第15話 まさに万事休す

(まさに万事休す)


 オフェリアは途方に暮れていた。


 というのも、自寮に戻ろうとしたはいいものの、認識阻害のせいでセキュリティが作動し、寮に戻ることができなかったのだ。


 それならばと先生には気づいてもらえるかもしれないと、オフェリアは職員室やら保健室やらと様々な場所を回ってみた。

 だが、話しかけても声が出ず、肩を叩こうとしてみても接触できず。

 いっそやけくそにすれ違う人全てにアクションを試みるも、結局誰にも気づいてもらえなかった。


 渋々、本来行くはずだった移動教室へと向かえば、リアムと親衛隊がここぞとばかりにイチャついてるのを見て、心が騒ついてそっと教室を出る。

 結局どうすることもできず、誰もいない中庭の湖のほとりでオフェリアは途方に暮れるのだった。


(てか、悪の帝王になるくせに言霊の薬なんかに騙されるだなんてどうなの!?)


 理不尽な怒りだとわかっていても、先程の光景を思い出して沸々と怒りが湧いてくる。


 親衛隊のメンバー達が積極的だからか、リアムとの距離はそれはもう近かった。

 今にももうキスするんじゃないかという距離。それぞれがしなだれるように密着し、まさにハーレムといった具合の距離感だった。


(一体、学校に何しに来てるのよっ)


 どんどんと理不尽な怒りが募っていく。


 先生だって、授業なのだから咎めてくれたっていいのに。

 ジャスパーだって、黙って見てないで何か言ってくれればいいのに。

 リアムだって、人嫌いだって言うなら親衛隊達の子達をもう少し遠ざけたっていいのに。


 様々な想いが頭をよぎる。


(……私がそばにいなくたっていいんじゃない)


 言霊の薬で一時的とは言え、リアムのそばにいなくても何も起こらないじゃないかと今更ながら思うオフェリア。

 オフェリアじゃないとダメだとか言いながら、オフェリアのことを忘れて親衛隊と仲睦まじくしてるリアムの姿を思い出して、胸が苦しくなってくる。


 そして、あれだけ口酸っぱく僕のそばにいろと言ってたくせに、所詮リアムの想いなんてその程度なのかと勝手に失望した。


(私って何しにここにいるんだろう)


 エージェントとして、リアムを悪の帝王にさせないように奮闘してたはずなのに、リアムに言われるがまま振り回されて彼のそばにいて。

 好きになるよう努力したつもりだけど、イマイチよくわからないままで。


 このまま存在が消えてしまっても誰にも思い出されず、任務も失敗になったら自分の存在意義はなんなんだろうと悪い方向に思考が偏っていく。


(そばにいるのが私じゃなくたっていいなら、今まで私が我慢してたあれこれはなんだったの)


 リアムに言われて一緒にいるせいで、親衛隊から目の敵にされ、トイレも気軽に行けず、大浴場には全く入れないで自寮のシャワーのみ。

 行動も交友も何もかも制限されて、それは任務のためだから仕方がないのだと割り切っていたのに、このありさま。


(他の未来で恋人だったって言っても、未来なんていくらでも変わるんだし、今の世界線では私とは恋人にならないかもしれない。それに、私以外の人が恋人になることで、リアムが悪の帝王にならない道だってあるかもしれない)


 ぐるぐると考えるも、結論「やっぱり私がいる意味ないのでは?」という考えに至る。

 けれど、自分の考えだというのにそう考えるたびに胸がギュッと苦しくなる。なぜだか、じわりと涙も滲んできた。


(だったら、契約魔法破棄してでもリアムのそばを離れないと。あぁ、でも認識阻害されてる今ならそんなことする必要もないのか)


 オフェリアは自分で自分の身体を抱く。

 今の状況、今後のこと、あらゆることが不安でどうしようもなかった。


(もうやだ……)


 まるで透明人間か死霊にでもなったような気分。


 誰からも気づかれない。

 誰にも気づいてもらえない。


 気丈にしてたはずの心がどんどんと崩れていく。オフェリアは、自分はメンタル面でタフだと思っていたが、案外そうではなかったらしい。


(ひとりぼっちは嫌だ)


 いつまでこのままなのか、見えない不安で押し潰されそうになる。

 涙が今にも溢れそうなくらい心細く、絶望していたときだった。


「オフェリア?」


 名を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げるとそこにいたのはグランだった。


(何で……?)


 誰にも気づかれないはずなのに、なぜかグランはしっかりとこちらを見ていた。


(実はもう魔法薬の効果が切れてるとか?)


 慌ててオフェリアは湖面を見る。

 けれど、そこには先程と同様、自分の姿は全く映っていなかった。


「あぁ、やっぱりオフェリアだ。……どうしたの? もしかして、泣いてる?」

「……っ、〜〜」


 オフェリアは困惑しながらも、必死で話しかける。

 だが、やはり声は全く出なかった。


「うん? あれ? ちょっと待って。もしかして、なんか魔法かけられてる?」


 オフェリアが何かを話そうとしても何も話せていない状況に、グランは何かを察したらしい。オフェリアをジッと見つめると、整った顔が一気に曇り、グランは眉間に皺を寄せた。


「魔法……いや、これは呪いの類いか? ちょっと待ってて。元に戻してあげるから」


 グランはそう言うと、どこかへ走り去る。

 オフェリアは訳もわからず言われた通り大人しく待っていると、数分もしないうちに再びグランが戻ってきた。


「はぁ。はぁ。はぁ。お待たせ! 妖精の粉を持ってきたよ。これできっと呪いが解けるはず」


 そう言ってグランがオフェリアに妖精の粉をかける。

 すると、みるみるうちにオフェリアの身体に変化が起こっていった。

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