部屋を探してて」

「秘密の部屋?」

「うん。おばあちゃんがここの学校出身でね。秘密の部屋があるって教えてくれたんだ〜」


 いつのまにか、今までなかったはずのドアが壁にあった。

 僕でさえ知らない情報をどうしてこんなやつがと思いつつも、案内されるがまま部屋に通される。そこは至ってシンプルな部屋で、ベッドが一つあるのみだった。


「こんなところがあったのか」

「ほとんどの人が知らないらしいよ。ここは望むものを与えてくれる部屋なんだって。ほら、ここに寝て」


 ベッドに寝るよう促される。

 けれど、なんだかただ寝るのは癪に障った。


「安全かどうかわからないだろ。キミが寝てみせろよ」

「何よ。随分と警戒心強いなぁ。ほら、これでどう?」


 少女はそう言うと、ベッドに座ったかと思えば膝を叩く。いわゆる、膝枕を促された。


「まぁ、いい」

「本当、素直じゃないなぁ」


 少女がくすくすと笑う。笑われているのに、嫌な気はしない。

 リアムはなんだか不思議な気持ちになった。


「そういえば、今更だけど貴方名前なんて言うの?」

「は? 僕の名前を知らないのか?」

「知らないから聞いてるんでしょ」

「……僕の名前はリアム・シャルム。で、キミの名前は?」

「私? 私の名前はオフェリア。オフェリア・クラウンよ。よろしくね、リアム」





 終

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悪の帝王の恋 鳥柄ささみ @sasami8816

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