3-4 蓮野と
学校から帰る頃合いになると、町中にも俄かに人が増えてくる。
同じように下校する人、定時で退社した人、夕食の買い物に出かける人、目的は様々だが、通りには人がごった返すような時間になるのだ。
今日もいつもと同じように人通りが多く、学園前の通りもそこそこの賑わいであった。
大福は帰りの路面電車に乗るため、駅へと足を向けたのだが……。
「おや」
ふと、見知った姿を見かけたようで、車道の向こうの人波に目を向ける。
群衆に紛れるようにして立ち、こちらを睨みつけるようにしているのは
「蓮野……?」
最近、とんと見かけなくなったクラスメイトの姿であった。
「何やってんだ、アイツ、こんなところで……!」
『そこからでも話は出来るでしょう』
大福が慌てて横断歩道を渡ろうとすると、頭の中に響くように蓮野の声が届いた。
これは紛れもなく異能力。
蓮野もミスティックの切れ端であるならば、これぐらいの芸当は出来るか。
『……蓮野。どうしてこんなところに?』
『私がどこにいようと、あなたには関係ない事でしょう』
『関係ないのだとしたら、どうして俺の前に現れたんだ、って聞いたんだよ』
『あなたが本当に……生き残っているのか、この目で確認しておきたくて』
そう言えば、エルスウェムヤダの目論みでは、大福とハルを対消滅させるはずだったのか。
それが失敗したのをしっかりと確認するため、大福を見に来たという事か。
『マメだな。そんなもん、いくらでも能力で確認できるだろうに』
『目視確認は大切です。きちんと確認しておけば、相応に覚悟も出来ますから』
『外宇宙生命体の言葉とは思えないな。まるで人間が話してるみたいだ』
『……私は、ほとんど人間みたいなものですから』
茶化したつもりで発した言葉が、うっかり相手に肯定されると、ちょっとビックリする。
大福も一瞬、言葉を失くした。
『本当に、人間なのか?』
『都合のいいところだけ抜き取らないでください。私はエルスウェムヤダが人間を模して作った人形みたいなものです。身体を構成している成分はほぼ人間ですが、しっかりとミスティックの要素も持ち合わせています』
『なんでそんなまどろっこしい事を……』
『朝倉ハルや神秘秘匿會を
確かに、蓮野が限りなく人間に近かったのが原因で奈園に潜入されたと言われたら、敵の作戦勝ち、と言わざるを得ない。
『矢田もそうだったのか……』
『矢田さんは精神をエルスウェムヤダ本体とリンクさせていましたから、私とはちょっと違いますけどね』
『……ってことは、蓮野は独立した人格を持ってるのか?』
『私に植え付けられたのは、仮想として作られた、不出来で不格好な人格です。最低限、地球人に怪しまれないための、出来損ない』
『そんなことない!』
テレパシーで大声、というのも不思議な話だが、大福は大声で蓮野の言葉を否定する。
その声に驚いたのか、蓮野も目を丸くした。
『木之瀬くん……?』
『お前の性格だって立派な個性だ! ちょっと不思議なヤツだけど、それを出来損ないだなんていうな!』
『……あなたがなんて言おうと、事実は変わりません』
『そうさ、事実は変わらない!』
大福が言葉の勢いのまま、車道に向けて一歩踏み込む。
すると、その身体は浮遊感に包まれ、一瞬、輪郭がぼやけたようであった。
その直後には蓮野の目の前に瞬間移動で現れ、彼女の肩を掴んだ。
急に現れた大福に、道行く人間は驚いたようだが、それ以上に気にしている様子もなかった。
何故なら『人間が瞬間移動なんかするわけない。何かの見間違いだ』と思っているからだ。
そこまで織り込み済みで、大福は蓮野の前に瞬間移動してきたのである。多分、あとで日下辺りに『人前で不用意に能力は使わないように!』と怒られるだろうが、そんなこと知ったことではない。
しっかりと声の聞こえる距離まで詰めた大福は、蓮野をまっすぐに見て、まっすぐな言葉を投げかける。
「俺とお前が友達として過ごした日々は、事実として変わらない。お前がどう思ってようと、俺はお前の事を友達だと思ってるからな!」
「な、なにを……」
「あわよくば、エルスウェムヤダを裏切れ!」
「バカの事をッ!」
大福の腕を振り払い、蓮野は距離を取る。
そんな二人の様子を、道行く第三者は『学生の
ただ、大福と蓮野のみ、真剣な様子であった。
「そんなこと、出来るわけないでしょう! 私は、エルスウェムヤダから産み出されたんです! あなたは私に、親を裏切れというんですか!」
「本当の親なら、お前を盾にするようなことをするのか?」
取り乱す蓮野に対し、大福は自分でも驚くくらいに冷静であった。
過去に大福と矢田が対立した時、矢田は蓮野を盾に使った。
それが効果的な手段であるのは間違いなかったのだが、親が子に対する仕打ちかと問われれば首を傾げるだろう。
矢田の精神はエルスウェムヤダとリンクしているとなれば、矢田の行為はエルスウェムヤダの本意である。
大福から見れば、そこに愛情の一片もなかった。
蓮野もそのあたりに思うところがあるのか、口を引き結んで押し黙った。
そんな様子の蓮野に対し、大福もそれ以上詰め寄ることはなかった。
「まぁ、蓮野の方も思うところはあるんだろうし、無理強いはしない。だが俺はお前とは戦いたくないし、エルスウェムヤダが穏便に帰ってくれるならそうしてもらいたいもんだ」
「……それはありえません。あなたも地球の価値を聞いたのではありませんか? ミスティックの闘争において地球は、優位に立つための強力な手段になります。それを放置しておくなど、ありえません」
「人間がミスティックにとって、劇毒たり得るって話か」
地球から聞いたその話、いくら大福にも身に覚えがあったとしても、俄かに信用できない話ではあった。
だが、対立する陣営の属する蓮野も同じような認識を持っているのであれば、信憑性もグッと高まる。
「じゃあ、エルスウェムヤダもお前も、地球を諦めるつもりはないんだな」
「当然です。……ならばどうしますか? ここで私を殺しますか?」
「バカ、お前、俺の話聞いてなかったのかよ。お前とは戦いたくないっつってんの」
「しかし……」
「先に大本を叩けば、お前だって戦う意味をなくすだろ?」
「エルスウェムヤダに勝つつもりですか? 無謀です。手の内の割れた地球の娘と、覚醒したばかりで力の使い方も
「不可能かどうかは、やってみなきゃわからんだろ。どの道、戦うことに変わりはねぇんだ。やるだけやってやるさ」
大福は息巻いているが、蓮野の言う通り勝ち目は薄いだろう。
エルスウェムヤダは万全の状態であるのに、ハルの毒性は警戒され、大福は十全に能力を使えるのかどうか未知数。
大福とハルが協力したとしても五割の勝率があるかも怪しい。
情報戦では完璧に後手。実力も
だがそれでも、大福に退くという選択肢はない。
エルスウェムヤダが地球を奪い取れば、全てが終わりだ。
たとえ大福が負けようが逃げようが、結果が変わらないのであれば、立ち向かうだけ立ち向かわなければ損というものである。
「では、無駄な努力をするんですね。……どうなっても知りませんから」
「ご心配、どうも」
「誰が心配なんか」
ツンとそっぽを向いた蓮野は、人ごみに紛れたかと思うとすぐに姿が見えなくなった。
大福はそんな彼女を見送り、新たな目標を手にする。
「どうあっても、エルスウェムヤダをぶちのめさねぇとな」
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