4-1 両面策


 十二月二十二日。決戦の日、来たる。


 早朝には雪の降った奈園では、日が昇り始める頃にはすでに雲も晴れ、青空が顔を覗かせていた。


 しかし、この青空には一般人には見えない幕が降ろされている。


 名うての結界術によって本当の空は隠匿いんとくされ、禍々まがまがしい星を見ることが出来る人間はほとんどいなかった。


「私たちには何も出来ることはないけど……」


 カチカチと音を立てて、大福の背中で火花が散る。

 森本宅を出ていく際、古風にも真澄が切り火を行ってくれたのである。


「せめて、無事に帰ってくることを祈ってるから」

「ありがとうございます」


 切り火が終わった後、大福は真澄に振り返って笑顔を見せる。


 真澄の隣には青葉がいて、いつも通り不機嫌そうな顔をして大福を見ている。

 そんな青葉の背中を、真澄がポンと叩く。


「ほら、青葉からもなんか言ってやりな」


 押されたことで一歩前に出た青葉。


 土間の段差を挟んでも、なお少し見上げる程度の身長差がある大福を、しかし青葉は見上げず、少し俯いたまま拳を大福の腹部に当てた。


「……帰ってこなかったら、コロす」

「そりゃ怖いな」


 俯いた青葉の頭を見て、こりゃちょうどいいと言わんばかりに、大福は彼女の頭を撫でた。


 出発前に『髪型が崩れるだろボケが!』と怒られたくはないので、ゆっくり優しく。


「それじゃ、行ってきます」


 挨拶を終えた後、大福は玄関のドアを開ける。

 時刻は午前九時。地上階にある森本宅には開いたドアから朝の光が差し込んだ。


「行ってらっしゃい。ご飯作って、待ってるからね」

「大福……」


 二人の言葉を背に受け、大福は決戦の地へと赴くのだった。



****



 秘匿會員も含め、一同が集まったのは第一奈園学園の中央広場。


 噴水の付近に物々しい面子が揃った。


 というのも、ほぼ全員が秘匿會員の実働部隊であったため、物騒な雰囲気が隠し切れていないのである。


 金曜とは言え平日の学校に揃っていい顔ぶれではなかった。

 だが、それでも学生の姿は大福とハル以外にない。


 この時のために、第一奈園学園は急遽、『流行り病の所為で休校』ということになったのだ。


 加えて除菌のために業者が入るとして、学園には関係者以外立ち入り禁止という措置が取られたため、マジで誰も入ってこないのである。


「それじゃ、大福くんの準備が出来たら始めてもらおう」

「いつでもいいっスよ」


 日下が声をかけるのに、大福は軽い準備運動をしながら答える。

 それを見ながら日下は頷いた。


「作戦は事前に話した通り。大福くんが宇宙まで飛び上がり、エルスウェムヤダを迎撃。朝倉さんは地上でバックアップ。我々はさらにその援護を行う」


 概要がいようだけ聞くとバカみたいな話だが、一番現実的な作戦でもある。


 ハルの能力は地球からの恩恵であるため、地球から離れるとどうなるかわからない。


 そのため、宇宙での迎撃は大福の独力に頼ることになる。


 地上からのバックアップがどれほど効果を発揮するのかわからないが、それでもないよりはマシ、という事と、本人の強い希望によりハルが広場で待機することになった。


 エルスウェムヤダがギリギリまで地球に接近してくるタイミングを選んだのは、ハルの能力が届くように、戦闘域を地球圏の付近まで引っ張りこむ作戦の一つなのだ。


 さらに大福とハルが作戦に集中できるよう、他の秘匿會員が雑事を担当する。


 もしウノ・ミスティカが襲撃してきた場合には、秘匿會が全力をもって対処するわけである。


 また、奈園各地にて秘匿會員が待機しており、あらゆる事態に対応できるようにしている。


 大福はエルスウェムヤダにのみ集中できる。


「頼んだぞ、大福くん。全ては君にかかっている」

「あんまり期待せんでください。俺、プレッシャーに弱いんで」

「それだけ軽口が叩ければ大丈夫そうだな」


 日下は大福の肩を叩き、そのまま秘匿會の指揮へと向かった。

 代わりにハルが大福へ近寄る。


「大福くん、私も信じてるからね」

「今さっき、あんまり期待しないでよって言ったでしょ」


「約束破るつもりなら、許さないから」

「あー、そりゃ怖いな」


 ハルとはクリスマスも、正月も、来年もずっと約束が詰まっている。

 これを反故ほごにするわけにもいくまい。


「まぁ、プレッシャーには弱いですが、負けるつもりは毛頭ありませんよ」

「その意気だよ。頑張って!」


 ハルに手をギュッと握られ、そこからパワーが充填する思いであった。

 今ならきっと、何だってできる。


「じゃあ、行ってきます」

「うん、待ってるからね」


 惜しむように手を放しつつ、二人はそっと距離を取る。


 大福は一度、ハルに笑いかけた後、ふわっと空中へと浮いた。


 これもミスティックとしての能力のなせる業である。


「日下さん、先輩と地上の事、頼みました!」

「ああ、任せておけ!」


 日下にも挨拶をした後、大福は直上を見上げる。

 そして一直線に急上昇を始めた。


 まるでドラゴンボールでも見ているかのような光景に、周りの秘匿會もどよめいたが、それも気にせず大福はまっすぐに宇宙を目指す。


 だがそれと入れ替わるように、流星のような何かが広場に落ちていくのを、視界の端に捉えた。


「あれは……ッ!」


 チラッと見えた姿は、見間違うはずもない。


「蓮野ッ!」

『大福くん!』


 停止しようとした大福の頭に、ハルの声が響く。


『こっちは大丈夫。蓮野さんの事は私たちに任せて。きっと、彼女もそのつもりでこっちに来てる』

「でも……」

『あなたはエルスウェムヤダに集中して。……それに、私も蓮野さんとはちゃんと話しておきたいことがあるから』


 自信に満ちたハルの言葉。

 大福はそれを信じるしかない。


 何せ、エルスウェムヤダはギリギリのところまで接近しているのである。

 これ以上、手をこまねいていては、敵の手が地球に届いてしまう。


「わかりました。先輩と蓮野のキャットファイトを見るのは、また今度の機会としましょう」

『バカ。そんなかわいいもんにはならないっての!』


 大福はハルを信じ、そのまま宇宙を目指す。




 対してハルは。


「秘匿會のみなさんは手を出さないでください」


 警戒を強める秘匿會員に対し、牽制けんせいを行う。

 ハルには彼女とタイマンで戦う意志があった。


「蓮野かなでさん。まともに話すのはこれで二度目かしら?」

「……馴れ馴れしいですね」


 学園の中央広場に、制服を纏った蓮野が立つ。


 その瞳からは敵意しか読み取ることが出来ず、その視線はまっすぐにハルを射貫いている。


「エルスウェムヤダの野望のため、地球の娘をここで討ち取ります」

「出来るものならやってみなさいよ」


 こうしてもう一つの戦場が、一足先に開戦する。

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