第6話 恋人、か……
「では、リアム様。オフェリア。おやすみなさいませ」
「あぁ」
「ジャスパー、おやすみなさい」
食事を終え、オフェリアとリアム、ジャスパーはそれぞれの寮に戻る。
と言ってもリアムとは同室なため、オフェリアはリアムと同じ部屋に戻るのだが。
「シャワー浴びてくる。リアム、くれぐれも入ってこないでね」
「既に一線を越えた仲なのに?」
「まだ越えてない! 未来では超えてるかもしれないけど、今はそういう関係じゃないでしょ」
「冗談だよ。僕もそこまで無粋な男じゃないさ」
「どうだか」
リアムの涼しい顔に嫌味を言いつつ、オフェリアは着替えを持って脱衣所へと向かう。星の寮は特別に個室にシャワー室が完備されており、大浴場へと行かなくても汗を流せる点がよかった。
(リアムのおかげで星の寮の特権を得られるのはよかったけど、やっぱり異性と同室なのは気が休まらないな)
将来恋人となるかもしれないが、今はまだ友達以上恋人未満の関係だ。それ以上それ以下でもない。
だから、異性と同じ部屋というのはどうも落ち着かなかった。
一応、無理強いしてくることはないのが救いだが。
(恋人、か……)
どうして恋人関係になったのか。
将来の自分はどうなっているのか。
何でリアムは悪の帝王になるのか。
まだまだ聞きたいことは山ほどあるが、恐らく聞いたからと言ってリアムは全部を教えてくれるわけではなさそうだ。
なんとなくだが、リアムはそういうヤツだと察している自分がいる。
「あー、モヤモヤするー!」
リアムを悪の帝王にしないための任務のはずが、なぜこんなことになったんだと思いながらも、どうすることもできず。
「でも、ここでこうしてグズグズ悩んでも解決するわけでもないのよね」
オフェリアは「はぁ」と溜め息をつくと、邪念を吹き飛ばすかのように、シャワーを勢いよく浴びるのだった。
◇
「おかえり」
「ただいま」
オフェリアが部屋に戻ると、リアムがすぐに気づいて声をかけてくる。
「髪、乾かそうか?」
「いい。自分でやるから」
「そっか。じゃあ僕もシャワー浴びてくるよ」
リアムの提案をすかさずオフェリアが断る。リアムは一瞬残念そうな顔をすると、すぐにシャワー室へと行ってしまった。
そんなリアムの背を見届けたあと、オフェリアは再び「はぁ」と大きく溜め息をつく。
「何か今の私、感じ悪かったなぁ」
つい身構えて言い方が冷たくなってしまったと自己嫌悪する。リアムを意識しすぎてしまっていて、どうも上手く接することができない。
「事情を知りたがってたくせに、いざ知ったらこんな態度取るなんて。私、最悪すぎるじゃん」
本当はもっと友好的になりたいのに、変にリアムを意識してしまってるせいか上手くいかなかった。
今のところリアムがオフェリアを嫌う兆候はなさそうだが、万が一オフェリアのことを好きではなくなった場合、リアムが悪の帝王になる可能性があるかもしれない。
それはオフェリアとしても避けたいが、なぜかどうしても気持ちがついていかなかった。
「いやいや、もしかしたら私のただの自惚れで、相手が私じゃなくてもいいのかもしれないし」
そうなった場合、オフェリアは用済みだ。契約魔法も意味をなさなくなる。
そう思ったとき、なんだか胸が苦しくなった。
「あーもー。好きになれるかどうかわからないって悶々してるくせに、必要とされないのは寂しいとか。どんだけ私、自己中なのよ」
己れの身勝手な思考に気づいて余計に苦しくなる。もっと自分は善人で、人に尽くすタイプだと思っていたが案外そうではなかったらしい。
「あー、自己嫌悪〜」
リアムと一緒にいると不思議と自然体になってしまう。必然的に自分の嫌な部分も露わになってしまっている気がして、オフェリアは項垂れるようにベッドに転がった。
(人間関係難しい)
自分は当たり障りなくやっていけると自負してたからこその葛藤。「こんなはずじゃなかったのに」とオフェリアは悶々としながら、ベッドの上で目を瞑りながら、どうすればよかったのかを考えていた。
「また難しいこと考えてるの?」
「うわっ!? いきなり耳元で話しかけないでっ」
リアムが気配を消してたのか、それとも思考に没頭していたせいか、全くリアムの存在に気づかなかったオフェリアは耳元で囁くように話しかけられて間抜けな声をあげて飛び上がる。
どうやら思ったよりも長く考え込んでいたらしく、いつのまにかリアムはシャワーを浴びて戻ってきていた。
「早くない!?」
「そうかな? まぁ、オフェリアを一人にしておきたくないしね」
「別にそんなこと気にしなくていいのに。それに、寮の中なら大丈夫でしょ」
「そういう慢心が危険なんだよ。ということで、頭乾かしてくれる?」
「何が、『ということで』なのよ。自分でできるでしょ」
「オフェリアにしてもらいたいんだ。お願い」
「……もう、しょうがないなぁ」
オフェリアはとにかくお願いごとに弱かった。
だから人から頼られるとどうしても頷いてしまう。それがオフェリアの長所ではあるが、同時に八方美人や偽善者などと揶揄される短所だということも自覚していた。
とはいえ、自覚しているからといって矯正することはできず。もうこればかりは性格だしどうしようもないと、今は開き直っていた。
「動かないでよ」
風の魔法を使い、そよ風くらいの優しい風を吹かせる。そして、ブラシを使ってリアムの髪を丁寧にケアしながら乾かした。
(綺麗な髪だな。サラサラだし、うねらないし、何より手触りがいい。同じヘアケア使ってるはずなのに)
同じシャワー室を使っていたはずなのにおかしいなと思いつつも、優しい手つきでリアムの髪を乾かすオフェリア。今まで生きていて人の髪を乾かすことなどなかったが、案外楽しいと思いながら、リアムの髪をしっかりと乾かした。
「はい。おしまい」
「ありがとう。オフェリア」
「どういたしまして。私はもう寝るけど、リアムはまだ起きてるの?」
「僕も寝るよ。朝から疲れてくったくただからね」
オフェリアが「じゃあ、私こっちで寝るから」とベッドに横になる。すると、なぜか背後でもぞもぞと動く気配を感じ、振り向くとそこにはリアムがいた。
「いや、何で!? 自分のベッド行きなさいよ」
「オフェリアから離れないって行ったでしょう。それに、ベッドならくっつけたよ」
「はい?」
ガバッと起き上がると、寝るまではシングル二つだったはずのベッドが、なぜか今は一つのキングサイズベッドに変わっていた。
「いつのまに……!?」
「ということで、僕もここに寝るよ」
「いやいやいやいや。ベッド、元に戻してよ」
「無理だよ。もう合体させちゃったし。無理矢理引き剥がしたら壊れちゃう」
「信じられない」
「ということで、ほら一緒に寝るよ」
なんて強引なんだと唖然とするも、実際くっついたベッドを元に戻す魔法を知らないのでどうすることもできない。
さすがに他に新しいベッドを置くスペースもないし、今後ずっとソファなどで寝るというのも現実的ではないだろう。
「変なことしないでよ」
「もちろん。我慢はするよ」
(我慢なのか……)
我慢ということは下心があるのかと考えるも、またモヤモヤと余計なことを考えて寝れなくなるとオフェリアはあえて思考するのを放棄した。
「おやすみ」
「うん。おやすみ」
お互い布団の中で距離を取りつつ目を瞑る。
心身共に疲れてるから本来は今すぐにでも睡魔がやってくるはず。……なのだが。
(やっぱり寝れない)
こんなに近くでリアムが一緒にいると思うと落ち着かなかった。
寝間着に着替え、無防備な姿であることも要因の一つだろうが、やはり将来恋人関係になるとはいえ、会って早々まだ関係を築けていない異性と一緒に寝るのはどうなのかと思ってしまう。
「寝れないの?」
はっきりとしたリアムの声かけに、オフェリアは閉じていた目を開いた。
「リアム。起きてたの?」
「オフェリアがそわそわしてるのが伝わってたからね」
「ごめん」
「別に、オフェリアが謝る必要はないよ。それに、むしろ謝らなくてはいけないのは僕のほうさ」
「え?」
リアムの言葉に思わず彼のほうに身体を向ける。すると、そこにはまっすぐオフェリアを向いているリアムがいた。
「オフェリアのことを巻き込んでしまってごめん。本当はキミにはもっと普通の学校生活を送ってもらいたいと思っていたのに。僕のせいで、こんなことになってしまって申し訳ないと思ってる」
後悔の色が滲んだリアムの言葉。リアムが本心から言っているのがわかった。
(リアムって本当に私のこと大事にしてくれているんだな)
そう思うと同時に、それは自分ではない別の自分のことなんだよなとちょっと切なくなる。
リアムは自分を通して別のオフェリアを見てるのかと思うと、なぜか少しだけ胸が苦しくなる。
けれど、リアムなりに誠実でいてくれようとしているのは理解できたので、オフェリアもそれには応えようと思った。
「謝らないで。私はこの選択に後悔はしてないよ。……そりゃ、多少はなんか選択間違えちゃったかな? って思うこともあったけど、それでもリアムを悪の帝王にしたくないと思っているし、そのために私が力になれるのならなりたいと思ってる」
それはオフェリアの本心だった。
自分に何かできることがあるなら、ただ指を咥えて見ているのではなく、自ら行動して少しでも人の役に立ちたいと思ってしまう。
自分のことなど二の次で、誰かが喜んでいる姿が何よりも嬉しいと思ってしまうのだ。
「オフェリアはどうしてこの依頼を引き受けたの?」
「んー……あんま具体的な理由はないけど、しいて言うなら人の役に立てるから、かな。でも別に、正義のヒーローになりたいとかそういうんじゃなくて、ただみんなが楽しく暮らせる世界になったらいいなって。そのお手伝いができるならそうしたいと思っただけ」
悪の帝王を倒してヒーローになるのではなく、ただみんなが幸せに暮らせていけるように悪の帝王にさせないようにする。決して楽なことではないが、そのほうがオフェリアの好みだった。例え、八方美人や偽善者と言われようとも。
「危険かもしれないのに?」
「危険がどうとかそういうのあんま考えたことないっていうか。目の前に困ってる人がいたら助けるでしょ? 私としてはそれと同じ」
「それで自分の命を懸ける?」
「いいじゃない。そういう性分なの」
オフェリアが不貞腐れたように言えば、「別に責めてるわけじゃないよ。やっぱオフェリアはオフェリアだなって思っただけ」とリアムに笑われる。
「本当オフェリアはお人好しだね。でも、やっぱりそんなオフェリアが僕は好きだよ」
「な、何言ってるの」
「僕の気持ちを言っただけ。気持ちは伝えないと意味がないでしょ。だから僕はそういうお人好しで優しいオフェリアが好きだってちゃんと言葉にしておこうと思って」
「それは……ありがとう?」
褒められて悪い気はしない。好意を持たれるのも嫌な気はしなかったし、言葉にしてくれるのも嬉しかった。
「まぁ、僕だけがオフェリアのこと好きなのは不公平だから、早くオフェリアに僕のことを好きになってもらえるよう頑張るよ」
「それはそんなに頑張らなくていいから、とにかく死なないことだけ考えて」
「優しいね、オフェリア。愛してる」
「もうっ! わざと言ってるでしょ」
「照れてるのも可愛い」
リアムがニヤニヤと口元を緩めるのに対し、オフェリアはぷくっと頬を膨らませる。リアムはなんだか楽しそうだった。
「ほら、明日から授業始まるんだからそろそろ寝ないと」
「そうだね。ねぇ、手だけ握ってもいい? オフェリアに触れてないとなんだか不安なんだ。ダメかな?」
「まぁ、それくらいならいいけど」
「ありがとう。おやすみ」
「うん、おやすみ。……あと、リアムがお風呂入る前ちょっと嫌な態度取っちゃってごめん。リアムが嫌いとかそういうんじゃないから」
「大丈夫。わかってるよ」
温かい大きな手に包まれる。
リアムの熱がじんわりと自分のほうに移るのを感じながら、オフェリアはいつのまにか眠りにつくのであった。
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