ああ……ようやくお前の気持ちがわかったよ!

月白ヤトヒコ

あたし、奥様にお話があって来たんです。


 ⚠地雷注意⚠


 ※モラハラ・DV・クズで外道な男が出て来ます。


 ※妊娠・流産など、センシティブな内容が含まれます。


 ※少しでも駄目だと思ったら、自衛してください。そっ閉じ推奨。


 書いてる奴の別作品『わたしの娘を返してっ!』よりも、内容的にはこちらの方がエグめです。


――――――――――――




 今日、あたしは――――


 あの人の奥さんに会いに行く。


 あの人が結婚していることは……出逢ってすぐに、左手薬指のリングで気が付いていた。


 けど、でも、あの人はあたしに優しくしてくれて・・・あたしの些細な変化に気付いてくれて。あたしのことを気遣ってくれて。仕事でのミスを繰り返しても、怒らずに何度もカバーしてくれた。


 あたしが、そんなあの人のことを好きになるのに……そう時間は掛からなかった。


 ダメ元の振られる覚悟で告白をすると――――


 少し困ったような顔で、奥さんのことで悩んでいるのだと彼は弱音を吐いた。


 あたしは、こんなに素敵な彼のことを困らせる奥さんのことが許せなくなって、思わず言ってしまった。


「あたしなら、あなたにそんな顔をさせて悲しませないのに……」


 すると、彼はあたしのことを抱き締めてありがとう、と言ってくれた。


 あたしは、傷付いている彼を慰めたい一心でそっと彼に口付けた。


 一瞬の驚いたような表情が可愛いと思ったのも束の間、触れている彼の唇がゆっくりと開いて・・・


 ああ、彼があたしを受け入れてくれたのね! という喜びが胸一杯に広がり、あたしはうっとりしながら目を閉じ、彼に身を任せた。


 それから、彼が奥さんのことで悲しい顔や困った顔をしているとき、どこか元気がないようなときには、彼を慰める――――という関係が続いた。


 ぽつぽつと、吐き出される彼の弱音によると・・・


 彼の奥さんは働いてもいないのに家で怠けて、家事の手を抜くのだそうだ。彼が注意をしても、なかなか改善しないでだらだら過ごす人。


 彼の奥さんは、化粧っ気の無い人。あたしみたいに彼の前で綺麗でいることを怠る人。服だって、同じのばかり着ておしゃれをしない人。


 彼の奥さんは、彼が一生懸命話をしても、その話を聞いてはくれない人。


 あたしだったら、彼の話をちゃんと聞くのに。


 彼から奥さんの話を聞く度に、あたしだったら、あたしだったら……と、そればかりが浮かぶ。


 そして、彼の奥さんは・・・


 自分の不注意で流産をしたクセに、それを彼のせいだと言って、彼を詰りながら嘆くような人。


 もう、奥さんが再び妊娠することはないのだと、彼は寂しそうに言っていた。


 彼は、そんな酷い奥さんを許して、やり直そうとしているというのに――――


 奥さんがヒステリーを起こして暴れ、話を聞いてくれないのだそうだ。部屋に閉じ籠り、全く彼に顔を見せない日が何日も続いたりするらしい。


 あたしなら、彼に酷いことなんてしない。暴れたりもしない。彼と一緒に暮らしているクセに、何日も顔を見せないだなんて……彼と顔を合わせようとしないだなんて、本当に信じられない。


 でも彼は、そんな酷い奥さんでも見捨てないで、奥さんが暴れて自分で怪我した傷の手当までしてあげる上、彼女の面倒は自分が一生見るのだと言っている責任感の強い人。


 子供が欲しかった、と彼は寂しそうに笑った。


 だから――――


 あたしは、そんな酷い彼の奥さんに、会いに来た。『彼と別れてください』と、直談判するために。


 彼は、優しいから。彼に養われいるクセに、彼を悲しませるばかりで、彼を疲弊させてばかりいる奥さんでも、別れを切り出せないのよ。


 だから、あたしが彼の代わりに奥さんにハッキリと言ってあげることにした。


 そうじゃないと、彼は一生をあの酷い奥さんに縛られてしまうから。


 彼の話だと奥さんは話が通じなくて、よくヒステリーを起こす、ちょっと危ない人だ。正直言って、そんな人と面と向かって話をしに行くというのは怖い。


 でも、あたしは・・・


 そっとお腹を撫でて勇気をもらい、奥さんのいるという部屋へ向かった。


 ピンポーン、と間延びしたインターホンに緊張感が高まる。


 そして、中からこちらを窺うような気配があって・・・カチャリと、小さくドアが開いた。


「……あの、どのようなご用でしょうか?」


 暗く、おどおどとした聞き取り難い声がぼそぼそ言う。


「あたし、奥様にお話があって来たんです。中へ入れて頂けませんか?」

「え? あ、の……その、こ、困ります」


 閉められそうになったドアに、靴を捻じ込んでグイッとドアを開き、奥さんの声を無視して無理矢理部屋へと押し入る。


「あ……」


 家の中は、彼に聞いていたよりも荒れてなくて、結構綺麗だった。


 奥さんの方を見ると……長い前髪に隠れた目元で、顔立ちはよくわからない。けれど化粧っ気が無くて、肌は青白い。ひょろりと華奢な身体付きに、細い手足。


 ぱっと見で奥さんは気弱そうな見た目をしているけど、彼から聞いた話からすると、油断はできない。


 奥さんに暴力を振るわれそうになったら、すぐ警察に通報しよう。そう決意する。


 よれた服の長袖から覗く腕には、包帯が巻かれているのが見えた。あの包帯は、彼の手当てで巻かれたものだろうか?


「お話、聞いて頂けますよね?」


 睨み付けながら強気に告げると、


「……どうぞ」


 渋々という感じの諦めたような顔で、よろよろとした足取りでテーブルに案内された。


「あたし、今、あなたの旦那さんとお付き合いさせて頂いているんです」


 意を決して告げた言葉に……


「はぁ……そうですか……」


 予想していたような激昂する様子は見られず、むしろ無気力な返事が返り、肩透かしの気分を味わう。


 けれど、いきなり暴力を振るわれるよりはマシだと気を取り直し、口を開く。


「奥さんは、彼を悲しませてばかりだと伺いました」

「はぁ……」

「あたしなら、絶対にそんなことしません」

「はぁ……」


 俯いてテーブルばかり見詰めて生返事。


 あたしの方を全く見ようとしない奥さんに焦れて、バン! と思わずテーブルを叩くと、


「っ!?」


 奥さんがビクッと身動みじろぎした。


「あたしのお腹には今、彼の子供がいるんです! あたしは彼を愛していますし、なにより、この子を父親のいない可哀想な子にはしたくないんです。だから、お願いです! 彼と別れてください!」


 わたしの言葉が伝わったのか、奥さんがのろのろと顔を上げた。


「……わたし、家族がいないんです……」


 ぽつんと、独り言のように呟かれた言葉。


「・・・だからなんです? 家族がいないから、彼と別れたくないって言うんですか? それで、彼をあなたへと縛り付けるつもりですか? 彼が可哀想だとは思わないんですか? 彼の幸せを願ってはあげられないんですか?」


 奥さんに家族がいないことは……正直、可哀想だとは思う。同情もする。


 でもわたしだって、この子を父親のいない子にしたくない。


 もしかして……奥さんは自分に家族という存在がいないから、夫婦という家族関係に執着して、彼と別れたくないのだろうか? それとも、仕事をせずに悠々としていられる今の暮らしを失うのが惜しくて、彼を解放してあげないのだろうか?


 わたしは、彼とこの子のためなら鬼にだってなれる。そう思って……


「ふ、ふふ……彼が、可哀想、ね……」

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