第12話 ……好きって何だろうね

「心配で来てみたら、どういう状況ですか」

「ジャスパ〜、助けてぇ……」

「ダメだよ。オフェリアは僕の食事が終わるまでこのままだよ」


 ちょっとした昼寝のあと、だいぶ回復したらしいリアムはお腹が空いたとのことで、オフェリアは早速手料理を振る舞った。

 と言っても病人食なのでお粥なのだが。


 そこでリアムは何を思ったか、「食べさせて」と言って自分の膝にオフェリアを乗せ、彼女の手ずから食べるというとんでもない提案をしたのだ。


 オフェリアがせめて椅子に座ってなら食べさせてもいいとごねたが、リアムは許さず。

 リアムはオフェリアが逃げぬよう抱きしめ、「膝の上に乗ってくれたほうが魔力も安定するし、それでご飯まで食べたらすぐに回復するよ。一石二鳥だね」とそれらしいことを言ってオフェリアを無理矢理説き伏せ、結局オフェリアはリアムの上に乗って食べさせることになってしまったのだった。


「リアム様が元気そうで何よりです」

「まだ元気じゃないよ。オフェリアをもっと補給しないと」

「もう十分過ぎるほどくっついて魔力共有してるでしょ」


 今まで、こんなに人と接触したことがあっただろうかというくらいくっついている。下手したら家族よりも触れているのではなかろうか。

 オフェリア自身も「友人以上恋人未満とは?」とリアムとの関係性がわからなくなりそうなほど、リアムとの距離は近かった。


「そうだ、オフェリア。こちら、今日の授業のノートです。写しますか?」

「写す写す! ジャスパーありがとう、助かった!」

「それとこちらが配布されたプリントです。宿題も出ていてレポートだそうですよ」

「そうなんだ! って、げぇ。私の苦手な魔法の歴史のレポート……!」

「えぇ、期限は明日までだそうです」

「あ、明日!? え、図書館って何時まで開いてるっけ?」

「十九時までですね」


 現在十六時。閉館まであと三時間しかない。

 明日は出席しようと思っていたオフェリアは絶望する。


 すかさずちらっとリアムを見れば、不満そうな顔。

 けれど、「いいよ。オフェリアの負担になるのは本意じゃないし」と解放してくれる。

 リアムはなんだかんだ言っても物分かりはいいのだ。


「ジャスパー。オフェリアと一緒にいてあげて。僕はこれ食べたら回復するまでもう少し寝てるから」

「承知しました。ちなみに、こちらはリアム様用のレポートとノートです」

「ん。ありがとう」

「え、リアムだけズルい! ジャスパー、何でリアムのは用意してるの」

「一応わたしはリアム様の配下ですから。主人の一大事にこれくらいはするのは当然かと」


 確かに、主人のための行動としては間違ってないけど、やっぱりズルいと思ってしまうオフェリア。

 とはいえ、それ以上ごねてもしょうがないので、オフェリアはノートや筆記用具などを準備した。


「リアム。行ってくるから大人しく待っててね」

「いってらっしゃい。気をつけて。あ、学校の敷地内だからと言って気を抜いたらダメだからね。もし何かあったらジャスパーを身代わりにして……」


 これは長くなりそうだとリアムが言い終わる前に部屋を出る。そして、オフェリアは図書館へと急いで向かうのだった。



 ◇



「うぅ。難しい……わけわかんない……」

「まだ時間はありますから、頑張ってください」


 参考文献をいくつか広げながら机に突っ伏すオフェリア。

 年号だとか人名だとかがいくつも出てきて、頭の中がこんがらがってレポートをまとめるのも一苦労だった。


「わかりづらいのであれば、時系列や人物の相関図を書くとよいかもしれませんよ」


 ジャスパーが指を振ると、書いてた文字が浮かび上がりそれぞれ順番に並び始める。

 確かに時系列や人物の相関図で表すと一気に見やすくわかりやすくなって、オフェリアは思わず感動した。


「ジャスパー凄い!」

「これくらい大したことではありませんよ」


 ジャスパーは謙遜するが、見せてもらったノートも綺麗にまとめられていてわかりやすかった。

 さらに要点をまとめた補足説明まで書いてあって、授業を受けてないオフェリアにも理解できるようにしてくれていて大助かりだったのだ。


「大したことあるよ。てか、リアムもだけど、ジャスパーもすごい優秀だよね。きっと本来はジャスパーが星の寮だったはずなのに、私が星の寮になっちゃってなんかごめん」

「オフェリアが謝ることではないですよ。今の寮のほうがわたしも活動しやすいですし、何よりオフェリアが星の寮になってリアム様の機嫌がよいのはいいことです」

「そうかな? でも、私ももっと頑張るよ」

「オフェリアはそのままでいいと思いますけどね」

「でも……」

「ジャスパーくん!」


 話の途中で突然ジャスパーの名を呼ばれ、びっくりして顔を上げるとそこには見覚えのない女子生徒が立っていた。

 とても顔立ちがよく、品のある装いから恐らくどこかの貴族の令嬢だろうと察する。佇まいもとても綺麗で、同性であるオフェリアでもドキッとするような美しさだった。


「どうしました?」

「ちょっとこちらに来てくださいますか?」

「オフェリア。ちょっとここで待っていてください」

「う、うん。わかった」


 オフェリアが頷くと、なぜか女子生徒は一瞬目を吊り上げてオフェリアを睨み、ジャスパーと共に人気のない書架へと向かう。

 オフェリアはわけがわからず彼らのことを視線で追ってると、女子生徒が何やらジャスパーに文句を言い、それをジャスパーが宥めているように見えた。


(もしかして、私のせいで揉めてる? てか、今のってもしかしてジャスパーの彼女?)


 ジャスパーほどのハイスペックなら彼女がいてもそりゃおかしくないかと、すっかりそのことを失念していたオフェリア。

 オフェリアからしたらジャスパーはただの友人であるが、もし恋人からしたら自分以外の女と彼氏が仲良さげにしてたら腹が立つのも無理はない。


 できれば身の潔白を証明したいが、まだ彼らの関係性がわからない以上、下手なことを言って藪蛇になるのも嫌なので、オフェリアは言われた通り大人しく待つことにした。


(そういえば、私ジャスパーのことあまりよく知らないな)


 ジャスパーはオフェリアのことをよく知っているようなのに、ジャスパーのことは何も知らないことに気づく。

 秘密主義というわけではなさそうであるものの、ジャスパーは自分から自身に関することを何かを言うことはない。


 そのため、オフェリアのジャスパーに関しての知識はリアムの配下であること、ブロングル家の跡継ぎであること、魔法が優れていることくらいしかなかった。


(私のせいで痴情のもつれとかになったら嫌だなぁ。って、えぇぇぇ!?)


 ジャスパーと女子生徒の動向を眺めていると、突然ジャスパーが女子生徒にキスをした。

 しかも結構濃厚なやつで、オフェリアは思わず赤面しながらも視線が釘づけになる。


(ここ、図書館なのに……! うわぁ、やばぁ、えぇぇ)


 あまりに衝撃的で語彙力が霧散する。

 自分以外誰も見てはいないから問題ないのかもしれないが、知り合いのそういう行為を目にするというのはもの凄く気まずい。

 と言いつつも、ついドキドキしながら彼らの動向に目を離せないでいると、うっとりとした表情の女子生徒にジャスパーが何か囁くと、そのまま彼女はどこかへ行ってしまった。


 そして、戻ってくるジャスパー。


「すみません、お待たせしました」


 さらっと通常通りに戻ってくるジャスパーにちょっと引くオフェリア。

 とはいえ、何か言い訳とかをして欲しいわけでもないのだが、なんだか気まずかった。


「さっきの彼女?」


 つい好奇心のままに尋ねる。

 するとなぜかジャスパーはきょとんとした顔をした。


「彼女というか、ただ同寮なだけですよ」

「え!? いや、でも、さっきキスしてたよね」

「してましたが……キスしないと解放してもらえない雰囲気だったもので。だから、特に他意はありませんよ」

「えぇ……? ちょっとジャスパーが言ってる意味がわからないんだけど」


(キスまでして彼女ではないとはどういうこと? しかも他意がないって)


 オフェリアの常識とは著しく外れた行動に困惑する。明らかにさっきの女子生徒はジャスパーのことが好きだろうに、ジャスパーにはその気がないのは明白だった。


「キスって相手のことが好きだからするんじゃないの?」

「キスという行為自体は特に感情がなくてもできますよ。それと、わたしの場合はするならメリットがあるかどうかで判断します」

「メリット……?」

「先程のように面倒なことになりそうなときはキスで黙らせれば簡単に場を鎮められますので」

「えぇぇ……?」

「ちなみに彼女はいいとこの財閥のご令嬢なので、情報源として囲っておこうと思いまして。ですから、彼女の好意は最大限利用させていただこうかと」

「うわぁ」


 想像よりもかなり酷いことをしてることを悪びれることなく自白するジャスパーにドン引きする。

 確かに名家だし、見た目もいいし、物腰も柔らかだし、文句のつけどころもないが、倫理観は全くといってないのは致命的ではないだろうか。


「いつか刺されても知らないよ?」

「大丈夫です。その辺のヘイト管理はバッチリなので。彼女達が鉢合わせることはありませんよ」

「いやいやいやいや、ちょっと待って。複数形?」

「えぇ、今のところ八人ほどそういう相手はいますね」

「えぇぇぇ……」


 これ以上にないほど引くオフェリアだが、ジャスパーはけろっとしていて気にする様子もなさそうだ。


「ねぇ、ジャスパーは人を好きになったことないの?」


 さらに興味本意でジャスパーに突っ込んで聞いてみる。ジャスパーは「はて?」といった表情のあと、何やら考え込んだあと口を開いた。


「友愛としてリアム様やオフェリアのことは好きですが、親愛という部分ではわたしはまだですね。ですが、そういう感情があるのは素敵だと思いますよ。リアム様を見てもよくそう思います」

「そっか。……好きって何だろうね」


(リアムから愛されてるのはわかる。けれど、それは今の自分なのだろうか。そして、その感情は永久に続くのか)


 考えれば考えるほど泥沼に嵌っていく。


「オフェリアはリアム様のことが好きではありませんか?」

「わからない。というか、好きって気持ちがよくわからない。愛されてるとは思うけど、それ相応に私がリアムのことを好きになれるかって言われるとわからない」

「オフェリアは先程のレポートみたいに物事を難しく考える傾向がありますね」

「そうかな?」


 自覚はないが、そう指摘されるとなんとなくそうかもしれないと思えてくる。


「そんなオフェリアにアドバイスをしましょうか」

「アドバイス?」

「えぇ。相手にドキドキしたらそれは好きの合図です。それから、その相手と他の異性が交流してるのを見てイライラしてるのも好きなサインとも言えるでしょう」

「なるほど? って、好きになったことがないのにジャスパーわかるの?」

「それくらいわかりますよ。人間観察は得意なので。それと、安心してください。オフェリアは自覚してないだけで、きっとリアム様のことを好きになりますよ」

「安心してくださいって言われてもなぁ」


(確かにリアムにはドキドキするけど、それはアプローチされてるからで。好きって言われたら誰だって意識しちゃうから思い込みや刷り込みの可能性だってあるわけで)


 結局愛だの恋だのわからないまま。

 とりあえず、ジャスパーがクソ野郎だったということだけ学習したオフェリアだった。

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