第7話 では、ご機嫌よう

 入学してからあっという間に数週間が経った。

 リアムは処世術だと言っていたが、他人に対して興味は全くないのに人前では善人に振る舞い、とにかく優しく、相手が望む善き人を演じる。


 また、容姿端麗、成績優秀、人当たりもいいとくれば誰もがリアムの虜になり、男女問わずの人気者となって親衛隊ができてしまうほどだった。


 リアムがあまりにも人気すぎて、オフェリアは何となく気が引けて自然と距離を取ろうとするがリアムが許してくれるはずもなく、常に一緒にいては甘い言葉を囁いたり甲斐甲斐しく世話をしたり。

 あまりに過保護でべったりで、何においてもオフェリアを優先するため、それを面白く思わない一部の生徒達はオフェリアに対し悪意を持つようになっていった。


 と言っても、普段はリアムが一緒にいるため手出しされることはない。

 だが、オフェリアが一人になるときはどうしてもそういった悪意は避けられなかった。


「うわっ」


 トイレの個室から出た瞬間、ドンっと上半身を強く押される。不意打ちだったせいで身構えることができず、オフェリアは勢いよく尻餅をついた。


「やだ。きったなーい」

「あはは。『うわっ』だって。女らしさの欠片もない」

「何でリアム様はこんなブスでガサツで平凡な女を気に入ってるのかしら」


 オフェリアを見下ろすように三人の女子生徒が前に立ちはだかって嘲笑する。

 彼女達はリアムの親衛隊の中でも特にリアムに対して熱狂的で、オフェリアへの悪意を隠そうともせず、ここのところこうしてオフェリアが一人になるタイミングを見計らっては嫌がらせを繰り返していた。


(またか。でも不意打ちだったとはいえ、対処できなかったらダメよね)


 先日みたいに水をかけられるというのは防御魔法で防ぐことはできたのだが、今回みたいにただ押すという行為だけにはすぐに反応ができなかった。


 とはいえ、これも油断であることには変わりない。もしこれが死の魔法を伴っていたらオフェリアはここで死んでいた。


 命を狙われている以上、油断は禁物だとリアムに常々言われていたが、やはりこういう部分は詰めが甘いとオフェリアは自省する。


「やっぱり、噂通りリアム様に惚れ薬か変心魔法でも使ってるんじゃない?」

「変心魔法は禁忌の魔法でしょ? リアム様なら使えるかもしれないけど、まぐれで星の寮に入ったバカが、そんな魔法使えるわけないって」

「どうせ闇市か何かで惚れ薬を買って、リアム様に飲ませたに決まってるわ」


(当たらずとも遠からず。確かに、星の寮に入れたのはリアムのせいではあるけどね)


 そんなこと言えるはずもなく、オフェリアは静かに立ち上がる。


「拘束」

「は!?」

「えっ!」

「ちょっ!?」


 オフェリアが指を振って魔法で彼女達の足首を拘束すると、彼女達は一斉にドタンバタンと顔からお尻から身体からその場で倒れた。


「優秀なお三人様だから、バカな私の魔法なんてさぞかし簡単に外せるでしょうね。では、ご機嫌よう」

「はぁ!? 何よこれ、動けない!」

「ちょっと待ちなさいよ!」

「こんな汚いところで這いつくばるなんてイヤーーーー!!」


 背後で喚く三人を尻目にトイレを出る。

 すると、リアムが「大丈夫だった?」と心配そうに駆け寄ってきた。


「大丈夫大丈夫。適当に仕返ししといたから。あの子達も本当に懲りないんだから」


 思わずオフェリアも溜め息をつく。

 というのも、オフェリアはしょっちゅう嫌がらせは受けていたものの毎度それ相応にやり返していた。


 水をかけられそうになったときは反射魔法で跳ね返し、転ばせられそうになったときは反転魔法で彼女達を転ばせる。

 いずれも嫌がらせの内容よりもカウンターのほうが勝っていて、ここまでことごとくやり返されていたら普通は諦めてもおかしくないと思うのだが、彼女達はどうも諦めが悪いようで、失敗してもめげずに何度もオフェリアに嫌がらせをしようとしていた。


「やっぱ僕が常についてないとダメか」

「やめてよ。トイレは絶対についてこないで」

「それなら、僕がもうオフェリアには手を出さないようにちょっと痛めつ……可愛がっておこうか?」

「確実に怪我人か病人が出るでしょ。却下」

「でも、表立って僕が介入したら、状況は悪化するでしょう?」

「でしょうね」


 リアムがオフェリアを庇えば、ますます彼女達は逆上するだろう。オフェリアもそれは望んでいなかった。


「別に大したことされてないし、そこまで被害ないから心配しなくて大丈夫だよ。というか、そもそも彼女達にいい顔する必要あるの? いつも裏では他人に対して態度悪いくせに」

「処世術だからね。いざというときに変心魔法以外で僕の言うことを聞かせられる駒は多いに越したことないし」

「うわぁ……」


 まさに考えが悪の帝王感があってちょっと引くオフェリア。そんなオフェリアの様子に気づいたのか、リアムは「平和的に解決するためだから。必要なことなんだよ」と弁解する。


「まぁ、そういうことにしといてあげるけど。あと、リアムがくっつきすぎなのがいけないと思う。いくら一緒にいなきゃいけない契約だからってずっとくっついてる必要はなくない?」

「必要はあるよ」

「どんな?」

「僕の精神が安定する」


 キリッと至極真面目な顔で主張するリアムに眉を顰めるオフェリア。

 つい「本気で言ってるの?」と言いたげな顔をすると、オフェリアの言いたいことを察したらしいリアムが「だって、僕の精神が不安定になって悪の帝王になったら困るでしょう?」と最もらしいことを言う。


 実際なられたら困るオフェリアはそれ以上何も言えなかった。


「そういえば、リアムが悪の帝王だったときって何したの。悪の帝王って言われるくらいだから相当酷いことしたのよね?」


 そういえば、悪の帝王についてよく知らなかったなと好奇心のまま尋ねる。恐らく悪の帝王と呼ばれ、世界転覆を考えるくらいだからかなり悪いことをするに違いない。


 とはいえ、今のリアムからは全然想像つかなかったので、オフェリアは実はそこまで大したことしてないんじゃないかと淡い期待をしていたのだが。


「オフェリアに言ったら嫌われるから言わない」

「ってことは、想像以上に酷いことのようね」


 オフェリアの言葉に対し、黙り込むリアム。どうやら図星のようである。期待と外れ、オフェリアはちょっとだけ残念に思った。


「どうしてそんなことしたの?」

「言わない」

「リアム〜」

「オフェリアが怒っても可愛くおねだりしても絶対に言わないよ。そのときの僕は正気じゃなかったし、そもそも人間嫌いだったからね」


 未来で何があったのか。

 リアムの言葉からまるで想像できない。


 オフェリアがそのとき何してたのかさえ全く教えてくれず、リアムは言わないと決めたことは頑なに口を割らなかった。


「人間嫌いだったのに、私と恋人だったの?」

「オフェリアは特別だったの」

「まぁいいけど。これから未来を変えればいいわけだし。リアムが悪の帝王にならなければその未来はこないわけでしょ? だったら問題なしね」

「そうだよ。だからオフェリアは僕とずっと一緒にいればいいんだよ」


 そう言ってオフェリアに抱きつくリアム。

 オフェリアは「いやいや、だからそういうのが反感買ってダメなんだって」と、どうにかリアムを引き剥がそうとするが、びくともしない。


「オフェリアは僕と人の目どっちが大事なの?」

「どっちも大事に決まってるでしょ」

「え?」


 リアムがキュンと胸を高鳴らせて頬を染める。

 どうやらリアムの耳は都合のいいようにしか聞こえないらしい。


「ちょっと何ときめいてるの。リアムも大事だけど、人の目も大事だって言ってるのー! こらっ、ますますくっつくのやめて」

「あー、オフェリア大好き」

「いい加減にしてー。移動教室間に合わなくなるー!」


 予鈴が鳴り、背に腹はかえられないとオフェリアはリアムに拘束魔法をかけると、そのまま彼を引きずりながら教室へと向かうのだった。

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