第8話 はぁ、やっと行った

「絶対に絶対に絶対に絶対にジャスパーから離れないように!」

「わかったから早く行って来なよ」


 今日、リアムには朝から学校に欠席届を出すほど大事な用事があるらしい。

 だからオフェリアはリアムに早く行くように促しているのだが、なぜか彼はオフェリアにくっついたまま、なかなか行こうとはしなかった。


「オフェリアは言ってもすぐに自分の力を過信するから……」

「はいはい。何度もそのセリフは聞いたから」


 本当に、一体今日だけでどれほどそのようなセリフを聞いたことか。


 オフェリアが強いのはわかってるけど。

 オフェリアは隙を見せやすいから。

 オフェリアの言い分もわかるけど。


 心配だという言い分にかこつけて、ここまで散々な言われ方をすると、さすがにオフェリアも腹が立ってくる。

 心配してくれているというのは理解していたが、だからと言ってここまで言われる必要があるのか。


「でも……っ」

「もういい加減にして。そこまでしつこく私を貶すようなら、リアムのこと嫌いになるかも」


 オフェリアが吐き捨てるように言えば、ハッとした顔をしたあと、一瞬でくしゃっと顔を潰して泣きそうな表情になるリアム。

 そして、オフェリアに縋りつき、彼女を強く抱きしめた。


「いや、ごめん! そんなつもりじゃなくて。これは、その、オフェリアのことを心配するあまり……別に、オフェリアを貶めようとかそういうのではないというか……」

「わかったから、離して。ほら、言い訳はいいからさっさと行く。大事な用事なんでしょう? あまり時間ないんじゃないの?」

「そうなんだけど……っ! ジャスパー。くれぐれもオフェリアに傷一つつけないように」

「もちろん。承知しております」

「じゃあ、行ってくるから! オフェリア、いってらっしゃいのキスは?」

「今それ言う?」

「……いってきます」


 あからさまにしょんぼりするリアム。

 あまりの落ち込みようにちょっと胸が苦しくなる。


 だが、ジャスパーもいるし、そもそもリアムを甘やかしすぎても要求が増えるだけだしとオフェリアは心を鬼にして「いってらっしゃい。気をつけていってね」と手を振るのだった。



 ◇



「はぁ、やっと行った」

「お疲れさまです」


 あの「いってらっしゃい」の声かけ後、すぐに戻ってきたリアムを引き剥がすのに数分。

 オフェリアはいい加減堪忍袋の緒が切れ、「いいから早くいってこーい!」とリアムを蹴り出して今に至る。


「ジャスパーもよくあんなリアムに仕えようと思ったね」

「見ていて飽きませんからね」


(エンタメとして見られてる……)


 配下からこんな風な視点で見られて大丈夫なのかとちょっと心配になるオフェリア。


 というか、普段のリアムの姿を見ているとリアムが悪の帝王になるイメージが湧かなくて、最近では本当に将来彼が悪の帝王になるのか疑問にさえ思っていた。


「ねぇ、ジャスパー」

「はい。何でしょう?」

「リアムって本当に悪の帝王になるの? 全然悪の帝王になるとこ想像できないんだけど」

「えぇ、なりますよ。今はだいぶマシなように見えますが、あれでもかなりの人間嫌いですので。悪の帝王になったときは、目につく人々を一瞬で消し炭にしてましたし、こんなしょうもない世界など消え去ればいいと常々言っていました」

「……だから言いたくないとか言ってたのか」


 ジャスパーの口ぶりは軽いが、恐らく現実では阿鼻叫喚だったことだろう。


 目の前の人が一瞬で消される。そして自分も消されるかもしれない。

 そんな恐怖に苛まれながら過ごすのは生きた心地がしなかっただろう。


 しかも、目につく人々ということは、恐らく老若男女関係なく皆殺しにしたに違いない。

 確かに将来そんなことをするかもしれないというのは、嫌悪感を抱かざるを得なかった。


「オフェリア。申し訳ありません。先程の話、聞かなかったことにしていただくことは?」

「無理だよ」

「ですよね。はぁ、リアム様に怒られる」

「んもう、私がそういうのに弱いと知ってて言ってるでしょ。聞かなかったことにはできないけど、わざわざ本人には言わないから安心して」

「さすがオフェリア。話が早くて助かります」

「リアムといい、ジャスパーといい、私のことなんだと思ってるのよ」


 たまに、今までリアムに言われたことは全部嘘で、使い勝手のいい駒として扱われてるのではないかと不安になるときがある。


 リアムはただ一緒にいてくれればそれでいいとしか言わないし、あまり具体的に未来のことは教えてくれないしで、オフェリアは少なからずリアムに対して不満を溜めていた。


「リアム様も行ってしまいましたし、次の授業まで時間がありますから、ちょっとだけ昔の話をしましょうか」

「リアムに止められてるんじゃないの?」

「ただの独り言は咎められていませんから」


 ジャスパーはそう言いながら、にっこりと微笑んだ。

 配下なわりにはとんだ食わせ者である。


(まぁ、こういう性格だから悪の帝王の配下なんてやってられたとも言えるのか)


 金持ちの思考はわからないなとオフェリアは思いながら、ジャスパーの独り言に耳を傾ける。


「リアム様とわたしの初対面は幼少期の頃です。当時は同い年だというのにあまりに大きな魔力と質量にそれはそれは驚かされました。ですが、とても気難しくて、あのときはほとんど会話という会話をした覚えがありません」

「え、そうなの?」

「話しかけるだけで攻撃魔法を飛ばすような方だったんですよ。今のリアム様からは想像できないでしょうが。人を近づけさせないほど魔力が凄くて、常に鋭利な刃物を突きつけられているような感覚で、ぞわぞわと肌がざわついた記憶があります」

「そんなに」


 確かに依頼を受けたときの報告書の中に虐待云々が書かれていたが、恐らくジャスパーが出会ったのはそれからさほど経っていないときなのだろう。


「それが、ミドルスクールで再会したときは今みたいに明るく振る舞っていたのでとても驚きました。まぁ、本質は変わっていませんでしたが、ここまで化けの皮を被れるのかと違う意味で感心しました」

「そりゃ、確かに数年でそこまで変貌してたら誰でも驚くわ」

「えぇ、それでそこからリアム様を見てたら面白いなと興味を持ちまして、こうして配下にしてもらったんです」

「ジャスパーの感性がわからない」


 どこがどうして配下に加わるということに繋がるのか。やはり金持ちはちょっとぶっ飛んでいるのかもしれない。


「ちなみに、リアム様が今のように変わるきっかけになったのはオフェリアですよ」

「え、私?」

「はい。だからリアム様はオフェリアに執着しているんですよ。オフェリアはリアム様にとって初恋の相手なので」

「へ!? いやいや、何で」

「何ででしょうね。愛の力でしょうか」

「またまた、そんなこと言って。……冗談よね?」


 ニコニコと微笑み、それ以上何も言わないジャスパー。


「あぁ、でも昔とは関係が逆転してるかもですね」

「え!? それって私のほうがリアムに迫ってたってこと!?」

「ご想像にお任せします。でもわたしは、前の二人の関係も今のお二人の関係もどちらも好きですよ」


(過去? 未来? の私、一体何したのよー!)


 色々と詳細を聞きたいのにジャスパーは言うだけ言って、「時間になりましたから授業へ行きましょうか」とそれ以上は独り言についてはだんまりで、オフェリアは悶々としながら授業を受けるのだった。

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