第5話 私の命も狙われてるの?

 夕食時。

 本来なら学生一同食堂で学食をとるはずなのだが、なぜかリアムとオフェリアだけ別の部屋に通される。


 星の寮だけの特別な食堂みたいなところがあるのだろうかとオフェリアは疑問に思いながら、リアムと共に案内されるがまま別の部屋に入ると、なぜかそこにはジャスパーだけがいた。


(あれ? ジャスパーって確か空の寮だったはずだよね)


 推測が外れ、オフェリアは状況がよくわからないながらも促されるまま席につく。

 ジャスパーはニコニコと微笑みながら「準備はできていますよ」と手を叩くと、先程までなかったはずの豪華な料理が食卓に現れた。


「うわぁ、凄い!」


 皮目がパリッとした大きな七面鳥のローストに、肉厚でジューシーそうなステーキ。肉汁が詰まってそうなハンバーグに、彩り豊かなサラダ。ミルクの芳醇な香りがするコーンポタージュや香ばしい匂いのするブールなど、どれもこれも美味しそうでオフェリアは自然と表情が緩んだ。


「いえ、大したことではありませんよ」

「大したことあるよ! ありがとう、ジャスパー」

「オフェリア。僕に感謝はないの? この部屋を用意したのは僕なんだけど」

「え、そうなの? リアムもありがとう」


 オフェリアが素直に感謝すれば、満足そうに胸を張るリアム。その姿はなんだか年相応で微笑ましかった。


「ところで、どうして私達だけ別室なの?」

「あぁ、僕達は毒を盛られる可能性があるからね。それで念のため別室」

「ど、毒!? どういうことなの?」

「僕、命を狙われてるから」

「はい?」


 食事中、急にきな臭い話になって動揺するオフェリア。

 言われてみたら自分がこうして任務についていることを考えるとあり得ない話ではないのだが、それでもいざ本人からそういうことを聞かされるとどう反応したらいいか困った。


「オフェリアが僕を悪の帝王にならないよう任務を受けたように、そんな僕を抹殺して悪の帝王になるのを阻止しようとする人もいるということだよ」

「何で? リアムが悪の帝王になるってまだ確定してるわけじゃないのに」

「リアム様。オフェリアにはある程度話しておいた方がよいのでは?」

「……はぁ。やっぱり言わなきゃいけないか。オフェリアにはあんまり言いたくなかったんだけどな」


 リアムが大きく溜め息をつく。

 自分に言いたくないとはどういう意味なんだろうか、と勝手にちょっと傷ついている自分がいることに気づくオフェリア。なんだか自分だけが蚊帳の外というのはどうにも気分のいいものではなかった。


「でもそうだね。とりあえず、説明できるところだけ説明しようか。……僕に関連する勢力は三つ。まずは僕の陣営である僕とオフェリアとジャスパー。次に、僕が悪の帝王になるのを阻止するために僕を抹殺しようとする陣営。最後に僕を悪の帝王にさせたいがために僕とオフェリアの仲を引き裂こうとする陣営がある」

「ちょっと待って。二つ目まではわかるけど、三つ目は何? リアムを悪に帝王にしたい人達がいるの?」

「あぁ。彼らは僕が悪の帝王になった方が都合がいいらしくてね。そのためにキミの命を狙ってくるはずだよ」

「え、私の命も狙われてるの!?」


 思いがけない事実に衝撃を受ける。と同時に、こういう任務を受けているのが自分だけではないという事実も驚きだった。


「だからオフェリアはずっと僕のそばにいてねって言ってたんだ」

「だったら、最初からちゃんとそう説明してよ」

「言ったら学校生活を楽しめないだろう? 常に命の危機に怯えながら暮らすというのは思っているよりもストレスがかかるからね。だから、僕がオフェリアを守ればそれでいいと思ったんだ」


(それで、さっき言いたくないとか言ってたのか)


 リアムの言い分と先程の言動を照らし合わせて、納得するオフェリア。色々とリアムなりに気を遣ってくれたらしい。

 とはいえ、自分の事情を全く知らされないで話が進むことに関してはやはり納得がいかなかった。


「それは、そうかもしれないけど。でも、知らないよりかは知ってたほうが身の守りようがあるでしょ。私だってそれなりに強いんだから」


 この任務を受けたのだって、ある程度実績があるからだ。十六とは言えど、同年代の魔法使いに比べたらそれなりに強さには自信があった。


「そう言うと思ったよ。だから余計に言いたくなかったんだ。オフェリアは頑張りすぎるところがあるから」

「あのさ、さっきからリアムは私のこと知ってる風で話すけど、私とリアムは将来どういう関係だったの?」

「恋人だよ。とても大事な。だからキミには危ない道を渡ってほしくない」


 まっすぐ強い眼差しで見つめられる。その眼差しの強さにドキッとして、オフェリアは口を噤んだ。

 なんとなくリアムの言動からある程度察してはいたものの、実際に面と向かって言われるとどう反応したらよいかわからなかった。


(どういう経緯でリアムと恋人になるんだろう)


 きっと本来は今みたいな出会いではなかったはずだ。

 だから、どういう経緯でどんなことがあってリアムと恋人になるのかが気になった。

 本来の出会いを無視してまでリアムが自分と接触してくれるのは、それだけ自分を大事にしてくれていることだと気づいて、今のリアムに対して何の気持ちもないオフェリアはちょっと複雑な気持ちになる。


(未来で好きになるかもしれないって言われても、だからってすぐにどうこうっていうのはやっぱり難しい)


 未来で恋人になるからと言ってすぐに好きになれるわけがなく、オフェリアはどうしたらよいかわからなかった。

 リアムを殺さずに悪の帝王にはしたくないという気持ちは確かにあったが、だからと言ってリアムと今すぐ恋人関係になれと言われたらそれは違う気がする。


(って、もし私がリアムのことを好きにならなかったら、未来がまた変わるのかな)


 オフェリアはそんな不安を抱えながら、とりあえず気になっていることを聞いてみることにした。


「リアムは未来から来たってこと?」

「まぁ、そんな感じかな」

「なら、色々と先回りできるんじゃないの? 未来を知っているなら結末を変えるために最善の選択を取れるはずでしょう?」

「うん。だからこれが最善の選択。と言っても未来は変わりやすいものだから、僕がこの選択をしたことでまた色々と変化があるとは思うけどね。いわゆるバタフライエフェクトというやつさ」

「なるほど……思ったよりも複雑なのね」


 選択によって未来が変わる。

 実際、オフェリアにリアムの悪の帝王になるのを阻止せよという任務が来たように、未来は選択によって変えることができるのだろう。

 オフェリアの目標は、自分が死なずにリアムも殺さず、リアムを悪の帝王にさせないで世界を守ること。

 だからこそ、最善の選択を取り続けなければならない。


(急に難易度が高くなったなぁ)


 想像以上にこの任務大変そうだぞ、と思うも、だからと言って放り出すことなど頭にないオフェリアは、どうやってこの任務を攻略するか頭を悩ませた。


「ちなみに、どうしてマグナ・クルガ魔法学校に入学したの? あと変心魔法で脅威を排除とかできないの?」

「マグナ・クルガ魔法学校にしたのは、魔法学校の中でもかなり少人数な上にセキュリティがしっかりしているからというのと、学校という閉鎖空間は複数の脅威から防ぎやすいから。それと、変心魔法は万能じゃないから記憶や認識の齟齬が複数生じると意味をなさない。今回は入学式で全員が同じ場所にいたから変心魔法が有効だったけど、変心魔法は一人でも記憶違いが生まれると簡単に破綻してしまう諸刃の剣なんだ。それと、脅威全部を把握してるわけではないし、それこそ選択によって変わってる要素もあるから、全部排除というのは難しいかな」

「そうなんだ……」


(そりゃそうだよね。魔法も万能ではないし)


 魔法は知識と技術、魔力と生命力からできている。

 魔法の原理を理解し、それを発現させる技術と魔力があり、生命力が利用することで魔法を発現することができるので、どの要素が欠けてもいけなかった。


 そのため、難易度が高い魔法ほど知識や技術、魔力や生命力を必要とする。

 恐らく禁忌の魔法である変心魔法はかなりの技術が必要であり、魔力も生命力も持っていかれるだろうことが想像できた。


「他に聞きたいことは?」

「この状態っていつまで続くの? リアムと私は一生命を狙われ続けるの?」


 もし死ぬまで命を狙われ続けるというのなら、さらに難易度が上がる。それこそ文字通り、リアムと一生離れては暮らせないだろう。


「そこは安心して、一生ではないよ。一応、マグナ・クルガ魔法学校を卒業するまで。卒業してしまえば、因果が切れて僕は悪の帝王にならないというのが確定してるからね。ま、でもオフェリアと僕は一生一緒にいる契約をしてるから、脅威がなくなったとしても一生一緒だけどね」


(やっぱり決断早まったかな)


 残り三年やり過ごせばお互い自由だったはずなのに、あえて縛られる意味があるのだろうかと疑問に思うオフェリア。

 けれど、悪の帝王になるはずのリアムがそんな無意味なことするはずもないだろうと考えを改める。


「とにかく、卒業まで僕と一緒にいてできるだけ離れないこと。それから僕とジャスパー以外は敵だと思って接して。あとこれ、僕からの贈り物」


 リアムはオフェリアの近くまでやってくると、恭しく跪く。そして、パカっとまるでプロポーズみたいに指輪を出された。


「え、何これ」


 そこには中央に小さな石がついたシンプルな指輪が一つ。小さな石でありながらも、その石は言葉で言い表せない不思議な色をしていた。

 アームは細く、内側には何か彫られているがオフェリアには読めない文字で書かれている。

 こういうときに出されるのは大体婚約指輪であるが、目の前にあるのは誰がどう見ても結婚指輪だった。


「何って指輪だよ。はい、左手を出して」

「いや、何で」

「オフェリアの命を守るためだよ。だからつけて」

「えぇ……?」


 そう言われてしまったら拒否することもできず、オフェリアは言われた通りに左手を差し出す。

 リアムはオフェリアの左手を優しく包むと、薬指にその指輪を嵌めた。


「何で薬指!」

「そこにピッタリと嵌るように作ったからね」

「何でサイズ知ってるの」

「言ったでしょう? 恋人だったって」


 ことごとく言い返されて何も言えなくなる。

 リアムのほうがオフェリアよりも一枚も二枚も上手だった。


「てか、え、何これ。外れないんだけど」


 指輪に触れようとするもなぜか触れた感触がなく、触れることすらできないため指輪を外すことができずに焦る。

 けれどリアムはそんなオフェリアを見ても表情一つ変えず、けろっとしていた。


「そりゃそうだよ。外したら意味ないし。生活に邪魔にならないように魔法がかけてあるから支障もないし、大体の人には見えないようにもなってるから詮索されることもないよ」


(なんかどんどん外堀を埋められていっている気がする)


 契約魔法をした時点で既にかなり埋められているのだが、契約してしまったのだから今更どうこう言っても仕方ないと、オフェリアはなくなくそのことについて考えるのを諦めるのだった。

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