第14話 やっぱりいたかぁ

「ちょっとトイレ行ってくる」


 昼食を終え、午後授業の教室に移動する前に済ませてしまおうと席を立つオフェリア。


「いってらっしゃいませ。お気をつけて」

「オフェリア大丈夫? ついて行こうか」

「ダメに決まってるでしょ」


 毎度お馴染みのやり取りをして、オフェリアは「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」とリアムに言い、トイレに入る。


(はぁ。トイレに入るのさえ一苦労だなんて)


 オフェリアにとってトイレは校舎内で唯一リアム達と離れる場所だ。なるべく自寮でことを済ませるようにしているが、さすがに一日ずっと我慢するわけにもいかず、数度ほど校舎内のトイレを使用している。


 だが、毎度ながら気が抜けない。

 というのも、飽きもせずにされるリアムの親衛隊からの嫌がらせがネックだからだ。

 それに対処するべく、オフェリアは魔法防壁と反射魔法を身につけて個室に入った。


(よし。今日は個室で水かけられたり閉じ込められたりはなかった。あとは個室を出て手洗いを済ませるだけ)


 どうか親衛隊がいませんようにと望み薄な期待をしつつ個室を出る。

 手洗いを済ませ、トイレから出ようとしたタイミングで親衛隊のメンバーがずらっとオフェリアを囲んだ。


(やっぱりいたかぁ)


 今までトイレを狙われなかったことがないのだが、ことごとく返り討ちにしているのに性懲りもなくまたきたのかと呆れる。

 次はどんな手で来るのだろうかと身構えながら、オフェリアは「どいてもらえる?」と一応交渉してみた。


「は? なぜ?」

「なぜって、トイレから出たいだけだけど」

「出たあとにまたリアム様に付き纏うんでしょう?」

「別に、私が付き纏ってるわけじゃないし」


 事実を言っただけなのに、キッと一気に吊り上がる彼女達の目。どうやら彼女達の癪に障ってしまったらしい。


「だったら、リアム様が自らあんたなんかにくっついてるって言いたいわけ!?」

「ふざけるのもいい加減にしなさいよっ」


(ふざけてないし、事実なんだけど)


 ヒートアップする親衛隊の面々。

 トイレから出たいと言っただけで勝手に憤って難癖をつけられて、オフェリアはどうすればよかったのかと考えるも多分どうしようもなかったのだと考えるのを諦めた。


(どうせ何言ってもキレられるだけだしな)


 オフェリアが例え彼女達の言動を迎合しても拒絶しても、返ってくるのは怒りだということはわかっている。

 常にリアムのそばにいるオフェリアの一挙手一投足全てが気に食わないのだろう。


(文句なら、私じゃなくリアム本人に言えばいいのに)


 リアムに気に入られたい彼女達がそんなこと絶対に言わないのはわかっていたが、思わずにはいられなかった。

 そもそもリアムがくっついているのは不可抗力である。彼を悪の帝王にしないための条件だというのだから、任務完了のためにも必要なことだし、彼を守る意味でも一緒にいることは意味があった。


(そんなこと言ったところで信じてもらえないだろうし、どうせ『都合のいいこと言って』と一蹴されるだけだろうけど)


 だから彼女達にこの事実を伝えるつもりはないが、それにしても毎回こうも絡まれると面倒なのも事実だった。


「とにかく、このあと授業があるんだからそこをどいてほしいんだけど」

「嫌だと言ったら?」

「……この前みたいに実力行使せざるを得なくなるけど?」

「それはどうかしら?」


 親衛隊の一人がニヤッと笑う。すると、突然背後にある個室から勢いよくドアが開いた。


「っ!?」


 振り返ると個室から出てきたらしい生徒がそのままオフェリアに近づくと、勢いよく何かをかけた。


「何!?」


 顔にかからないようにするのがせいぜいで、どうにか避けようとするも身体にかかる液体。

 背後の個室は盲点だったと後悔するも、後の祭りだった。


「ふふっ、いい気味」

「一体何をしたの……っ」

「ちょっと試作の透明薬を使っただけよ」

「透明薬? 私を透明にして、貴女達に何のメリットがあるの?」


 オフェリアを透明にしたところで、彼女がトイレから出てこなかったらリアムは不審に思うだろう。親衛隊達の意図が読めず、オフェリアは困惑した。


「それ、認識阻害も入ってるの。それからこれが……」


 親衛隊の一人が新たな魔法薬をオフェリアに見せびらかすように晒す。


「言霊の薬」

「言霊の薬!? それって禁止魔法薬でしょう!」


 言霊の薬とは変心魔法と同等の効果があり、言ったことを相手に信じさせることができるものだ。

 どうして彼女達がそんなものを持っているのかも気になったが、今はそれどころではなかった。


「変心魔法を使ってる貴女に言われたくないわ」

「リアムくんだけじゃなく、ジャスパーくんまで誑かそうとするなんて許せないもの」


(あぁ、個室に入ってた生徒はジャスパーの彼女の一人だったのか)


 つい親衛隊の気配ばかりに気を取られていて、そちらの行動には気づかなかったと歯噛みする。ここまで手を込んだことをすると思っていなかったオフェリアは、ジャスパーの周りまでは気が回っていなかった。


(エージェントとして失格すぎる)


 一度ならず二度も謀られるだなんて言語道断だと焦るもどうしようもなかった。徐々に消えていく身体。しかも声まで掻き消えていくことに気づいてオフェリアは衝撃を受けた。


「……っ! 〜〜〜〜っ!!」

「あはは、ざまぁ」

「せいぜい大人しく私達とリアム様との仲睦まじい姿を指を咥えながら見ていることね」


 親衛隊の面々はそう言うと言霊の薬が入った瓶を呷った。そして、「では、ご機嫌よう」と人の悪い笑みを浮かべるとそのままトイレから出ていった。


「(待って!)」


 オフェリアが声を出すも声にならず。

 彼女達を追いかけるようにオフェリアがトイレから出ると、リアムが「オフェリアを見なかった?」と親衛隊のメンバーに聞いているのが見えた。


「クラウンさんは体調不良で自室へと戻るって言ってましたよ」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう」


 リアムがそのままオフェリアを待とうとするのを、親衛隊達が囲む。そして、彼女達はリアムの腕に絡みついた。


「だから、リアムくんは気にしないで私達と一緒に授業を受けてって言ってました」

「ジャスパーくんも、私と一緒に行きましょう?」

「……そうか。じゃあ、行こうか」

「……そうですね、行きましょうか」


 言霊の薬の効果か、リアムは不思議がる様子もなくそのまま親衛隊達を腕に絡ませたまま共に移動教室へと向かう。ジャスパーも、彼女と腕を組んでリアムと共に向かって行ってしまった。


(どうしよう)


 透明な上に認識阻害まで付与されて、この魔法薬が切れるまで、オフェリアは恐らく人に気づかれることはないだろう。そもそも、この効果がいつまで続くのか全くわからず、どう対処すればよいのかもわからなかった。


(とにかく、なんとかしないと)


 オフェリアはとりあえず、このままここにいても仕方ないと自寮へと戻ることにする。


(何か手立てがあるといいんだけど。一生このままだったら任務どころじゃない。でもきっと大丈夫よ、オフェリア。何か方法はあるはず)


 一人で心細くなりながらも、オフェリアは気丈にしながら自分を鼓舞し、自寮へと急ぐのだった。

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