エピローグ 幸せな地獄
エピローグ
十二月二十四日。いわゆるクリスマスイブ。
雪がほとんど降らない地方にある奈園では、ホワイトクリスマスを望むべくもないが、それでも世の若人たちはこの日を持て
昼間から繁華街には人がごった返しており、その中には冬休みに入ったばかりの学生の姿も見られ、街の
そんな中、街の中にある待ち合わせに便利な広場にて、腕時計を見やる少女が一人。
恋人を待つ、ハルであった。
「ちょっと早く来すぎたかな……」
時計を見ると、待ち合わせ時間の十五分前である。
大福との久々のデートということもあり、ちょっと気負ってしまったのかもしれないな、と思いながらも、こうやって待つ時間も悪くないと気分も高揚してしまう。
秘匿會からも『当面はミスティックの脅威もないだろう』と太鼓判をもらったので、ハルも心置きなくデートを楽しむことが出来るのだ。
ならば、ちょっとくらい舞い上がっても罰は当たるまい。
そんな彼女の元に、駆け寄ってくる影が一つ。
「せんぱーい」
「……なんであなたがここにいるのよ」
声をかけられたハルであったが、相手を見て顔をしかめる。
待ち合わせ場所に現れたのは大福ではなく、何故か蓮野かなでであったのだ。
「なんで、と問われましても。偶然ここに来てしまっただけです」
「そんなわけないでしょ、こんなタイミングで! どうせ何か邪魔をしてくるつもりなんだわ! 許さないからね!」
「何を一人で勝手に……もしかして誰かと待ち合わせ何ですかァ?」
「白々しい! ホントはわかってるんでしょ!? どっかから情報を仕入れてるんでしょ!?」
どうやら本人が言うには偶然、ここに居合わせてしまったらしい蓮野。
彼女が生きているのも大福の尽力があったお蔭である。
エルスウェムヤダは崩壊し、消滅してしまったのだが、その眷属であった蓮野は大福によって解放され、エルスウェムヤダと共にあった滅びの運命を回避したのだ。
現在は大福の眷属として、秘匿會の監視下に置かれている。
とは言っても、大福が秘匿會に働きかけ、封印処理などの著しく自由を奪われるような措置にはならず、今もこうして外出するのも自由であった。
そのため、自由にどこへでも行き来できる弊害が、こんなところに現れていたのだ。
「あなたね! ちょっと大福くんの眷属になったからって、いい気にならないでもらえるかしら? 私は大福くんのカノジョなの! あなたと違って、大福くんとのデートに興じる当然の権利があるのよ!」
「えぇ~、朝倉先輩、木之瀬くんとデートするんですかァ? 私とも遊んでくださいよォ」
「その鼻にかかった声、やめてくれる!? シンプルにイラつくわ!」
青筋を立てて激昂するハルであったが、蓮野はどこ吹く風と言った様子で気にした素振りもない。
だがこれ以上、白々しい態度を取るのはやめたらしく、悪い顔で微笑んだ。
「ふふふ、朝倉先輩、私を除け者にして木之瀬くんと遊ぼうなどと、浅はかが過ぎるんですよ。そう簡単に私の目を盗めると思わないでください」
「あなた、自由になってから随分とキャラ変わってない?」
「多分、こちらが私の素というやつなのでしょう。案外、
これまでエルスウェムヤダに便利に扱われる人形としての役目しか担っていなかった蓮野。
自分の本心は無いものとして扱い、欲望の一つたりと表に出さないように封印していたのだが、そのくびきが外された今となっては、以前の振る舞いからは打って変わっていた。
「私は朝倉先輩と友達でいたいし、木之瀬くんを取られたくもありません。願わくば、今のこの関係のまま老後を迎えたいぐらいです」
「私は嫌だからね! あなたと友達なのはまぁ良いとしても、大福くんと付かず離れずの関係で終わるなんて、認めないから!」
「……私の望みどおりにならないならいっそ、私が木之瀬くんを取ってしまうのもアリか」
「ナシでしょ!!」
どこまでも
「とにかく! 私はこれから大福くんとデートなの! その邪魔をしないように、すぐに家に帰りなさい!」
「私は朝倉先輩の命令を聞く義理はありません」
「おぉ……じゃあここでステゴロでもしましょうか? 力で理解らせるのは得意よ、私」
最早我慢の限界と言わんばかりのハルの態度に、しかし蓮野はクスクスと笑うだけでひらりと
ハルが握りしめたグーパンチを、優しく両手で包み込み、企み顔で見上げるのだ。
「じゃあ、木之瀬くんに決めてもらいましょう」
「はぁ?」
「朝倉先輩との二人きりデートを選ぶのか、それとも私を含めた三人で遊ぶのか」
蓮野がチラリと目くばせすると、遠くの方からこちらに歩いてくる大福の姿が確認できた。
蓮野はこれからやってくる大福に、今後の行動の決定権を委ねようというのである。
だが、それにハルは一抹の不安を覚える。
(大福くん、お人好しだからなぁ……。蓮野さんを除け者にするのを嫌いそう……)
「ふふ、どうしました? 怖気づきましたか?」
「はァ!?」
蓮野の安い挑発に、ハルが思い切り乗っかってしまう。
それが蓮野の企み通りだということも、頭のどこかで理解しながら。
「良いでしょう! あなたがそこまで言うなら、大福くんの判断を仰ぎましょう? どうせカノジョである私を選んでくれるはずですけど!」
「え? じゃあ朝倉先輩を選ばなかったら、私が木之瀬くんを独り占めしていいんですか?」
「なんでそうなる!? あなた、もうちょっと謙虚さを学ばないと身を亡ぼすわよ!?」
「おやおや、先輩は自信がない様子。これでは木之瀬くんが愛想を尽かすのも時間の問題でしょうね」
「ふざっけんじゃないわよ! 私が勝つって言ってるでしょ!」
「さて、それでは審判の時といたしましょう」
二人は近付いてくる大福に対し、正面に構える。
そして何も知らない大福に対し、同時に手を差し伸べるのだ。
「大福くん!」「木之瀬くん」
「え、なんだ、この構図……」
これから待つ愛しく甘く、それでいて辛い地獄を、大福はまだ知らない。
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