第28話 諦めようとは思わなかったの?

 グランの後処理を終えたあと、寮に戻ってリアムに説明を求めると、なぜかベッドの上に座ったリアムの上に座らされるオフェリア。

 気恥ずかしさで居心地が悪いながらも、背後から抱きすくめるように密着されたら身動きが取れず、大人しくされるがままになっていた。


「どこから話せばいいかな。……とりあえず、オフェリアがエージェントというのは、僕がそういう設定にしたところから話そうか」

「え、どういうこと? つまり、私がエージェントというのは嘘なの?」

「そうだよ。実際にミッションこなした記憶はないでしょ?」


 言われてみて、確かに「エージェントだった」という記憶はあるものの今までミッションをこなした記憶がまるでないことに気づく。


「変心魔法使ってたってこと、だよね?」

「うん、ごめんね。なるべく早くオフェリアと接触したかったからね。だから事前に僕がオフェリアに変心魔法をかけて、ミッションの資料などもそれっぽく渡して信じるように仕向けていたんだ」

「すっかり騙されてた……」


 言われるまでまるで違和感なく信じ込まされていたことに驚く。それほどまでにリアムの変心魔法は高度なレベルのものだというのが理解できた。


「それで、さっきグランが言ってたことって本当? 何度もやり直して同じこと繰り返してるって……」

「本当だよ」


 いつになく真剣な声で囁かれて身体が震える。そっとリアムのほうを向けば、彼のまっすぐな瞳とぶつかって目が離せなくなった。


「オフェリアに恋をして、キミを愛して愛されて、将来一緒になることを誓ったときに僕の命が狙われて、そのときオフェリアは僕を庇って死んだんだ」

「……っ」

「元々僕は政府に目をつけられていてね。確かに、オフェリアに出会う前は色々と悪いことをしてきたつもりではあるけど、オフェリアに会ってからは更生した気だったから油断してたんだ。……未だに目の前で僕を庇って死ぬオフェリアのことが脳裏をよぎることがある」

「リアム……」


 寂しそうなリアムの表情に、つられて悲しくなる。少しでも気持ちが和らげばいいと、リアムの手に自分の手を重ねると「オフェリアは優しいね」とリアムが優しく笑った。


「それでオフェリアのいない世界なんか壊れてしまえと悪逆の限りを尽くした。皮肉なものだろう? 結局僕はオフェリアがいなくなったことで、悪の帝王になったんだ」

「そういうことだったんだ」


 正直、自分が死んだことでリアムが悪の帝王になるというのは複雑な気分だ。そもそも自分が死ぬという実感がないからなんとも言えない。

 けれど、リアムの苦しそうな姿や日頃の言動を鑑みて、きっと本当に死ぬんだろうなという想像はできた。


「それで全て葬り去ったあと、ただ虚無だけが残った。全てをなくしても、ただ虚しいだけだったんだ。そんなとき、ジャスパーに言われたんだよね。だったら、やり直せばいいんじゃないかって」

「でも、どうやって?」

「これだよ」


 差し出されたのはボロボロになった手のひらサイズの鐘だった。


「これは時戻りの鐘といって鳴らした数の年数だけ過去に戻れるという魔道具でね。ジャスパーがブロングルの叡智を結集させて作った特別なものだ。それでオフェリアを救うために過去に戻った」

「これで……」


 自分には高度な魔法すぎて理解できないが、かなり上位の魔法が使われていることは理解できる。

 これを作り上げるためには相当の時間と労力を費やしたことは想像に難くなかった。


「でも、不思議なもので何度やり直しても何度も繰り返しても毎回オフェリアは僕を庇って死ぬんだ。わざと出会わないようにしたり別の人を好きになろうとしたり色々試してみたけど、結局何をしても僕はオフェリアを好きになるし、オフェリアは僕を庇って死ぬ。酷い因果だろう?」

「諦めようとは思わなかったの?」

「諦めるという選択肢は僕には全くなかったよ。オフェリアがいない世界なんてつまらないからね」


 リアムに強く抱きしめられる。

 その抱擁は、オフェリアの存在を実感してるかのようだった。


「でも、もうこれが最後だって」

「あぁ、この通り鐘が壊れてしまったからね。数えきれないほど酷使してたし、仕方ないとは思っていたけど。だから今回、今度こそはって念のためいつもとかなりアプローチを変えて、オフェリアをエージェントに仕立ててなるべく早く合流することで、様々な対抗手段を用意してたってわけ。無駄に何度も繰り返してるわけじゃないってことだよ」

「なるほど」


 一連のことを振り返ってよく考えてみると、辻褄が合う。


「今思えば、さすがにちょっと強引すぎたかもだけどね。オフェリアに何も説明しないままに契約魔法だとか色々と進めすぎたのは悪いとは思ってる。でも、今回あの勢力が暗躍してるのはわかってたから、下手に情報を共有できなくてね。オフェリアにはつらい思いをさせてごめん」

「ううん。リアムが頑張ってくれてたのはわかったから。そもそも私のためにやってくれてたことでしょう? むしろ私は感謝するほうだし。リアム、ありがとう。あと私、死なないように頑張るね」

「うん、そうして。僕も全力でオフェリアのこと守るから」


 背後から抱きしめられたあと、身体をゆっくりとベッドに横倒される。


「絶対死なせない」


 押し倒され、覆い被さってくるリアム。

 それを受け入れるようにオフェリアは彼の背に手を伸ばして、抱きしめる。

 そのまま、二人は唇を重ねると絡みつくように愛し合うのだった。

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