あなたと彼の結婚生活が上手く行くことを、心より祈っています。
※この話から、地雷原を突っ切ります。
※無理だなぁ……と思う方はそっ閉じ推奨。
――――――――――――
「ふ、ふふ……彼が、可哀想、ね……」
小さく喉を震わせるような声が、笑い声だとは気付かなかった。
「……ねえ、わたし、子供がいたの……」
ぼそぼそと低い声が言う。
「え、ええ、知っています。奥さんの不注意で、転んで怪我をして流産してしまったんですよね? そして、再びの妊娠は望めないのだとお聞きしました。彼は、子供を欲しがっているのに」
「ふ、ふふっ……わたしの不注意、ね……あははははははははっ!? アレが、わたしの不注意っ!? ねえ、わたし、彼に殴られるの」
「え?」
いきなり笑い出した奥さんに呆気に取られ、なにを言われたのかわからなかった。
「あの人、外面がいいでしょう? でも、家ではわたしを殴るの。わたしを殴ると、気分がスッキリして仕事が捗るんですって。わたしも仕事、本当は続けたったの。でも、辞めろって言われたの。嫌だったけど、口答えすると殴られるの。まあ、口答えしなくても殴られるんだけど」
「な、にを……?」
「あの人が、わたしと結婚したのは、わたしに身内がいなかったからみたい。殴られて怪我をしても、誰もわたしを心配しないから。気に掛けてくれる人がいないからなの。それで、心置きなく殴れるんですって。最低よね。わたしだって、子供ができたら彼が変わってくれると思ってしまったの。祈るような気持ちで、殴るのをやめてくれるかもしれない! って。でも、なにも変わらなかった。本当、馬鹿みたいで笑える。妊娠を告げても彼は全く変わらず、わたしを殴った。それで、ある日・・・わたし、酷く殴られた後に、お腹を蹴られたの。それで、流産したの。しかも、お腹が痛くて
つらくて泣きそうな、酷く怒っているような、とても苦しそうな、けれどどこか楽しげに、奥さんは狂ったように笑いながら、あたしに捲し立てた。
「ねえ、そんなお優しいあなたは、彼と結婚してくれるのよね? わたしを彼から解放してくれるのよね? ねえ、これを持って行って、サインをもらって来て。ついでにあなたもサインして、区役所に出しておいてくれる?」
歪な、血走った目で笑いながら、わたしに突き付けるように差し出したのは、離婚届だった。彼の欄と離婚の証人の欄だけが空欄で、半分が既に記入済みだ。
「え?」
「ねえ、あなたは彼のことを愛してるんでしょう? お腹に、彼の子がいるんでしょう? その子を父親のいない可哀想な子にしたくないんでしょう? 彼の幸せを願うんでしょう?」
突き出された離婚届を受け取れずにいると、彼女が言い募る。
「素晴らしいわ。あなたと彼の結婚生活が上手く行くことを、心より祈っています。だから、早くわたしを解放してください」
嘘……だと、思いたい。
彼がそんなことをするはずがない! そう、思いたい。でも、あたしを真っ直ぐに、狂気染みた笑みを浮かべる奥さんの顔には、前髪で隠されていた……血走った目元には、大きな黒い痣がある。よく見ると、唇だって切れている。離婚届を突き付ける腕には、包帯が巻かれている。
彼の奥さんは働いてもいないのに怠けて、家事の手を抜く……殴られたら、こんなに怪我をしていたら、痛くて動けないのが当然じゃない?
彼が注意をしても、なかなか改善しない……彼の言う、
彼の奥さんは、化粧っ気の無い人……怪我をしているのに、傷の上からメイクをする?
彼の前で綺麗でいることを怠る人。服だって、同じのばかり着ておしゃれをしない人……こんな顔で、こんなにあちこち怪我をして、外に出られる? 買い物に行ける?
彼の奥さんは、彼が一生懸命話をしても、聞いてはくれない人……これだけ暴力を振るわれたら、その暴力を振るった人の話をまともに聞ける?
部屋に籠って、彼に怯えて、出て来なくなるのも当然じゃない?
様々な疑問が頭を駆け巡り――――それが、腑に落ちた。落ちて、しまった。
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