4-3 あなたの本心

 雰囲気の変わったハルに対し、警戒を強めた蓮野。


 その動きが止まったことを確認しつつ、ハルは自分の爪を鋭く加工し、それでもって掌に傷をつけた。


 当然、傷口からは血があふれ、ハルの掌は紅く染まる。


 その行動に、蓮野は少なからず動揺する。


「な、なにを……!?」

「大福くんから聞いてるわ。私はミスティックに対する毒性を強めた、特別な個体なんだって。この身体の一片こそが、ミスティックに対して必殺の劇毒となる」


 地球の言った事を信用するならば、ハルはミスティックにとっての毒の塊である。

 元々、ミスティックに対する毒である人間の持つ毒性を極限まで高めた個体というのが、朝倉ハルという人間である。


 その毒性は両者にとって、触れるだけで細胞が崩壊するような効果をもたらし、結果的に同士討ちとなる。


 だが、ハルが相手をするのはミスティック本体ではなく蓮野。そして差し当たっての目標は彼女が纏っている薄い膜である。


 それを剥がすのに、ハルが差し出す代償は少なくても良いはず。


「血液だって私の一部よ。かわせるものなら、かわしてみなさいッ!」


 そう言ってハルが腕を振り回すと、空中に彼女の血液が舞う。


 飛び散った血の滴は、しかし重力にひかれて落ちていくのではなく、その場で滞空し始めている。


 それはさながら、蓮野が今、身の回りに浮かせている光の球の小粒版の様にも見えた。


 大きさは血の粒の方が小さいものの、数で言えば光の球を大きく凌駕りょうがする。

 ザっと目算しても百は超えていた。


 その百を超える血の粒が、ハルの能力によって操られ、自由自在に空を飛び回り、蓮野を追いかけまわすのである。


 それを想像した瞬間、蓮野の血の気が引く。

 同時に、血の粒たちが蓮野へと殺到し始める。


 一粒一粒は指先ほどの大きさもない、小さな粒である。


 だが、それらいずれかがかするだけでもミスティックにとっては致命傷になり得る一撃となるのだ。

 これほど恐ろしい事はあるまい。


 もし、エルスウェムヤダの本体であれば、対応する手段はあっただろう。

 しかし蓮野はそれほどの力量はない。


 ハルの血の粒に対して光の球を広く展開し、それらを全て焼き払おうとするものの、しかしハルの意志を反映する血の粒の動きは縦横無尽であった。


 蓮野の対応の隙を突き、数十粒の血滴が蓮野に肉薄する。


「くっ……!」


 すでに回避不能だと悟った蓮野は、反射的に腕を振るって滴を振り払おうとするが、それこそが悪手。


 血が蓮野に触れ、纏っていたミスティックの膜を蝕み始める。

 それが数十の単位でぶつかり、おびただしい数の虫食いを起こした。


 膜が全て消え失せるのも、ものの一秒であった。

 そうなってしまえば、もうハルの敵ではない。


 ほとんど人間に近い身体を有する蓮野は、地球の娘の能力から逃れられず、その身体の自由を奪われることとなった。


「さて、これでようやく落ち着けるわね」


 空中に貼り付けにされた蓮野の前に、ハルがフワフワと近寄る。

 そんなハルを見て、蓮野は敵意に満ちた視線を向けた。


「殺すなら殺しなさい! 私を生かしておいても仕方ないでしょう!?」

「そりゃまぁ、そうなんだけども」


 エルスウェムヤダの手下である蓮野は、生かしておいても良い事はない。

 むしろ、この場で排除できれば、ハルも大福のサポートに専念できる。


 誰が見ても、蓮野はここで処理しておくべきだった。


 だが、


「私はそんなつもりで、あなたと対峙たいじしたわけじゃない」


 ハルは蓮野の手を取り、ギュッと握る。


 身体はほとんど人間である蓮野には、ハルの毒性など効果があるはずもなく、両者の身体が崩れる事もなかった。


「やっぱり、あなたはミスティックと人間の混合……どこか大福くんに似ている」

「何をバカな……ッ! 私はミスティックです!」

「いいえ。そんなはずはないわ。私と触れて、なにも起きないのがその証拠」


 本当にミスティックであるなら、ハルと触れている部分から崩壊を起こすはず。


 そして、逆に真っ当な人間でないという証拠は、今まで纏っていた膜である。


 あれはおそらくミスティック由来の成分で出来ているもので、ハルの能力を全く受け付けないように出来ている。


 であれば、逆に人間と触れればそこから崩壊を起こしてもおかしくないはずなのだ。


 蓮野の場合はそれが起きなかった。つまり真っ当な人間とも言えない。


 人間とミスティックの混合。まさに大福に程近い存在である。


「あなたもどこかでわかっていたんじゃないの? あなたと大福くんが似ているってことに。だから無意識のうちに惹かれたんじゃない?」

「そんなはずありません! あの人は……」

「大福くんはミスティックでもないし……人間とも言えない」


 その事実はハルにとって、なんとも微妙な案件である。


 もしミスティックであるならハルの敵。秘匿會や地球が認めたのだとしても、懸念けねんは残り続ける。


 もし大福が何かの間違いでミスティックに変貌してしまった場合、対処するのはハルだ。


 その未来を想像すると、軽くメンタルが凹む。


「蓮野さんが羨ましいわ。あなたみたいな存在なら、私も悩まなかったかもしれない」

「皮肉ですか!? どっちつかずの私をわらっているのでしょう!」

「そんなことしないよ。そんなことしたら、大福くんにも怒られちゃうし」


 どっちつかずの筆頭と言えば、むしろ大福の事だ。


 ミスティックの恩恵を受けながら、今はミスティックと戦うために動いている。

 蓮野を嗤えば、きっと大福も烈火のごとく怒ってくるだろう。


「私は大福くんに嫌われたくないもの。……あなたはどう?」

「私? 私は……」


 ハルの問いかけに、蓮野は真面目に考えそうになり、慌てて頭を振った。


「そんなことを言って、私を惑わそうとしても無駄です! 私は――」

「私には嘘や隠し事なんて通じない」


 ハルが蓮野の顔を両手で挟み、真正面からその瞳を覗き込む。


 なんでも見透かしてしまいそうなハルの目に、蓮野は冷や汗を垂らした。

 対するハルは、何故か薄ら笑いだ。


「人間であるあなたの思考も、しっかりバッチリ覗き込める。……でも、今はその能力を使ってない」

「……ど、どうして」


「あなたの口から聞きたいから。あなたの本心を」

「私の……本心?」

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