最終話 これからリアムは悪の帝王じゃなくて私の騎士でいてね

 ◇



「そういえば、今更だけどどうやって私を助けられたの? グランが追尾魔法とかは全部解除したって言ってたけど」


 ベッドの上でお互い転がりながらオフェリアがリアムに尋ねる。すると、手を握られたかと思えばそのまま指先に口づけられた。


「これだよ」

「これって、指輪のこと?」


 以前もらった外れない指輪のことを思い出す。リアムに言われた通り全く生活に支障がなかったため、指摘されるまですっかり忘れていた。


「これにはブロングル製の転移魔法が組み込まれてる魔石が埋め込まれていてね。それであの空間にまで転移できたってわけ。もちろん、この指輪の存在に気づかれたら困るから、幾重にも囮の追尾魔法をかけておいて彼に気づかれないように巧妙に隠しておいたんだ」

「転移って、隔離された空間にも行けるものなの?」

「そうだよ。さすがはブロングル社製ってことさ」


(そんなに凄い指輪なんだ)


 ジッと指輪を見つめるが、魔力もさして感じないただの指輪だ。相変わらずその中心には不思議な色をした石が静かに鎮座していた。


「グランの存在にはいつから気づいてたの?」

「わりと初めからかな。でも、誰かまで特定は難しかったんだよね。一応、オフェリアが名前言うまで何人かに絞ってはいたんだけど」

「ってことは、ある程度見当はついてたってこと?」

「そりゃあね。痕跡を徹底的に隠してはいたけど、逆にそれほどまでの高等魔法が使えるメンバーは限られてたから」

「なるほど」


(痕跡を残さなかったことで逆に墓穴を掘ったということか)


 有能すぎるがゆえのミスだろうが、そこに気づいたリアムもさすがである。


「でも、元々グランは悪の帝王だったときの身内だったんでしょう? 一応、なんていうか……身内の情、みたいなのはなかったの?」


 いくらオフェリアを守るためとはいえ、元々身内だった相手に攻撃するのは多少なりとも気後れしたのではなかろうかとオフェリアは心配する。

 けれど、リアムは即座に「ないよ」と否定した。


「そうなの?」

「僕は元から人を信用してなかったし、彼も別に僕を慕ってついてきたというより自分勝手できるから僕を祀りあげてただけだし。あのときはオフェリアみたいに他人を慮れるような人は周りにいなかったからね」

「ジャスパーは?」

「アレはただ僕の観察して面白がってるだけだから。僕がオフェリアにそこまで執着してることに興味持ってるだけだよ」

「それは……ジャスパーらしいね」


 見た目も家柄もいいはずなのに、ちょっと……というかかなり一般的思考からかけ離れているのは入学して以来ずっと一緒にいて学習済みだ。

 だからといって嫌いというわけではなく、恐らくリアムもそういう感覚なのだろう。


「まぁ、ジャスパーは僕の役に立ってくれるし、ウィンウィンの関係だから手元に残してるけど、それ以外のメンバーには特に情はないよ。多分ジャスパーも僕に対して含めてそういう感じじゃないかな」

「案外ドライなんだね」

「そうだよ。いつも言ってるけど、僕はオフェリアがいればそれでいいし。オフェリアさえそばにいてくれれば僕は何もいらないよ」

「そんなに? てか、何で私なの?」


 ずっと疑問に思っていることだった。

 正直リアムが自分に執着する理由がわからなかった。


 見た目がいいわけでもなければ、家柄がいいわけでもない。

 成績が飛び抜けているわけでもなく、魔力も魔法力も至って普通。

 可もなく不可もなく、ただの人であるオフェリアが悪の帝王になるとはいえ特別な存在であるリアムに好かれる理由が全く思いつかなかった。


「僕が僕でいられるからだよ」

「どういうこと?」


 リアムがリアムでいられると言われてもピンとこないオフェリアは首を傾げる。


 すると、ぐいっとリアムがオフェリアに身体を寄せるとそのままグイッと抱きしめられた。素肌なせいか、リアムの体温をじかに感じてなんだかドキドキする。


「そのままの意味だよ。僕を特別視しないところ。オフェリアは優等生としてのリアムでもなく、悪の帝王としてのリアムでもなく、ただのリアム・シャルムとして僕のことを見てくれるだろう? だから僕もオフェリアの前では素の自分でいられるんだ」

「なる、ほど?」


 あまり自覚はないが、リアムが言うのだからきっとそうなのだろう。


「もちろん、優しいところとか可愛いところとか頑固なところとかツンデレなところとかまっすぐなところとか好きなところはいっぱいあるよ」

「なんか途中で褒める言葉じゃないの混じってた気がするけど」

「オフェリアは全部が魅力的ってことだよ」


 言いながら、ちゅっちゅっとリアムに軽く口づけられる。

 鳥のついばみのようなそれはくすぐったくてオフェリアは身をよじるも、追従するようにリアムは至るところに何度も口づけた。


「そ、そういえば、一日どうしても外出しなければいけない用事って何があったの?」


 オフェリアはどうも気恥ずかしくて、リアムの気を少しでも逸らすためにもう一つ気になっていたことについて尋ねる。


「うん? あー、あれはブロングル社に対して大規模なテロの予告されてたから適当に片付けてきただけだよ」

「適当って、あの日は結構ボロボロだったじゃない」

「まぁね。一応、あの一件はあいつがオフェリアに接触するために仕組んでたことだけど、僕が無視できないほどには大掛かりな襲撃だったからね。おかげで結構手を焼いたよ」

「そうだったんだ」


 言われて思い出すと、確かにあの日初めてグランからの接触があった。

 普段何でもオフェリアを優先させるリアムがブロングルのほうを優先したということは、リアムが看過できないと判断するくらいのことをグランはしでかしていたのだろう。


(かなり用意周到に準備してたんだな)


 今更ながらよく生きてたなとちょっとだけ怖くなる。一歩間違えてたらこの世にいなかったのかもしれないと思うと、リアムがこうしてそばにいてくれてよかったと改めて思った。


「あぁ、そういえば誤解されたままだと困るから弁明しておくけど、あの部屋では何もなかったからね」

「あの部屋?」

「キスしないと出られない部屋」


 すっかり忘れていたその出来事のことを思い出す。


「えぇ? でも、だって、あのときあの子……」


 服が乱れ、頬が紅潮していたあの様子は誰がどう見ても事後である。何のとは言わないが。


「なんか、僕が変心魔法というか相手にキスしてるように思い込ませる魔法かけたら急に脱ぎ出したんだよね。それで一人で勝手に盛り上がってたから放っておいたんだけど、そしたら部屋から脱出できたんだ。おかげで僕は何もせずに済んで助かったよ」


 けろっと言いのけるリアムに引くオフェリア。

 勝手に脱いで盛り上がっていたと言うが、彼女の心情を思うとちょっと可哀想な気がしてきた。


「じゃあ、あのときそう言えばよかったじゃない」

「本当は言いたかったんだけどね。でも、もしあのときオフェリアに弁明したら、変心魔法が解除されてまた部屋に閉じ込められる可能性もなくはなかったからさ。一応念のため言うに言えなかったんだよ。まぁ、言わなくてもオフェリアならオフェリアに対して盲目的に好意を見せてる僕のことを信頼してくれてると思ってさ。……どうやら僕の思い上がりだったみたいだけど」

「それに関してはごめんなさい。あのときはそうとしか思えなくて……その……」


 嫉妬で悪いほうに考えすぎてしまった結果、グランにつけ込まれてしまったことを自省する。もしあのとき冷静でいられたら、リアムを傷つけずに済んだかもしれないと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「別に責めてるわけじゃないよ。ちゃんと僕のこと好きでいてくれたからヤキモチ妬いてくれたってのはわかったし。それに、グランの魅了を打ち破ったんでしょう? それだけ僕のこと愛してくれてるってことだもんね」

「それは……っ、そう、だけど……っ! 改めて言われると恥ずかしいというか……」

「恥ずかしがってるオフェリアは可愛いなぁ。……ねぇ、もう一回しない?」


 するっと、肌に這う手。

 その意味深な動きにちょっと待ってとリアムの手を掴んだときだった。


 __ぐぅぅぅぅ〜〜!!


 盛大に鳴る腹の虫。

 あまりに大きな音で、オフェリアは羞恥で顔を真っ赤にさせた。


「そういえば、結局朝食もまだだったもんね。もう一回したいけど、まずはお腹満たさないとね」

「そうおっしゃると思いまして、既に食事の準備は整えておきました」

「ジャスパー!?」


 いきなり現れたジャスパーに慌てふためくオフェリア。ガバッと勢いよくかけ布団を手繰り寄せる。


「ジャスパー。空気読め!」

「読んだからこそのこのタイミングですが?」

「っ、本当にお前は食えない男だな」

「お褒めいただき光栄です。さて、わたしは外で待ってますので、お着替えが済みましたらいらしてくださいね」


 リアムの嫌味もどこ吹く風といった様子で微笑むジャスパー。それを見て、リアムは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「あっ、ジャスパー!」

「オフェリア、どうしました?」

「あの、……グランはどうなったの?」


 いつのまにかジャスパーと消えていたグランの動向が知りたくて尋ねるオフェリア。

 殺ろされそうになっていたとはいえ、問答無用で連れられてしまった彼のことが何となく気になっていた。


「オフェリアが気にすることはありませんよ。しいて言うのであれば、それ相応の報いを受けていただく手筈になっているとだけお伝えします」

「それは司法的な?」

「まぁ……そんなところですかね」

「なる、ほど?」


 笑顔なのにそれ以上は追及するなと言わんばかりのジャスパーからの圧力に、口を噤むオフェリア。これ以上聞いたところでジャスパーのことだ、のらりくらりと躱されてしまうことは目に見えていた。


「あいつのことはいいから、オフェリアは早く着替えて。ジャスパー、お前はさっさと出ていけ」

「おや、結構わたし今回の件で頑張りましたのにつれないですね。リアム様がオフェリアに『大嫌い』と言われたときはわたしが正気に戻る手伝いを致しましたのに」

「煩い。黙れ。余計なことは言うな。今すぐ出ていけ」


 リアムが指を振ると、すっと姿が消えるジャスパー。どうやらリアムに追い出されたらしい。


「やっぱりショック受けてたんじゃん」

「そりゃあ、しょうがないだろ。好きな人に本気で嫌いって言われたら、誰だってフリーズするよ」


 リアムが不貞腐れたように呟く。

 確かに、それはそうである。


「ごめんね。リアムのこと大好きだよ」

「わかってる。あぁ、でもそのセリフの埋め合わせはしてもらおうかな。毎日おはようのチューとおやすみのチューをするってのはどう?」

「すぐに調子に乗らない。ほら、ジャスパー待ってるんだから早く着替えて出よう?」


 オフェリアはベッドから出るとすぐさま魔法で制服に着替える。鏡の前で乱れた部分はないかと姿を確認していると、いつのまにか支度を済ませたリアムが立っていた。


「大丈夫、可愛いよ」

「ちゃんと見てから言ってる?」

「もちろんだよ。オフェリアは何したって可愛いからね」


 言いながら手の甲にチュッと口づけを落とすリアム。


「さぁ、行こうか。僕のお姫様」


 腰に手を回されてエスコートされる。リアムのその姿はまるで騎士のようだった。


「これからリアムは悪の帝王じゃなくて私の騎士でいてね」


 オフェリアが微笑む。

 それに呼応するようにリアムも微笑むと、「姫様の仰せのままに」と唇を重ねるのだった。




 終

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