第9話 ジャスパーのケチ

「ブロングル、ちょっといいか? 手伝ってもらいたいことがあるんだが」


 オフェリアがジャスパーと帰寮しようとしたタイミングで、ジャスパーが先生に声をかけられる。


「申し訳ありません。クラウンさんを寮までお送りするよう言付かっておりまして」

「急ぎなのだが、クラウンは一人で帰寮できないのか?」


 不審げに眉を顰める先生。

 そりゃこの年で一人で寮に帰れませんなんて生徒がいたら不審がるのも無理はないと察したオフェリアは、ジャスパーの袖の裾をくいくいっと引っ張った。


「オフェリア?」

「ジャスパー、私なら大丈夫だよ。寮はすぐそこなんだし、この距離で何かあるようなことはないよ」

「ですが」

「リアムには適当に言っておくから大丈夫。そもそも、何も問題起こらなければ怒られることもないでしょう? ほら、急ぎだって言うし、ジャスパーは早く行ってきて」

「そうですか? 申し訳ありません。終わったらすぐに戻って参りますから、くれぐれもお気をつけて帰ってくださいね」

「うん、ありがと。ジャスパーもお手伝い頑張ってね。いってらっしゃい」


 ジャスパーに手を振ると、彼は足早に先生とどこかへ行ってしまうのを見送る。


「なんかこうして一人になるの久しぶりだな」


 いつもリアムかジャスパーが四六時中一緒にいて、一人きりになるなんてトイレとシャワーのときくらいだった。

 そのため、こうして外で一人を満喫するのはかなり久々でオフェリアはちょっと気持ちが高揚する。


(たまには一人でのんびりする時間があるのも悪くないな)


 学校の中も今までは最低限の移動しかしてなかった。そのせいで、まだ足を踏み入れたことがない場所も多々あった。

 今歩いている校内の中庭にある花畑もじっくり見たことがなかったので、こんな花が咲いてたのかと、ついつい足を止めて見入ってしまう。


「あ、これ。この前の薬草学で使ったやつだ。へぇ、ここにも自生してるんだ。意外」


 本来校内の植物園にしかないはずだが、どうやら教師や生徒などに付着した種子が外に運ばれて自生しているらしい。


 手入れもされていないのに根を張って花まで咲かせているなんて結構逞しいなと思いながらまじまじと観察していると、不意に「やぁ」と声をかけられる。

 オフェリアが振り返ると、そこには利発そうな男子生徒が立っていた。ちらっと胸元にあるブローチを見るとどうやら同級生らしい。


 けれど特に見覚えはなかったので、一体どんな用件かと首を傾げた。


「はい?」

「これ、キミのじゃないかな?」


 差し出されたのは見覚えのあるハンカチ。

 慌ててオフェリアは自分のポケットを弄り、そこにあるはずのハンカチがないことに気づいて「すみません、私のですっ!」とすぐさま受け取った。


「よかった。さっき落ちてるの見つけたんだけど、他に人がいなかったからもしキミのじゃなかったらどうしようかと思ってたんだ」

「すみません。ちょっと生えてる薬草に夢中になってまして。そのときに落としたみたいです」


 素直に自分の行いを白状すれば、その男の子が笑う。

 その顔はとても整っていて、「リアムとジャスパー以外にもイケメンいたんだな」とオフェリアはマグナ・クルガ魔法学校の顔面偏差値高いなと感心した。


「あぁ、この辺りは植物園が近いのもあって結構色々な薬草があるよね。先輩なんかは植物園にないときはこの中庭の花畑を探すってよく言ってたよ」

「へぇ、そうなんですね」

「ちなみに、この薬草は食材としても使えて、しかも美味しいらしいよ。東方の国にある料理で天ぷらというのがあるんだけど、それにするととても美味しいんだと聞いたことがある」

「天ぷら! 聞いたことがあります。食材を揚げるんですよね。つゆで食べても塩で食べても美味しいとかって。どうしよう、これ持って帰って怒られないかな」

「どうだろう? 今はボク以外誰も見てないし、持っていってもバレないんじゃない?」

「じゃあ、いくつか持って行こうかな」


 薬草をいくつか摘んでいく。食べるなら自分のだけではなくみんなで食べたいとリアムのぶんとジャスパーのぶんも摘んでおいた。


「一人でそんなに食べるの?」


 一人分にしては多い量を指摘されて、オフェリアはカッと耳が熱くなる。


 確かにリアム達のぶんだと知らない彼からしたら、どれだけ食いしん坊なのだと思うだろう。


「え!? あ、いや、これは自分のぶんだけじゃなくて友達のぶんも含めてで……食べるなら友達とも一緒に食べたくて。取りすぎですかね?」

「あぁ、なるほど。そういうことか。んー、それくらいなら大丈夫じゃない? そもそも誰かが管理してるわけではないし。でも確かに、一人で食べるよりみんなで食べたほうが美味しいもんね。キミは優しいんだね」


 優しいと褒められてちょっと照れるオフェリア。と同時に「キミ」と言われてお互い名前を知らないことに気づいて、相手が王族や貴族だったらかなり不敬なことしてるのではないかと青ざめた。


「あ、ごめんなさい、名前言ってませんでしたね。私はオフェリアと言います。一応星の寮です。貴方は?」

「ボクはグランだよ。ボクは陸の寮だけど、オフェリアはすごいね、星の寮なんだ。あのリアムくんと同じ寮なんだね」

「リアムを知ってるんですか?」

「彼は特別有名だからね。同級生なら全員知ってるんじゃないかな? 先生も歴代一、二を争うほどの優秀生徒だって褒めてたよ」

「そうなんだ。知らなかった」


 リアムとジャスパー以外と付き合いがないせいで、そういった評判などまるで知らなかったオフェリア。

 親衛隊ができてることは知っていたものの、それは自分に悪意を持ったり害意を持ったりした人物がいたから知っていただけで、そういうのがなかったらきっと親衛隊の存在すら知らなかっただろう。


(私、情弱すぎるでしょ。いくらリアムが煩いからってもうちょっと情報入れないとこれじゃただの世間知らずになっちゃう)


 まずはあらゆる情報をカットしようとするリアムをどうにかしないとと考えていたときに、「あぁ」とグランが何かを思い出したかのような声を出した。


「ごめん、オフェリア。ボクこれから友人と一緒に勉強会する約束をしてたんだった。だから行かないと」

「それは大変! ごめんなさい、ハンカチを拾ってもらったばっかりに」

「大丈夫だよ、気にしないで。今から行けばまだ間に合うから。それじゃまたね」

「はい、また」


 グランはそう言うと手を振りながら駆けていく。その後ろ姿を見送っていると、ぽんっと肩を叩かれた。


「はい? ってジャスパー! あれ、用事は?」

「とっくに終わりましたよ。もう帰ったと思ってたのに、ここで何してたんです?」

「ちょっと中庭で薬草摘んでて……」

「オフェリア。すぐに帰寮するはずでは? わたし、気をつけて帰ってくださいって言いましたよね?」

「ごめんってば。怒らないでよ」


 顔には出ていないが、何となくジャスパーの怒っている雰囲気を察して謝るオフェリア。普段怒らない人が怒るときはヤバいというのは経験則としてわかっていた。


「まぁ、いいですけど。てか、その薬草……」

「あぁ、これ? 天ぷらにすると美味しいんだって」

「え。食べる気ですか?」

「うん」

「ダメです。捨ててください」

「えー!? 何で!」

「リアム様に散々言われてたの忘れましたか? 何かあってからでは遅いので、それは今すぐ捨ててください」

「うぅ。せっかく採ったのに。ジャスパーのケチ」


 不貞腐れてもジャスパーは譲らず。オフェリアが躊躇っていると、「リアム様に全部報告しますよ?」と脅されたら、オフェリアは渋々持っていた薬草は全て破棄せざるを得なかった。


「全く。目を離すと貴女は何をするかわからないんですから。ほら、早く寮に戻りますよ」

「はーい」


(せっかくグランに美味しいって教えてもらったのになぁ。てか、謝るばっかりでお礼言うの忘れてた)


 やってしまったと一人で焦っていると「どうかしましたか?」とジャスパーに聞かれる。

 けれど、下手にグランの話をしても不審がられるだけなことはわかっていたので、あえてオフェリアは「何でもない」と答えた。


「では、早く行きますよ」

「はーい」


 ジャスパーに促され、大人しく彼のあとについていくオフェリア。リアムだけでなくジャスパーも過保護だなぁと思いながら、きっちり寮の中まで送り届けられるのだった。

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